番外編
番外 まるでロータスのように可憐で苛烈な
※本編の流れとは無関係の幕間です。
ナンバリングとは違う時間軸の話なので、番外編とさせて頂きました。
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☆
――闇夜の冷たい空気が、ベッドに横たわるわたしの頬をなぶり、通り過ぎていきました。
天に向かって伸ばされたわたしの腕は、虚空を掴もうとしていて。
何をしてるんだろう、そう考える頭の片隅で。
さっきまで見ていた世界が色鮮やかに蘇ってはじめて。わたしは夢の世界ではなく、現実の世界に帰ってきたのだと気付くのです。
――ああ。
まったく、懐かしい夢を見たものです。
もう見ることも無くなったと思っていたのに。
「……はっ……」
ため息混じりの乾いた笑いを吐き出して。その腕をおろして、自分の顔を掴むように、手のひらを押し当てます。
……指に触れたのは、わずかな湿り気。
ああ、やけに頬が冷たいと思ったら。
わたしは……、泣いていたのですね。
「ははっ……」
もう一度。
ぐぅ……と、自分の顔を指だけで握りしめます。
あれは
妙に強く覚えているようで、どこかふわふわとしか覚えていない記憶。だから、……たぶん。
むくり、ベッドから起き上がり辺りを見渡せば。すぅすぅと、暗がりからエミィの寝息が聞こえてきて。うっすらと掛けられた布が上下しているのがわかりました。
『初めての仕事のことは覚えてるものよ』
残響のように頭の中に聞こえてきたのは、ヒルベルタ様の声。
「…………」
一度目を、ぐぅ、と閉じて。
枕元をまさぐり、そこに置いていたかんざしを、すっと掴むと。
(……起こしては、いけませんね)
音を立てずに、忍ぶようにこっそりと、わたしは自室を後にしました。
修道院の外の風は、室内とはまた違う冷たさを帯びていて。ひゅぅ……と冷たい風が、わたしの身体を突き刺してきます。
思わず身をすくめた身体を、わたしは自分で抱きしめていました。
世界はまだ、闇色の
ふぅ……と息を吐き出し、抱きしめていた腕をほどくと。握っていたかんざしを
するとまぶたの裏側に浮かんでくるのは、赤い残影。
――あの時はたしか、夫婦二人をこの手にかけたのでしたか。
そう思い出せば、赤い残影は二人になりました。
「……ふッ!」
目を開くと同時に素早く踏み込み、残影を一突きに。返す刃でもう一人の
すると、ばら……っと
それはわたしの、いつもの訓練相手で。
わたしの、いつまでも消えない罪の証。
――妻からは、夫に自由を奪われ、こき使われ性玩具のように扱われ、子供は逃げ出した、私は奴隷じゃないと嘆かれました。
――夫からは、妻は金遣いが荒くて遊び好き、せめて家の事をしろと言ってもきかない、奉仕するからと金をせびる、子供が逃げたのはあいつのせいなのだと
――双方が相手を
……その犠牲になった子供たちの、じ……っと見つめる視線にも気付かずに。
殺しても、殺しても。新しく産まれてくる影たちを。
一人殺し、二人殺し。
その度に増えていく影を、わたしは次々に一撃の
――そう。
だからわたしは殺したのです。
醜く言い争う、二人を共に。
彼らの話し合いで解決出来れば、それで良かったのでしょうけれど。その影で、泣く子がいたから。当時、まだ
ひゅ……っ!
