竜王大戦は終結しない-2

 神格化によって刻まれた赤い紋様が、ユーベルベーゼの体表に妖しく揺らめいていた。

 その光は、まるで自身の勝利を確信するかのように脈動を繰り返す。

 

「……俺様の勝ちだ。」

 

 低く、地を這うような声が響く。

 その背後で、黒の箱ブラックボックス――空間と闇の複合魔法によって形成された牢獄が、ゆっくりと地中へ沈み込んでいく。

 影の力を取り込んだ悪魔たちの能力によって、まるで奈落へと引きずり込まれるように。

 

 雷鳴が轟いた。

 

 その瞬間、上空を覆う雷雲から、蒼白の閃光が黒の箱ブラックボックスを貫かんと降り注いだ。

 だが、その光は届かない。

 ユーベルベーゼが片翼を傘のように広げたとき、雷光は何かに弾かれたように宙で砕け、霧散した。

 

 その眼が空を睨む。いや、正確には――天空から届く魔力の反応を感知したのだ。

 

 天空の地アストラルヘイヴン

 遥か上空に浮かぶその島から、雷撃を放つ魔法が作動した。

 

 制御が奪われた。つまり、フェイル=ディスオーバーが敗れたということだ。

 

 舌打ちが漏れる。

 

(……やはり役立たずばかりだな。)

 

 だが、それも些細な問題にすぎなかった。

 敵の主力は既に潰れ、残る者たちも消耗しきっている。数分もあれば、魔法など使わずとも爪と尾で薙ぎ払える。魂を吸収すれば、雑兵どもは足止めにもならない。

 

 そう判断すると、降り注ぎ続ける雷を無視し、ユーベルベーゼは翼を広げかける。

 ――その瞬間だった。

 

 空気が震えた。

 

 強大な威圧感が空間を歪ませ、戦場に広がる。

 空間が歪み、50メートル先に黒い扉が出現した。

 

 その裂け目を抜けて姿を現したのは、一体の巨大な影。

 

 ドゥンケルハイト――闇と影を統べる竜王。

 

 ユーベルベーゼは、その姿を見るまでもなく、誰が来たのかを察していた。

 

「……よぉ、ドゥンケルハイト。」

 

「……ユーベルベーゼ。」

 

 空間の歪みが音もなく閉じる。

 互いの名を呟いたその声には、長きに渡る因縁と、計り知れぬ力が滲んでいた。

 

 ドゥンケルハイトの双眸が、静かにユーベルベーゼを捉える。

 

「遅いじゃねぇか。」

 

 ユーベルベーゼが口角を吊り上げ、余裕を滲ませた笑みを浮かべる。

 

「もう少し早ければ、三体がかりで俺様を倒せたかもなァ。」

 

 だが、その言葉に対する返答は、あくまで冷笑だった。

 

「――三体? ……冗談を言うな。ワシがそんな連中と手を組むとでも思ったか?」

 

「ククク……冗談じゃねぇよ。」

 

 牙を剥いて笑う。

 その表情には、嘲りと確信の両方が混じっていた。

 

「テメェの勝機は、それしかなかったってだけの話だ。」

 

 視線がユーベルベーゼの体を走る。

 赤黒い神格の紋様。その魔力の震えに、ドゥンケルハイトは一つ頷いた。

 

「……なるほど、神格化、か。だが、随分と消耗しているようだな。そんな状態で、ワシに勝てるつもりか?」

 

「それはテメェの方だろう。影の力に頼るテメェが、今どれだけ魔力を残してる?」

 

 言葉の刃が交差する。

 互いの力、消耗、優位を見極めながらも、どちらも引かない。

 

 そしてドゥンケルハイトが告げた。

 

「……十分だ。貴様を倒すにはな。」

 

 その瞬間、戦場の空気が破裂したかのように震える。

 

「……クククッ、クハハハハハハハ!!」

 

 ユーベルベーゼが吠えるように笑う。

 その笑いは、戦慄すら帯びていた。数秒の咆哮が、永劫にも等しく響く。

 

 そして――

 

 空間そのものを支配するような威圧が、彼の身から迸る。

 

 その爪がより赤く染まり、鋭く形を変える。

 

「―――――テメェ、自分が上のつもりかァか!? 勝てるってなら、試してみろよォォ!!」

 

 爆ぜる音と共に、空が裂けた。

 

