竜王大戦は終結しない-3

 

 空中で回転するようにして飛ばされるドゥンケルハイト。

 体勢を立て直す刹那、その視界に、異様な光景が映る。

 

 ユーベルベーゼの前肢、爪の根本が――膨れ上がった。

 

「……ッ!」

 

 瞬間、鋭い爆裂音と共に、爪が弾丸のように空を裂いて飛来する。

 

 ドゥンケルハイトは咄嗟に翼を振り、急旋回。

 爪弾はその端を掠め、鱗を裂くが致命傷には至らない。

 

 地上を睥睨したドゥンケルハイトの視線が、ユーベルの手元に向けられる。

 

 既に、爪は――再生されていた。

 

(なるほど……拘束で爪を再生させ弾丸のように飛ばしたのか)

 

 ただの遠距離攻撃ではない。

 無尽蔵に再生される“生体弾薬”。

 その巨躯と組み合わされれば、まるで移動要塞――否、巨大な弩砲バリスタそのもの。

 

「ククク……次はどう避ける?」

 

 ユーベルベーゼが、指先を摘むように動かす。

 

 次の瞬間、五本の爪が同時に発射された。

 単発ではない。散弾。

 空を覆うように広範囲を制圧する軌道。

 

 ドゥンケルハイトは滑るように軌道を逸らし、散弾の合間をすり抜けていく。

 

 だが――そこへ、さらなる一撃。

 

「――〈放射熱球キャノン・レディエーション〉」

 

 詠唱の隙すら見せず、ユーベルベーゼの口元から、熱球が発射される。

 直径五メートル。

 プラズマ化した砲弾が、ドゥンケルハイトの横腹をかすめるように通過――

 

 熱が、肉を焼いた。

 

「グオォォッ!!」

 

 痛烈な衝撃。

 鱗を貫き、皮膚が黒く焦げる。

 蒸気が立ち昇り、再生力すら鈍るほどの高熱。

 

 そのまま、追い打ちの爪弾が迫る。

 

(……まずいな)

 

 攻撃は凌いでいる。だが、防御し続けるだけではこちらが先に限界を迎える。

 魔力も、再生も、余裕はない。

 

 ならば――

 

 ドゥンケルハイトは、魔力を開放した。

 

 体内のエネルギーが脈動し、外へと放出される。

 紫と黒の魔力が、煙のように彼を包み込んだ。

 

「――〈虚無の障壁ヴォイド・シールド〉」

 

 闇と混じり合い、まるで深宇宙のネビュラのように靄が揺らぐ。

 それは、ドゥンケルハイトの切り札――闇を纏い全ての攻撃を軽減する虚無の障壁。

 

 消耗は大きい。だが、ここで一つ勝負に出る。

 

 地を蹴る。

 翼を巻き込むようにして収束し、螺旋を描く高速回転。

 紫黒の靄に包まれた体は、空を裂く彗星のようにユーベルベーゼを貫こうと突き進む。

 

 ユーベルベーゼは再び爪弾を発射し、迎撃を図る。

 だが――

 

「……なにっ!?」

 

 爪弾が、虚無の靄に触れた瞬間。

 その軌道が――止まった。

 

 まるで時間そのものが凍りついたかのように、空中で静止し、

 そして、重力に従ってゆっくりと落ちていく。

 

 ユーベルベーゼは慌てて高度を上げる。

 だが、すでに遅い。

 

 ドゥンケルハイトの速度は、最高速に達していた。

 

 そのまま、ユーベルベーゼの懐へと飛び込み――

 喉元に、牙が突き立てられる。

 

 喉元に深く突き立てられた牙が、ユーベルベーゼの咆哮を裂いた。

 

「ガアアァッ!!」

 

 反射的に放たれた爪の迎撃。

 しかし、それすらも〈虚無の障壁ヴォイド・シールド〉の靄に阻まれ、空を滑るように逸れる。

 

 ドゥンケルハイトは喉元に喰らいついたまま、首をひねり、巨体を揺さぶる。

 その勢いでユーベルベーゼの体勢を崩させたその瞬間、左右の爪を鋭く突き出す。

 

 ――胸部を、深く切り裂いた。

 

 漆黒の血が空に舞う。

 呻き声を上げたユーベルベーゼの鱗が裂け、肌が裂け、肉がえぐられる。

 

 ――追撃。

 

 ドゥンケルハイトはそのまま空中で身体を一回転させ、尾を振る。

 流星のように振り下ろされた一撃が、ユーベルベーゼの肩を叩きつけた。

 

