ブックタワーを攻略せよ
12カ月目、最後の月がやってきた。
愛菜は湊に渡す本に手紙を挟むかどうかを迷っているようだった。
「どうしよう、怜奈……この手紙、本当に渡していいのかな? 渡したいんだけど。でも、湊くんが嫌な思いをしたらどうしよう……」
眼鏡からコンタクトに変えた愛菜は、本と手紙を両手に持っておろおろしている。髪も綺麗にカットしてトリートメントでつやつやだ。凄い。愛菜は明らかに可愛くなった。日に日になってる。凄く頑張ってるのがわかる。
「大丈夫、愛菜。自分の気持ちを伝えるのって勇気いるけど、それが一番大事だからさ」
「うん。うん。そうだよね。でも……」
「湊はきっと喜ぶはずだから。ね?」
私は根拠のない励ましで愛菜の背中を押した。
そして、湊。こちらはこちらで愛菜が何かしらのアクションを起こす事は察しているようで、それにどう対応するかを悩んでいるようだった。
「なあ怜奈、愛菜さんに告白されたらどうすればいいんだろうな」
「私に言われても……。でもさ、その時は湊の正直な気持ちを伝えればいいんだよ。それしか無いんじゃないのかな。愛菜もきっと分かってくれるから」
「正直な気持ち……か。俺、どういう気持ちなのかな」
「それは湊にしかわかんない事だしさ。まずは自分の心に正直になってみて。愛菜のことをどう思っているのか、しっかり考えてみるしかないんじゃないの」
まあ、そうだよなあ、と頷いた湊はちょっと笑顔を作って、そしてまた悩み始めた。2人とも真剣だ。胸がぎゅっとなる。湊に自分の心に正直になって、なんて偉そうに言ったけど、私はどうなんだろう。私は私の気持ちをわかってるのかな。正直になってるのかな。
わたしはちょっと疑っている。愛菜を応援したい気持ちは本物だ。これは間違いない。でも同時に、もしかしたら、私も湊の事を好きなんじゃないかって。そんな事、意識したことが無かったからわからなかっただけで。でも、わからない。湊か言う分からないが私にはわかる。たぶん同じ分らなさだ。でもそこに、もうすぐ愛菜がぶつかってくる。
いたずら心で始めたブックタワーの会だけど、何かが変わってしまう。私たちの関係が。なんでこんな事に。変わるのは良い事なんだろうけど、ちょっと、怖い。
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スマホの中の湊は言う。
「それでな、手紙には大きく『い』って書いてあったんだよ」
「い? って何? これ」
「違う違う。その『胃』じゃない。ひらがなの『い』。それと一緒に書いてあったんだよ。〔本のタイトルの1文字目を順番に読んで、最後にこれを付けてください〕って」
「タイトル……?」
カメラがぐいーんと動いて、12冊の本が積みあがったタワーを映す。愛菜が送った12冊。私の物は取り除かれているようだ。
「えーと、『す・き・で・す つ・き・あ・つ・て・く・だ・さ』に『い』。ええー告白になってるじゃん。愛菜凄い」
「そうなんだよ。それ見て俺さ、なんかこう、心の中の何かがガラッと崩れたっていうかさ、感動したって言うかさ」
「うん」
「それで、付き合う事にした」
「うん。うん。おめでとう湊!」
「あー、ありがとう。とりあえず、そういう事だからよろしくな」
「わかった。良く言ってくれた。こっちから聞くのどうかなって思っててさ」
「そんな気を使えたのかお前」
「は?」
「まあまあ、んじゃ、また学校で」
「はいよー。おやすみー」
通話をオフにすると、ため息が。うわ、ショック受けてるな、私。
頭の中を整理する。まず良かった。愛菜の告白がうまく行って、それは100%良かった。奥手でおとなしいと思っていたけど、この1年の愛菜はファイターだった。だって、1カ月目から告白することを決めて、そして本のタイトルを選んで。それを1年間続けたんだもの。
逃げちゃいそうになる気持ちを、本のタイトルでいましめて、励まして、コンタクトに変えて、髪も服も整えて、徐々に徐々にずっと戦って、そして勝ち取ったんだ。凄い。その愛菜のあゆみそれ自体がもう、尊敬するしかない。
「凄いなあ」
12冊の本を使った告白。私は自分のブックタワーを見る。箱の上には24冊の本が積みあがっている。私はそれをバンと手で払って崩した。本がばらばらと床の上に散らばる。涙と一緒に。
あ、泣いてるんだ私。自分で驚く。驚いてそして、声を出して泣いてしまう。
人間はおろかだから、考えなしにタワーを積み上げて神に崩される。ブックタワーを崩した私は神で、そして人間だ。
そして私はぐすぐす喉を詰まらせながら、本を元通りに積んでいく。100%のおめでとうと言う気持ちと、100%の切ない気持ちが同時に積みあがっていく。何なんだろう、この気持ちというやつは。
わからない。わからないけど私は人間だから、おろかだから、これからも何かを積んでいくしかないんだろう。
本当におめでとう。愛菜と湊。
そして、でも、がんばろうぜ、私。
-了-
ブックタワーを攻略せよ! 吉岡梅 @uomasa
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