第3話

診察室に、先生とお母さん。それから私がいる。それだけだ。それだけのはずなのに、息が苦しく感じる。その理由はきっと、先生がお母さんに対して今の私の状態を説明したからなんだろう。


「ふざけないでください」


お母さんのよく通る声が、左側から聞こえた。膝の上の手が少しだけ震えている。怖くて、お母さんの方を見れない。


「わたしが、まおを傷つけている?まおが今、こんなんなのはわたしのせいだって言うんですか?大体この子が甘えたことを言うからわたしは、現実を教えただけです。体が重い?動けない?みんなそうじゃないですか。わたしだってそうです。それでも、みんな働いてるし、学校へ行っているんですよ。甘えじゃないですか、そんなの」


言葉の針が、左側から飛んでくる。私に対して言っているのか先生に対して言っているのか、それは分からない。

先生は、ただ黙っていた。その間にもお母さんはヒートアップする。


「それなのに、休むことが必要です?何言ってるんです?この3週間、ずーっと休んだじゃないですか。受験生なのに、3週間も!周りの子はその間にも勉強しているのに。頑張っているのに。休むだなんて、言うのは簡単ですよ。けどね、この子は受験生なんです。未来がかかっているんです。もう10月ですよ。休んでる暇なんてないんです。休むなら受験が終わってからだっていいんじゃないですか?3ヶ月も休んでいたら、この子の未来は終わりですよ!責任とってくれるんです?とれないでしょう?他人が家庭のことに口出ししてこないでください!」


「まおさんの、心と身体の話をしているんです。目には見えない部分の話をしているんです。お母さん。娘さんの未来が大切なら、今から僕がする話を、しっかりと聞いてください」


先生の声に、私は自然と顔を上げる。お母さんは、肩で息をしていた。先生はお母さんをじっと見つめて、お母さんの息が整うのを待つ。


「まおさんは、今休むべき状態の子です。体が重く、動けない。学校に行けていない。何かを食べることも飲むことも出来ていない。これだけ日常生活に支障をきたしている。この生活を、まおさんの受験が終わるまで無理やり続けさせるのであれば、そうしてみたっていいと思います。ただ、ただその場合。まおさんの未来は、夜明け前と同じですよ。真っ暗です」


夜明け前。真っ暗で自分がどこにいるのかも分からなくなる状態のことを、そう表現する人はたちばなさん以来初めてだった。

お母さんは、いつの間にか下を向いていた。唇を噛んで、言葉を殺しているように感じた。


「お母さん。今日、まおさんのことを精神科へ連れてきたのは、まおさんの未来のことを考えてのことではないですか?何か原因があるはずだ、とそう思ったからでは無いですか?」


私は、その日初めてお母さんをしっかりと見た。横顔だけだったけれど、細い目が、見開かれていた。

数分間、無言の時間が流れた。何となく、居心地の悪さはもう感じていなかった。


「……まおが」


口を開いたのは、お母さんだった。下を向いたままだった顔を上げて、先生と向き合っている。


「まおが、何も食べれていないことは分かっていたんです。何かあるんだろうな。とも。だから学校に行って、相談室担当医のたちばなさんとお話をしました。そこで、精神科の受診を勧められたんです」

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