最後の一突きを放つと、周りの残影たちはぱたりと動きを停めて。
はぁ……っ、はぁ……っ。
辺りには、わたしの荒くなった呼吸音だけが残っていました。
「――ミレン?」
「ッ?!」
不意に聞こえた声に、思わず振り返れば。
「やだ、あたしを殺しても、報酬なんて出ないわよ」
そこには、見慣れた同僚の姿。
「…………マリー……?」
諸手を上げて肩を
ふっと全身から力を抜くと、だらりとした気だるさだけが残っていました。
「落ち着いた?」
「……はい、ごめんなさい、マリー」
向き合うと、いつもの
「ま、練習熱心なのは良い事よ。
そう言って砕けたように笑うマリーの表情がはっきりと見えることに、びっくりするわけです。
「いつの間に……。こんなに明るくなってる事にも、気付いていなかったんですね、わたし……」
「そんなことだろうと思ったわ。……あんた、熱中するとすぐに周りが見えなくなるんだから」
そう言って、ぽん、と。
わたしの頭にはマリーの手のひら。
「なにを、焦ってるの?」
ひゅう、と。
訓練をして火照った体を、明け方の柔かな光と共に、冷たい風が通り過ぎてゆくのを感じながら。
「……そう言うんじゃ、無いんですけど」
ぷい、と。
つい、視線を外してしまいました。
「ふぅん? だったら、どうしたの? マリーさんに言ってみなさい?」
わかっているのか、どうなのか。
いいえ、きっとマリーは、わたしが隠し事をしていることなんてお見通しなんでしょう。
だから、はっきりと。口から本音を吐き出したくなるのです。
でも。
「秘密、です」
それが出来ずに、
わたしは、隠し通す言葉を返すのです。
「……頑固ねぇ、ホント」
マリーの顔がくしゃりと歪んだのが見えて、ズキン、と胸が鳴ったのが聞こえました。
「口にしたら、叶わなくなることも、ありますからね」
だからそうは見えないように笑ったつもりでしたが。
わたしは今、きちんと笑えていたのでしょうか。マリーと同じ表情を浮かべていないでしょうか。
そんな本音のせいで、わたしの顔は下を向くばかり。
朝の明るさがこんなにも邪魔だと思ったのは、初めての事でした。
「こまっしゃくれたこと言ってんじゃないわよ」
けれどマリーは、つん、と。わたしのおでこを突っついて、わたしの顔を持ち上げて、続けるのです。
「普通はね、叶える為に口にするの。口にする事で自分に、神様に、約束するのよ。叶える為に頑張りますってね」
上目遣いに、じっと見れば。
「でしょ?」
なんてにこりと
肯定する事も
「……ま、それは良いのよ。あたしが来たのは、別にあんたの秘密を暴く為じゃ無いんだから」
おでこの指をぐいと押して、一歩後ろに下がってくるりと回ると。そのピンと立てた指を自身の唇に当て、まるで内緒話をするように軽くウインク。そんな仕草に思わず見とれてしまって、はっと正気に
本当、こういうのが絵になる女性ですね、マリーは。
「ヒルベルタ様は、なんと……?」
そんな気持ちに
「『依頼』。ひとつ無事にこなしたら、不問にするってさ」
マリーはいつものような……けれどどこか穏やかな表情で、これに答えてくれました。
「『依頼』……ですか」
思いがけず、口から出た声は、ぽそりとしたものでしたが。
「良いんじゃない? 気晴らし……って言っていいのかわかんないけど。頭と身体動かして、『いつも通りの事』してたら、スッキリするわよ。人間って、そういうものだもの」
あまりにも楽しそうなマリーの顔に、わたしはすっかりと毒気を抜けさせられてしまって。
「……そうですね。そうかも知れません」
「ねっ?」
それこそなんだかスッキリしてしまうのでした。
――きらり。
中庭の葉に溜まった朝露に陽の光が反射したのが見えて、思わずぴくっとしてしまって。
そんなわたしとマリーの視線が交差して。
くすりと。
二人で笑いあったら、そこに咲くのは笑顔の花。
「じゃあ、まずはお祈りからかしらね。――“いつも通り“に」
決して、真っ当ではないかも知れません。
普通では無いかもしれませんけれど。
「えぇ。“いつも通り“に」
これが
だからわたしたちは、笑い合うのです。
まるで
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