 だが――その一撃を迎え撃つように、赤黒の紋様がユーベルベーゼの身体を走る。

 神格化の魔力が再び脈動し、肉体に異様な圧力をもたらす。

 

「ガアアッ!!」

 

 螺旋を描くように赤黒く伸びた爪が、虚無の障壁ヴォイド・シールドの守りを貫き、

 ドゥンケルハイトの脇腹を深く抉った。

 

「……グッ!」

 

 だが、怯まない。

 

 闇を纏った爪が逆襲し、ユーベルベーゼの顎下を鋭く斬り裂く。

 

 再び火花が散るような激突。

 翼と翼がぶつかり、尾と尾が絡み合い、空に魔力の波紋が咲き乱れる。

 この攻防、それまでのどの瞬間とも違っていた。

 

 ここに来てドゥンケルハイトが攻勢に転じている。

 

 だが――その背景には、ある理由があった。

 

 〈虚無の障壁ヴォイド・シールド〉。

 この結界は、長くは維持できない。

 再発動には大きな時間が必要であり、消耗も大きい。

 

 尾で横薙ぎにユーベルベーゼの胴を薙ぎ払い体勢を崩した――その瞬間。

 ドゥンケルハイトは、闇の波動を爪に纏いそれは黒い刃となって、闇の奔流が噴射される。

 強力な両爪の攻撃が闇と紫の光が弧を描く。

 ドゥンケルハイトの最大級の一撃だった、当たればユーベルベーゼでも大きな傷痕ダメージを負うであろう一撃。

 

 だが、その直前――

 

「――黒の箱ブラック・ボックス!!」

 

 ユーベルベーゼが叫ぶ。

 次の瞬間、ドゥンケルハイトとユーベルベーゼの間に、六枚の黒き板が現れる。

 

 それらが展開し、遮るように配置された。

 

 ドゥンケルハイトの爪は、確かにその黒き壁を引き裂いた―――――ネビュラと闇の奔流がその身に届く。

 だが――その闇は、僅かに鱗を引き裂くにとどまった。

 

 

 そして、紫黒の靄がふっと揺らぎ、次の瞬間には消えていた。

 

 〈虚無の障壁〉の効果が、尽きたのだ。

 

「……チィッ!! ……押し切れんかッ!」

 

 ドゥンケルハイトは咄嗟に後方へと飛び退く。

 だがその変化を、ユーベルベーゼが見逃すはずもなかった。

 

 背後――何かがぶつかる感触。

 動きが、止まる。

 

 そこから伸びてきたのは――尾。

 太く長いその尾は、無数の棘を生やし、影のように伸びていた。

 

「……ッ、これは!」

 

 尾がドゥンケルハイトの身体を絡め取り、棘が皮膚に食い込む。

 

 だが――おかしい。

 ユーベルベーゼに眼をやるとの尾の半分が、虚空に消えている。

 

 それは、空間そのものを繋げる力――

 

 ユーベルベーゼの持つ、空間を操る能力。

 離れた空間同士を、己の肉体で接続する術であった。

 体に巻きついた尾の棘が鱗を貫き、肉に食い込む。

 力が籠められるたびに、棘は内側へとめり込み、拘束は強さを増していく。

 それだけではない、生命力が吸い取られ――ユーベルベーゼの傷が回復していく。

 

「グゥッ……!」

 

 ドゥンケルハイトの口から低い唸りが漏れる。

 ユーベルベーゼが腕を伸ばす。

 何倍にも伸縮した腕が爪が空を裂き、囚われたドゥンケルハイトへと迫る。

 

 だが。

 

 ドゥンケルハイトの輪郭が、黒く滲んだ。

 身体が流体のように歪み、光を吸い込み、影へと変貌する。

 

「――〈脱出ゲットウェイ〉」

 

「チッ……!」

 

 ユーベルベーゼの口元が歪む。

 魔法の力により、掴んだはずの獲物が、するりと指の隙間からこぼれ落ちた感覚。

 

 空を睨んだその目に、黒き竜の姿が下方へと滑り落ちていく様が映る。

 

 追撃は即座だった。

 

 再生された爪を再び弾丸のように発射する。

 五発、同時に。

 それぞれが散弾のように周囲を制圧する、逃げ道を潰す一撃。

 

 しかし――

 

 その散弾すら、飲み込んだ。

 

 ドゥンケルハイトの喉奥から、漆黒の吐息が放たれる。

 それは重く、厚く、まるで暗黒そのものを解き放ったような奔流。

 爪弾の全てを巻き込んで呑み込み、直進する闇の一線。

 

 

 ドゥンケルハイトが放ったブレスは、闇属性。

(闇のブレス……?)