 魂を操る邪竜王ユーベルベーゼ。

 闇と影の王、ドゥンケルハイト。

 

 二柱の竜王が、牙を剥いて激突する。

 

 爪と爪が交差し、鱗と鱗が衝突する。

 その余波だけで砂塵が巻き上がり、大地が裂け、戦場全体が揺れ動いた。

 

 それはまるで、雷鳴が地上へと落ちたかのような衝撃だった。

 

 巨影と巨影がぶつかり合い、世界が揺れた。

 

 初手を制したのは、ユーベルベーゼだった。

 その肉体はさらなる強靭さを得ており、ドゥンケルハイトの爪を赤黒の鱗で受け止め、逆に彼の腕を裂く。傷口からは黒い血が滲んだ。

 

 両者ともに、竜の中でも異常な再生力を持つ存在である。

 その特性ゆえ、一般的な竜に比べて鱗の防御力はやや劣る――はずだった。

 

(傷ついた傍から再生……鱗も硬い。ユーベルベーゼめ、自らの弱点すら補強したか。)

 

 ドゥンケルハイトは即座に大きく跳躍し、距離を取る。

 だが、ユーベルベーゼはそれを逃すまいと、ムカデを思わせる六本の足を用いて、地を這うように突進する。

 

 両者の距離、およそ五十メートル。

 だが、竜にとってその程度は一瞬に過ぎない。

 

 ドゥンケルハイトは回避が間に合わないと判断し、即座に影の能力を発動した。

 闇がその巨躯を覆い、漆黒の鎧と化す。

 

 次の瞬間、ユーベルベーゼの尾がしなり、巨大な鞭のような軌道で振り抜かれる。

 音すら置き去りにする衝撃が空気を震わせ、尾がドゥンケルハイトの胴体を叩きつけた。

 

 落雷のごとき轟音が戦場に響く。

 影によって強化された防御も、この一撃の前では不十分だった。

 ドゥンケルハイトの体勢がわずかに崩れる。

 

 その様子を見て、ユーベルベーゼが嗤う。

 

「その程度かァ、ドゥンケルハイト!!」

 

 次なる一撃が迫る中、両者は同時に魔法を発動する。

 

「――〈炎の盾ファイアーシールド〉!!」

「――〈氷葬フリーズ〉!!」

 

 炎がドゥンケルハイトの体を包み、冷気がユーベルベーゼの爪に纏われた。

 互いに接触時にダメージを与えると同時に、相反する属性の攻撃を軽減する魔法である。

 

 ドゥンケルハイトは、迫る爪を翼で受け止めた。

 だが、接触した瞬間――

 

 炎が霧散し、代わりに爪の冷気が翼に凍結を広げていく。

 

 ユーベルベーゼは叫ぶように嘲る。

 

「貴様の魔法も俺様には効かねぇんだよぉ!!」

 

 再び尾がうねり、空気を切り裂いて振り抜かれた。

 その暴力的な一撃が放たれた瞬間、地を這う衝撃波が戦場を貫いた。

 その力はあまりにも強大で、アルジビア王国この地を囲う都市外壁すらも揺れ動く。

 ドゥンケルハイトの巨体が吹き飛ばされた――そう見えた。

 

 だが、そこに彼の姿はない。

 

「……なに?」

 

 ユーベルベーゼの目が警戒の色を帯びた、まさにその瞬間――

 

 激痛が、首筋を貫いた。

 

 影の中から現れたのは、先程まで吹き飛ばされたはずのドゥンケルハイト。

 影潜みによって姿を消し、死角へと回り込んでいたのだ。

 

 その牙が、ユーベルベーゼの分厚い鱗を噛み砕き、喉奥へと深く食い込んでいた。

 

 喉元に深く牙を食い込ませたまま、ドゥンケルハイトは力を込めた。

 噛み締める圧力がさらに強まり、ユーベルベーゼの厚い鱗すら軋んで悲鳴を上げる。

 

「貴様……ッ!」

 

 怒声を上げるユーベルベーゼを無視し、ドゥンケルハイトの胸元に紫の魔力が収束されていく。

 そして刹那、その喉奥から、竜が竜たらしめる究極の技――竜の息吹ドラゴン・ブレスが放たれた。

 

