幕間 貴女のお名前は?
☆
「……。……?」
はじめは何を言っているのか、まるでわかりませんでした。
ただその人は歩き出そうとしていて。こちらを振り返り、手を伸ばしてくれたから、ついて来いって言ってるのかな、と思ったのです。
血
「……? …………?」
時々その人が、何か話しかけてきてました。
でも、わたしには全然意味がわからなくて。
わたしはどこか、ちがう世界に隠されてしまったのかな、なんて、ぼんやり考えていました。
その人が足を止めたのは大きな建物の扉の前。
ドンドンと音を立てて叩かれた扉からは、白い頭巾を被った女の人が姿を見せて。
その人はその女の人と、何か話しあって。
わたしの方を向き、そっと頭に手を乗せ何かを言って、元来た道を歩いていきました。
どうしたら良いんだろう?
あの人に、また、ついていけば良いのかな?
そんなことを考えていたら、わたしの手を取る誰かの手のひら。
さっきの手とは違うな、なんて考えながら見ると、そこには頭巾を被った女の人がしゃがみこんでいて。
「……わたくしの言葉、わかる?」
その女の人が話した『言葉』は。突然
「……わかり、ます」
びっくりして。とっさに出た声は少しかすれていました。
でもその女の人も少し、びっくりしていて。
まるで、物語の中にしかいない、
「ヤポンを着ていたから、もしかして、と思ったけれど……」
やぽん?
なんだかわかりませんが、着ていた、ということは、この『着物』のこと、でしょうか。
「……バート……って、伝わらないわよね。えぇと……オフロ? に入れてあげるから、ついていらっしゃい」
オフロ……お風呂?
「えっと、……はい」
頭巾の女の人はわたしの手を取り、そのまま歩き始めたので、わたしもその通りに、足を動かしました。
さっきからハテナばっかりが浮かんでいるんですけど、何が起こっているのでしょうか?
訳が分かりませんけれど。
……今は、何も考えたくない。
そんな気持ちも、ずっとありまして。
連れてこられたお風呂(ばーと、でしたっけ?)は、石でつくられた小さなお部屋で。お部屋のまんなかには大きなおけが置いてあって、そこにお湯がためられていました。
お湯で温められた布で顔をぐいぐいと拭かれると、そのまま着物(やぽんって、言った方が良いんでしょうか)を脱がされました。
そして髪とか身体とか。ゴシゴシとこすられ、お湯をかけられ。されるがままにしていたら、なんだかスッキリとして。
「うん、キレイキレイ」
そう言って、女の人は笑顔を浮かべてくれたのです。
その笑顔を見ていたら。
うれしいって気持ちと。
……なぜだか、涙が出てきて。
ぽろ、ぽろ……。
「ぇ……う、うぇ…………っ」
一回涙が出始めたら、止まらなくなって。
お母さんが死んだこと。
お父さんを傷つけたこと。
もう二人に会えないんだって、よく分からないけど分かってしまったこと。
ここは何処なんだろう。
わたしは何をしているんだろう。
いっぱいいっぱい、色んなことが、頭の中をぐるぐると回って。
「う、あぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」
大きな声を上げて、泣いてしまいました。
身体が、顔が、熱くって。
何かが込み上げてきて、そのまま吐き出した気がします。
もうよく分からなくなっていたけれど。
ふいに。ぽん、ぽん、と。背中を優しく叩かれていることに気付いて。
わたしが、抱きしめられているとこにも気付いて。
熱いのに。温かくって。
悲しいのに。なんだか、落ち着くんです。
「ひっく……うぅ……」
「……よしよし。大丈夫、大丈夫よ」
「う……、うぁぁぁん!」
「良い子、良い子」
泣きわめいたり、吐き出したり。
泣き止んだかと思ったら、また泣き出して。
何度もそれを繰り返しましたが、その間中ずっと、女の人はわたしを抱きしめてくれていました。
そうして抱きとめられたまま、泣くのに疲れたのか。涙の代わりに、しゃっくりみたいに、ひっくひっくと繰り返していましたが。ずぅっと背中をなでたりぽんぽんとしてくれていたことが、落ち着いてきたら、なんだかとっても申し訳なくなってきて。
「ゴメンなさい……」
ぐじゅぐじゅと、鼻水をすすりながら謝るわたしに。
「謝ることは無いわ」
「でも、お姉さんの服も、汚しちゃって……」
「良いのよ、そんなことは。……今は思いっ切り、泣いたらいいの」
女の人はそれでも優しくて。
布切れを差し出してくれたから、力いっぱい鼻水をかんだら、とてもスッキリして。
「ありがとう、ございます、お姉さん……」
お礼を言いながら、頭をぺこり。
顔を上げたら、女の人は優しく微笑んで。
「お姉さん、じゃなくて」人差し指でわたしのおでこをつん、とつつきながら。「わたくしは、ヒルベルタって言うの」
そうしたら、満面の笑顔でわたしの手を取って続けます。
「貴女のお名前は、なんて言うのかしら?」
名前……。
ちょっとだけ、ぽかんとしてしまいましたけれど。
耳に、頭に、残っていたのは。わたしを呼ぶ、優しい声。
そうだ、わたしは――。
「みれん、です」
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