 

 疑念が走る。ユーベルベーゼ自身は闇に耐性を持つ。

 通じるはずのない攻撃――それを、何故、今?

 

 その問いが答えに変わったのは、わずか一瞬の後。

 漆黒の波動が直線状に展開し、放たれた瞬間、世界が塗り潰されるように暗く染まっていく。

 

 視界のすべてが、闇に包まれた。

 

「ッチ、この程度の闇ッ――!!」

 

 彼の眼前から、敵も空も大地も、一時的にその姿を消し去った。

 

 それはほんの数秒。

 されど、戦場における“数秒”は、致命に足る。

 

 そして次の瞬間――

 ドゥンケルハイトの姿が、掻き消えていた。

 

「何ッ!」

 

 即座に知覚を拡張する。

 己の感知範囲を広げるため、赤黒の紋様がその体に走る。

 能力が発動され、感覚は数キロ四方へと拡大されていく。

 

 探知の結果が脳裏に届いた、まさにその瞬間――

 

 上空から、岩が降り注いだ。

 

 巨石、破片、岩礫。

 次々と振り落とされる質量の塊が、頭上へと殺到する。

 

「―――クッ、あのヤロォォオ!!」

 

 怒声とともに、爪を振るう。

 空中で迫る岩を粉砕し、風を裂いて払い落とす。

 

 だが、その上――

 

 ドゥンケルハイトの姿があった。

 

 天空の地アストラルヘイヴン――その下層の岩盤。

 そこに張り付き、己の爪で岩を砕きながら、次々と投下していたのだ。

 

 ユーベルベーゼの防御にとって、岩など障害にもならない。

 だが、空中である場合は話は別だった。

 

 岩は上昇のルートを遮る。

 破壊するには手間がかかり、無視すれば進路を阻害される。

 だが通常の物理攻撃では神の力を持つユーベルベーゼにとって傷痕ダメージにはならない。

 

 ユーベルベーゼは、苛立ちを覚えながらも翼を広げ、強引に上空を目指そうとする。

 だが――

 

 岩が変質した。

 

 次に投げ落とされた岩塊には、黒い霧がまとわりついていた。

 ドゥンケルハイトの闇の力が纏われたそれは、単なる物理攻撃ではない。

 岩が肩に直撃し、鈍い衝撃が鱗の奥まで響いた。

 それと同時に闇が体に絡みつき動きの自由を奪わんとする。

 

「チッ……小賢しい真似をォ!!!」

 

 それはユーベルベーゼの強大な膂力を持ってすれば大したことはない。

 だが、累積すれば話は別。

 避けられぬ圧と重さで、徐々にその身を削り取る。

 

 そして、さらに追い打ちが加わる。

 

「――〈重力の場グラビティ・フィールド〉」

 

 上空に、重力の波動が展開された。

 広範囲に及ぶ重圧結界。

 ドゥンケルハイトの仕掛けたそれが、空気そのものを鈍重に変化させていく。

 

 岩の落下速度がさらに増し、軌道は読みづらくなり、空を裂く翼の動きさえも鈍らせる。

 

 そして―――轟雷。

 

 重力何倍にも強化され、雲が形を保てなくなり雲が沈み圧縮、

 

 ――結果

 

 激しく、鋭く、轟雷が空を裂いて降り注ぐ。

 

 重力。岩。雷。

 

 三重の制圧が、ユーベルベーゼの進行を封じる。

 

 しかし――

 

「いい加減にしやがれッ!!」

 

 ユーベルベーゼが怒号とともに魔力を叩きつける。

 全身の紋様が紅蓮に輝き、空間が波打つ。

 

「――〈神竜の守りゴッド・ノイズ〉!!」

 

 周囲を包む暴風のような魔力が一気に解き放たれ、

 重力の場を破壊し、岩を弾き飛ばし、付与された魔法を強制的に解除する。

 ユーベルベーゼの周囲にある暗雲が消え去る。

 その中心に、広がった青空と不釣り合いな赤黒の竜が姿を現す。

 

 〈重力の場グラビティ・フィールド〉の波動は消え去り、空は再び自由を取り戻した。

 

 その勢いのまま、ユーベルベーゼは空を駆け、ドゥンケルハイトの元へと迫る。

 

 そして――吐き捨てるように、言葉を投げつけた。

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バチカル ゴロゴロネ @siev0000

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