 紫光が縦一文字に放たれ、その爆発的な圧力がユーベルベーゼの巨体を上空へと押し上げていく。

 凄まじい咆哮とともに、雷鳴のような衝撃音が空を引き裂いた。

 

「グォォォォッ!!」

 

 空へと押し上げられながらも、ユーベルベーゼはその力を無理やり捻じ伏せるようにして身をねじり、翼を大きく広げて体勢を整えようとする。

 空中で旋回し、急落下を回避しようと試みた、その時だった。

 ドゥンケルハイトが魔法に放つ、それによって――

 

 

 ――――空が―――――落ちた

 

 

 天空に広がっていた分厚い暗雲が、まるで質量を持つ天井のように、落下を始める。

 それは単なる雷ではない。天空の地アストラルヘイヴンから放たれた雷撃を内包した暗雲――

 

 空を覆う分厚い暗雲が天から引き裂かれ、雷の大瀑布のような閃光がユーベルベーゼを呑み込まんとする。

 

 

 ユーベルベーゼは即座に魔力を収束し、無詠唱で〈地獄の外套ヘルザーヴェール〉を発動する。

 頭上に展開された禍々しい魔の渦が、崩れ落ちる空を受け止めようと広がる。

 

 闇と雷が交錯し、耳を劈くような爆音が戦場を包み込む。

 雷鳴が爆ぜ、空気が爆発音を孕みながら振動する。

 

 しかし――。

 

 その渦を突き破るかのように、もう一つの影が割り込んだ。

 漆黒の竜影――ドゥンケルハイトが、暗雲に飛び込む。

 

 渦を狙い、彼の尾が振るわれた。

 尾が渦に触れた瞬間、禍々しい結界は霧散する。

 防御を失った空が、そのまま雷撃を纏ってユーベルベーゼを押しつぶす。

 

 それは巨大な圧力となって地上に墜落した。

 雷を帯びた暗雲が、まるで天井そのものが崩壊したかのように地上に激突する。

 衝撃は戦場の大地を波のように揺らし、雷光が辺りを真昼のように照らし出す。

 稲妻が奔り、衝撃波が街壁の石材を軋ませた。

 

 やがて――

 雷鳴が遠ざかり、暴風が静まる。

 荒れ狂っていた嵐の只中に、静寂が戻る。

 その中に、漆黒の竜がゆっくりと降り立つ。

 なおも微かに雷の余韻を纏ったその体は、揺るぎなく地を踏みしめている。

 

 彼は振り返ることなく、ただ真正面――未だ立つユーベルベーゼを見据えていた。

 

 陽光が、黒き竜の背を照らす。

 影と闇の象徴であるはずの存在に、光が注がれていた。

 

 まるで、それが天の祝福であるかのように。

 

「……なるほど。」

 

 ドゥンケルハイトの口から低く言葉が漏れる。

 

「雷そのものは通じんが、重圧による衝撃……そこには影響を受けるか。

 貴様の“無効化できる魔法”の限界も、見えたな。」

 

 視線の先、ユーベルベーゼの姿があった。

 巨体は傷だらけとなり、その片翼は無残に折れ曲がっていた。

 

 だが――再生が始まっている。

 

 肉が盛り上がり、骨が再構成され、鱗が硬質の音を立てながら復元されていく。

 その異様な光景を、ドゥンケルハイトは黙然と観察していた。

 

 彼の瞳に映るのは、ただの傷ついた敵ではない。

 ユーベルベーゼという存在の“構造”そのもの――能力、特性、そして限界。

 

「……そして、神格化。効果時間は――おおよそ、一分間。」

 静かな言葉だったが、鋭さを孕んでいた。

 その一言に、ユーベルベーゼの眉が僅かに動く。

 

 ドゥンケルハイトはさらに言葉を続けた。

 

「時間が切れれば、再使用が必要。

 所詮は、強化魔法の延長……その程度だな。」

 

 短く、的確に、冷静に。

 戦場の流れを読み解く眼差しが、そこにあった。

 

 ユーベルベーゼは鋭く舌打ちし、そのまま詠唱を省略して魔力を放出する。

 彼の上空に形成された氷の魔法陣が展開し、瞬く間に冷気の奔流が空を満たす。

 

 ――〈氷の槍軍アイシースピアーズ〉。

 上級に分類されるこの魔法は、無数の氷槍を生み出し、雨のように降り注がせる多段攻撃。

 だが、その性質ゆえに一撃ごとの威力は分散される。常ならば、竜の硬質な鱗を貫くには至らない。

 

