第一章:鮮血に酔い痴れる
第5話 血に魅入られし者
——かの魔女は、小さな国において神のように崇められていた。
『私の力に縋りたくば、生贄を捧げなさい。若い女を』
魔女は、未来を見通す力を有していた。その力で様々な災害から人々を救い、人の手による事件を、事件になる前に解決してきた。小さな小さな国にとって、かの魔女はまさしく『神』そのものであった。
故に、民は生贄を捧げることを拒まなかった。むしろ、喜んで生贄を差し出した。
帰ってくることのない、生贄に捧げられた乙女たち。彼女らがどうなったのか、他の民たちは知らない。知る権利を、魔女は彼らから剥奪した。
魔女は神であり、救世主であり、国そのものであった。少なくとも、生贄に捧げられた彼女ら以外にとっては。
「いや……いや、帰してッ……! お願いします、許して……もう許してッ……!」
手足を縛られ、天井から吊るされる少女。そんな彼女に、魔女は嬉々として鞭を振るった。鋭い破裂音が響き、少女の細い身体には痛々しい傷が増えていく。鞭で打たれるたび、少女はこの世のものとは思えない、獣のような叫びをあげた。
やがて、飽きてしまったのか、魔女は鞭をその場に放り投げた。少女が安堵したのも束の間……今度はどこからともなく取り出した、大きく、そして分厚いナタを少女の眼前にちらつかせる。
「や、やめて……魔女様、どうかお願いですッ……もう、やめてッ……」
悲痛に満ちた表情。もしくは、絶望に堕ちた表情か。魔女はそんな少女の顔を見て、舌なめずりをした。
「いいね、その顔。そういう感情が大きければ大きいほど、血は美味しくなるんだよねぇ」
天井から吊るされた少女の足下には、大きな窯がある。内側には何やら赤い錆のようなものが大量にこびりついており、少女はその汚れがなんであるかを、その時初めて理解した。
「ま、魔女様……嘘、ですよね……? そんな、まさか……そんなはず、ないですよねッ!?」
「うんうん。君の血は、きっと美味しいんだろうね」
魔女は不吉な笑みを浮かべると、ナタを思い切り振りかぶる。そして、少女の両足目掛け、振り下ろした。
前奏は、ざぐり、という、肉の切れるような不快な音。続いて、窯の底に、何か重たいものが落下したような鈍い音。主旋律は、少女の金切り声であった。
魔女は恍惚とした表情で、その光景を眺めていた。可憐な乙女が、悲痛と絶望に顔を歪める。流れ出る血は、まるで美酒のように煌めき揺らいでいる。
否。まさしくそれは、魔女にとっての美酒であった。最高の環境で作られた、最高の美酒。この一瞬のために生きていると言っても過言ではない。
魔女は血がこびりついた踏み台から降り、そばにあったグラスを手に取ると、窯の底付近にあった栓をゆっくりと抜き取る。とぽとぽと小気味良い音を響かせながら、真っ赤な鮮血がグラスに注がれていく。
「う〜ん……良い匂い」
香りを嗅いで愉しみ、それを、口へと近づけていく。一口含み、丁寧に味わうと、満足げに頷いた。
「悪くない。やっぱり、しばらく優雅な暮らしを楽しませてからの方が、味が良くなるなぁ」
グラスに入っていた分を飲み干すと、再び栓を抜いて血を注ぐ魔女。吊るされた少女は、既に意識もないようで、人とは思えないほど歪な表情のまま、身体を小刻みに痙攣させていた。
「——うん。やっぱり、若い女の子の血は、こっちも若返るような気持ちになるねぇ」
小国バートリアの支配者。生贄と称して集めた若い女の血を貪る異常者。その実態を知るものは意外にも多くなく、表向きは、未来予知の魔法で国を救う救世主。
エリーゼ・バルトリス。彼女はまだ、自らの身に迫る危機に、気づいてはいなかった。
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