桜リバイブ ‐神絵師の俺がVTuberの再デビューを手伝ってみた‐ 

るみね らん

序章 ツーディメンション コンプレックス

第1話 ガチ恋中学生と画面の中の君


《今から3年前――》


 桜舞い散る道の中。俺は息を弾ませてその場所へと急いだ。

 学校の体育でも遠足でも、この距離を走ったり歩いたりしたことはなかったな。

 あの子が歌うオリジナルソングを聴きながら進めば、意外と苦にならない。


「もうすぐ会える。もうちょっとだ……」


 鉛のように重くなってしまった足を止め、階段の向こうを見上げた。

 そこには大きな亀のような建物が見える。

 人の波は、俺が目指す場所とは逆方向に流れていた。 


 幕張で行われる『ライバー大会議202X春』 。

 大手個人を問わず、ライブ配信者が一堂に会す大規模なイベントだ。

 俺が会場に到着したのは、閉会間際の十六時半。

 有名配信者の大きなイベントは既に終わっている。まあそんなものに興味はない。

 目指すは『VTuberブイチューバー』のイベントブース。

 推しに会う為に、俺はここまで来たんだ。


 二次元キャラのガワを被った女性配信者に萌えるのはキモイという人もいる。

 冗談じゃない。

 202X年現在、VTuberは一万六千名を超える一大コンテンツだ。

 数年後には、生身のアイドルの魅力を凌駕するほどの存在となるだろう。


 全体ライブは終わってしまったが【おしゃべり♡イベント】ならまだ間に合う。

 たった一分間だが、個室で推しと二人きりで会話を楽しめる。

 中学二年生の俺からしたら、こんな夢みたいなイベントを逃すわけがない。

 おしゃべりチケットは四千円……。うん、むしろ安いくらいだ。

 交通費が足りず、ここに来るまでほとんど徒歩になってしまったのだが。


 ブースに向かいながら、事前に考えておいたトークデッキを確認してみる。

 まずは自己紹介だ。それから自作のファンアートを見せて、先月のレトロゲーム配信が面白かったことと……いや、先週の歌枠の素晴らしさを伝えるべきか。これからも頑張ってください、これだけで一秒は使う。

 なにせ一分間だ。余計なことを喋っている暇はない。


 しかし、いやに警戒厳重だな。

 このVTuberのイベントエリアに入るまで、二回もチケットを確認された。

 そして、周りにいるスタッフも表情が岩のように固くて慌ただしい。

 まあイベントのスタッフなんてそんなものかもしれない。

 

 ブースは白幕で囲われた簡易的な個室がいくつもあり、入り口はカーテンで仕切られている。その横にモニターが設置されていて、各VTuberのご尊顔が拝める。 


「えっと、はどこだ?」


 おい。一番奥の隅じゃないか。

 そして不思議なことに、個室の前には誰も並んでない。

 登録者が二十万人近くいる彼女に、ファンが会いに来ないことなんてことはまずありえない。閉会間際だし、きっとファン達は一分間を堪能してすぐに帰ってしまったのかもしれない。

 俺は入口のスタッフにチケットを掲示し、深呼吸をしてからカーテンをくぐった。

 目の前にはドでかいモニターが置かれ、ファンが座る為の椅子が一脚あるだけだ。

 モニターの中には俺の激推しである、サッキーこと【舞浜さつき】が居る!


 彼女は学生証を晒し、十六才の現役女子高生VTuberであることを公言!

 艶のあるプラチナブロンドのロングヘア! 

 すずらんをモチーフにしたカチューシャとヘアピン!

 いかにもお姉さん系ですと言わんばかりの切れ長のアイライン!

 吸い込まれそうな薄紫の瞳! 端正な顔立ちという言葉は、この子の為にある! 

 そして……少し体を動かすだけで大げさに揺れるおっきい胸っ!


 どっと汗が噴き出て、目がチカチカして気絶しそうだ。

 一分だ。一分後に自分がどうなろうと構わない。好きだ。好きだ! 

 この想いを伝えなければ! 俺はその為に、ここに来たんだろ!

 

 俺は用意されていた椅子にドカンと腰を掛ける。

 こんなでかいモニターで推しを観たことなんてない。

 目のやり場に困るな。顔を見て話せる女子は妹くらいなものだしな。

 とにかく落ち着け。まずはいつもの挨拶と自己紹介だ。


「こ、こんさっき~! お、お、俺! 荒卉あらくさ ひびきって言います! ペンネームとハンドルネームはアレクシア・キョウです……中学二年生で、その、あの」


 こんなんじゃ、何も話せないまま一分が過ぎてしまう!

 トークデッキを思い出せ!


「そうだ! この間の歌枠、凄く良かったです! それから先月のゲーム配信も……」

『ごめんね。ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……』


 切れのあるお姉さんボイスが俺の鼓膜を震わせ、春風のような心地よさが全身を駆け巡る。この言霊は確かに、俺だけに向けられたものだ。一生の宝物にしよう。 

 って、どうして謝ってるの? あ、先月のゲーム配信のことかな? クリアー耐久配信だったのに途中で終わっちゃったからね。


「いやぁ、だってあのレトロゲームは難しいから……」

『何がいけなかったのかな。私はこうありたいって、頑張っていただけなのに……』


 あれ? 微妙に会話が噛み合ってない気がする。そして明らかに涙声だ。

 でもモニターの中のサッキーは髪を揺らし、ニコニコと笑っている。

 涙声なのは、たぶん花粉症か何かだろう。とにかく、もっと早口で喋らないと。


「い、色々話したいんだけど時間がないから……あ! そうだ。俺、ファンアートを描いてきたんです! 普段デジタルで描いてるのでアナログの絵はあんまり得意じゃないけど、ファン魂を込めるならやっぱりこれかと。これ、どうやって渡せばいいのかな。入り口にいたスタッフさんに……」 

『……時間なんて気にしなくていいよ。たぶん君が最後だから……』


 神よ! ああ神よ! こんな贅沢が許されていいのだろうか!

 他のファンの方々に悪い気はするけど、こんなチャンスは今後二度と無い!

 君の魅力を全部語りたい! 君のこれからのこと、いっぱい聞きたい!

 追い出されるまでここに居続けてやる!


『私、今日でVTuber辞めるんよ。こんな私に会いに来てくれてありがとう。今まで応援してくれて、本当にありがとう』


 うん。辞めるんだ~……。はぁぁ⁉ 何言ってんの?

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