 ドゥンケルハイトの視線が、冷ややかに上空を見据えた。

 

 避ける必要はない。そう判断してもおかしくない状況だった。

 だが、彼の思考は即座に転じる。

 

 ――相手は、そうしたをするような存在ではない。

 

 次の瞬間、ドゥンケルハイトの影へと変質する。

 その黒い身体は槍の隙間を縫うように動き、空からの殺到をすり抜けていく。

 

 だが一本、氷槍が肩を掠めた。

 

 硬質な鱗が裂け、紫黒の血が一筋、空中に漂う。

 

 本来、彼の魔法耐性をもってすれば傷を負うはずのない攻撃――

 だが、それが届いた。

 

 神格化の余波。魔法への耐性をも貫く力。

 その事実が、ドゥンケルハイトの中で確信へと変わる。

 

 そして、そのわずかな鈍りを見逃すユーベルベーゼではなかった。

 

「ハハ、遅ぇよ。」

 

 口元に歪んだ笑みを浮かべながら、ユーベルベーゼがその名を告げる。

 

「――黒い箱ブラックボックス

 

 虚空に六枚の黒い板が現れ、ドゥンケルハイトの周囲を囲むように配置される。

 それらが合わさった瞬間、完全なる闇の空間が形成された。

 

 空間操作と闇属性を組み合わせたこの異能は、対象を外界から遮断し、内部で生命力を蝕み続ける魔牢である。

 

 回避は間に合わない。

 だが、ドゥンケルハイトは抗おうとしなかった。

 

 否――自ら、闇に身を沈めた。

 

 異様な静けさがその箱の内部に広がる。

 外からは何も見えない。

 ただ、ユーベルベーゼの鋭い視線だけが、それを見つめていた。

 

「……?」

 

 一瞬の違和感。

 その時だった。

 

 内部から凄まじい圧が奔った。

 閉じ込められていた闇の箱が、内側から膨張するように歪み、悲鳴を上げるような音を立てた。

 

 そして――爆ぜた。

 

 破裂音とともに空間が引き裂かれ、漆黒の奔流が外へと噴き出す。

 暗黒のエネルギーが四方へ暴風のように拡散し、黒い閃光がユーベルベーゼに撃ち込まれる。

 

 その中心に――漆黒の竜が姿を現した。

 

 ドゥンケルハイトが、闇の中心から静かに立ち上がった。

 その鱗には無数の裂傷が走っていたが、それらは既に再生の過程に入っていた。

 

 対するユーベルベーゼも、同じように吹き上がった闇から姿を現す。

 

 互いの視線が交差する。

 一瞬の静寂を挟み、ユーベルベーゼが不快げに舌を鳴らした。

 

「その耐性に再生力――。相変わらず、テメェとの戦いは嫌になるぜ。」

 

 ドゥンケルハイトはゆるく息を吐く。

 その声音に、焦りも怒りもなかった。

 

「それは互いにだろう。減衰されたとはいえ、ワシの〈吐息ブレス〉すら通らぬとは……」

 

 再び両者の距離が縮まる気配を孕みながら、ドゥンケルハイトは静かに結論を口にする。

 

「……実に厄介だ。」

 

 それは賛辞ではない。

 ただ、戦場における“現実”としての評価だった。

 

 ユーベルベーゼの眉がわずかに動いた。

 内に押し殺した苛立ちが、舌打ちとともに露見する。

 肉体が不快な音を立てる。過剰な再生により鱗がせめぎ合い、竜の体が異音を響かせた。

 

 ドゥンケルハイトは未だに冷静。だがその態度こそが、彼にとって最も癪に障るものであった。

 

 ユーベルベーゼは、既に三重の強化を施していた。

 爪、牙、鱗、身体能力、魔力、飛行速度――

 あらゆる面において、ユーベルベーゼは明らかに優れている。

 それにもかかわらず、押し切れない。

 

 それが、何よりも我慢ならなかった。

 

 一方、ドゥンケルハイトはなおも相手を観察していた。

 彼の視線は冷え切っている。敵意というより、分析の眼だ。

 

 神の力――確かに厄介。

 だが、その力の性質と挙動、そして“綻び”はすでに見えている。

 

 問題はひとつ。

 ――自身の残された魔力だ。

 

 あと、三度か四度。

 この残り少ない魔法をどう使うかが、―――勝機を分ける。

 

 一方のユーベルベーゼは笑う。

 その笑みには、明確な自信が宿っていた。

 

「ククク……結局は魔法頼みか?」

 

 嘲るような問いに、ドゥンケルハイトは何も返さない。

 微動だにせず、視線すら外さずに静かに立っている。

 

 その沈黙こそが、ユーベルベーゼの余裕をさらに膨らませる。

 

「ハッ、やっぱりな。てめェがここまで粘れていたのは、あらかじめ付与した強化魔法のおかげだろ? だがな――その効果もこれで終わりだろうが」

 彼は鋭く言い放つ。

 

「……ふん。負け惜しみにしか聞こえんな。」

 

 初めてドゥンケルハイトが言葉を返す。

 その口調は飄々としているが、内に宿す信念は強固だった。

 

「―――神の力とやらを使っても、押されている現状を直視できないのか?」

 

 鋭く、冷えた一撃のような言葉。

 それが胸に突き刺さり、ユーベルベーゼの眼光が一層鋭く光った。

 

「ッハ! 間抜けが……!――――まさか、これが限界だとでも思ってんのかァ!?」

 

 彼の体が脈動し始める。

 赤黒い紋様が全身を這い、再生の力が暴走を始める。

 

 筋肉が膨張し、鱗が軋み、爪が巨大化し、地面が圧に耐え切れず軋んだ。

 

 圧倒的な膂力が、その場の空気をも圧し潰す。

 

 ドゥンケルハイトは一歩も引かず、その様をただ見つめた。

 

「……ほう。再生力を暴走させ、意図的に肉体を肥大化させたか。」

 

 当然ながら、肉体の巨大化は腕力に直結する。

 すでに竜としても生物としても限界を超えていたユーベルベーゼに、更なる圧倒的パワーが加わる。

 

 それは、かつて竜王たちの中でも最大の体躯と力を誇った岩石の竜王にさえ匹敵しうる。いや、凌駕するかもしれない。

 

「ドゥンケルハイトォォ!!」

 

 その咆哮は、まさに“暴力の権化”の名に相応しいものだった。

 

 地が震える。風が唸る。

 

「テメェ、あと何発魔法を使える? 三回? 四回? それが尽きたら終わりだろうがよ!」

 

 高笑いが戦場に響き渡る。

 

「貴様……」

 

「気づいていないとでも思っていたか? テメェの勝機なんざ――最初から存在してねぇんだよ!!」

 

 ドゥンケルハイトの視線が揺らぐことはない。

 その静謐な眼差しで、ただひとつの真実を口にした。

 

「……阿呆が。勝機があるから、ワシはここに来たのだ。」

 

 宣言のようなその声が、空に刻まれる。

 

 ユーベルベーゼが体をひねると、巨体の影が戦場を覆った。

 その身の一部――尾がうねり、大地を薙ぎ払う暴風と化す。

 

 それを視認したドゥンケルハイトは、即座に翼を広げて跳躍。

 重くなった空気を蹴り裂き、戦場を離脱する。

 

 刹那、尾が地を穿ち、彼のいた場所に巨大なクレーターが生まれる。

 土砂が舞い、風が唸り、大地が悲鳴を上げた。

 

(ただの尾の攻撃が、これほどの威力か……)

 

 ドゥンケルハイトが地上に視線を落とす間もなく、影が再び彼を包む。

 上空から降り注ぐは、雲のように広がる巨大な爪。

 

 日差しすら遮るその爪が、まるで断罪の鉄槌のごとく、真下の彼を目掛けて落下してきた。

 

 一瞬の判断。

 ドゥンケルハイトは半身をずらし、左の翼を前面に突き出す。

 

 衝撃――

 骨が軋み、風が爆ぜ、空気が裂けた。

 爪の直撃を受けた翼が、鈍い音を響かせながら軋む。

 

 そのまま受けていたら大きな傷痕ダメージは免れなかっただろう、―――故に受け流す。

 

 翼の裏に腕を滑り込ませ、回転の反動を利用しながら宙を滑空。

 流れるように地面へと舞い降り、そのまま連続動作で着地する。

 

 しかし、追撃は止まらない。

 

 再び振り下ろされたユーベルベーゼの爪が、大地を深く穿とうとする直前――

 

 すっと、ドゥンケルハイトの姿が消えた。

 

 次の瞬間、爪が地面に叩きつけられ、土石が爆ぜ、亀裂が走る。

 だがそこに、影はない。

 

 地面の奥深く、裂け目の奥――

 ドゥンケルハイトは影の如き柔体を活かし、裂け目の中に潜んでいた。

 尾の破壊力で生じた隙間をすり抜け、衝撃を回避する。

 

 しかし、ユーベルベーゼも対応する。

 

「――〈侵食する凍結フリーズ・インフェステーション〉」

 

 爪を地に押し付けたまま、魔力を流し込む。

 冷気が地中へと染み渡り、空間そのものが凍り付くかのように、地下を一瞬で侵食する。

 

 

「……グッ!!」

 

 その範囲内にいたドゥンケルハイトは、体を変形させていた影響で、通常よりも大きな傷痕ダメージを受ける。

 地中を突き破り、ドゥンケルハイトが飛び出す。

 だがそれに、ユーベルベーゼは待ち構えていた。

 

「遅ぇよ!!」

 

 その声と同時に、彼の腕がしなる。

 爪のついた前肢が5倍以上の長さに伸縮し、しなやかに蛇のような軌道を描いて迫る。

 

 ドゥンケルハイトは瞬時に尾をしならせ、弾丸のような腕を横から打ち払う。

 鈍い打撃音が鳴り、衝撃がユーベルの腕全体へと駆け巡った。

 

 軌道が逸れた隙を突き、ドゥンケルハイトは一気に後方へと飛翔する。

 

 だが、ユーベルベーゼは追撃を止めなかった。

 その口から嘲笑が洩れる。

 

「ククク……消極的だなァ?」

 

 捕食者が、獲物の足掻きを愉しむように。

 

「いいのか? そんな悠長にしていて……」

「時間は、テメェだけの味方じゃねぇぞ?」

 

 その一言が、わずかにドゥンケルハイトの目を揺らす。

 

 それを見逃すユーベルベーゼではなかった。

 さらに口角を持ち上げ、低く呟く。

 

「テメェは無事でも――うえの奴らはどうかな?」

 

 その言葉に、確信めいた悪意が滲む。

 

 ドゥンケルハイトの瞳が微かに震えた。

 わずかに――ほんのわずかに動いた視線。

 ユーベルベーゼはそれを見逃さない。

 

(……そうか。切り分けた魂……そういうことか)

 

 ユーベルベーゼの尾が赤黒い刃で覆われる。

 腕と同じように何倍にも伸びた尾による一撃――!

 

 次の瞬間、ドゥンケルハイトの翼が大きくしなった。

 

 尾を翼の縁で受け流し、鋭角に滑るように飛翔――!

 黒き閃光が空を切り裂く。

 

 一閃。

 

 ユーベルベーゼをすれ違いざまに切り裂いた。

 

 ――だが、浅い。

 

 抉られた傷はすぐに再生し、裂け目を閉じる。

 

 それでも、ドゥンケルハイトは静かに言う。

 

「……数の有利を捨ててまで、ワシと戦う覚悟とは感心だ。」

 

 視線の先――ユーベルベーゼが、嘲笑混じりに応じる。

 

「ッハ! テメェ相手にゃあな……俺様ほんたいだけで十分なんだよ!!」

 

 そして、空気が揺れた。

 ユーベルベーゼの背後に回り込んだ、ドゥンケルハイトの翼が大きく広がる。

 

 次の瞬間、爆風が地を押し返すように巻き起こる。

 疾風のような加速――ドゥンケルハイトが空を裂いて飛翔する。

 

 しかし、それすら読んでいたかのように、ユーベルベーゼが吼える。

 

「遅ぇよ!!」

 

 彼もまた、翼を打ち鳴らし、暴風を巻き起こして空へ飛翔する。

 その巨体が天を遮る。

 

 遅れて飛び上がったユーベルベーゼが、ドゥンケルハイトの進路を――完璧に、塞いだ。

 

 暴風のような翼が振り抜かれる。

 衝撃が爆ぜ、空間そのものが震えた。

 

 視界が一瞬、白に染まる。

 大気を圧し潰すかのようなその一撃が、ドゥンケルハイトを弾き飛ばす。

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