#02-3 救いを求める手はたくさんあるのに

 

 コンコンコン。

 懺悔の小部屋ビリフトゥカーメルにノック音が三度響くと、それは当直の終わりを知らせる合図です。

 ノックのあった扉……つまり聖堂側の扉が開かれると、そこにはマリーの姿がありました。


「おはようございます、マリー」

「おはよう、ミレン。……えっと……?」


 わたしのひざで寝息を立てる少女エミィの姿を確認すると、わたしに顔を向けてきます。

 説明を求める、ということでしょう。


「依頼、です」


 続けて簡易的な朝の祈りをお互いにかわしてから、そのままマリーを室内へ案内しますと、彼女もその意味を察したのか。室内へ入ると、後ろ手に扉をすっと閉めてから改めてこちらに視線を向けます。

 それを確認し、わたしは昨晩の事を話し始めました。


 

 ひと通り説明を聞いたマリーはため息ひとつ。

「いつ、つの?」

 依頼を受けるのか否か、を問うのではなく、受けた前提で話し始めるマリー。


 真剣な目で問うてくれているので勿論わたしもその通りに返すわけですが。マリーはわたしのことをよくわかっているなぁなどと、感心半分、嬉しさ半分。あ、でも、気恥ずかしさも少し。……うーん、割合を間違えました。


 いやいや、と思わず自分をたしなめてしまいました。頭の中で起こっているおバカなやり取りは頭の中だけに留めまして……。


 真っ直ぐマリーの顔を見て。

「可能なら、がたなで今すぐにでも」

 マリーから返される、真っ直ぐな視線。

 わずかな無言。そして、小さな溜息。


「眠気は?」

「問題ありません」

「目的地は?」

「すぐ南方、国境沿いです。なので問題ありません」

「ん。ならオッケイ」

 

「ふふ。マリーならきっと、わかってくれていると思っていました」

 やれやれ、と。ひたいに指を当て首を振るジェスチャー。

 納得いってないけど、納得した。そんな感じでしょうか。


「……こんな小さなが、神の威光いこう不確かな時間よるに、訪れたこともない場所にやって来て、救いを求めてきたんです」

 しかしこちらにも言い分はあります。

「それを無下むげには……」


 エミィのくすんだ灰色アッシュグレーの髪を手遊てすさび、でると。「う……ぅん」と小さく吐息をもらし、ころんと寝返り。

 そんな姿が、素直に愛おしいと感じます。

「……ま、出来ないわよねぇ……」

 マリーも同じ結論に至ったようで何よりです。

 

「とはいえ……」

 不意に、ポツリと。

「言いたくはないけど。……良くある話、だわね」


 感情を殺したような声で放たれた言葉。

「……哀しいことですが」

 わたしには、苦く笑って返すことしかできません。


 目を伏せ、思います。

 子を想い、大切にはぐくみ、愛おしくいだく親がいれば。その逆に、子を己の為の道具としか見ていない親もいるということ。

 

 良くある話。

 その一言で切って捨てられるほど、ありふれたお話でしかないという事実は。

 暗鬱あんうつとしてしまうことも、笑い話に変えることも出来ないほど、どうしようもないものなのだと思い知らされて。


 その思いが、少し過去の記憶を呼び覚ますのです。

 どうしようも……なかったのだ、と。

 

「ごめん」

 不意にかけられた声に顔をあげれば。「言い過ぎた」

 マリーに浮かんだ何とも複雑な表情かお


 一瞬、考えて。

 ……それがなんだか可笑おかしくって。

「今のを、言い過ぎと表現しますか」

 笑いがこぼれてしまいました。


 対するマリーは、さっきの複雑な顔を、更にくしゃっとゆがめるような表情。


「そんな、うまく醸造できつくれずに酸っぱくなっていた葡萄酒ヴァインを呑んだ時のような表情をしないでください」

「それを言うなら今のあんたは、『紗のベールをまとう宮廷婦人』みたいな表情してんのよ」


 ちょっとむくれて言い返すマリーですが、むしろその顔が可愛いと思ってしまって、わたしの笑顔は濃くなるばかりです。


 『紗のベールをまとう宮廷婦人』とは、たしか西王国の宮殿に飾られているという絵でしたでしょうか。見方によってその表情が、様々な感情に読み取れるのだとか。


「残念ですけど、わたしはその絵を直接見たことがないので、共感できないです」

 話には聞こえてきますが、他国の宮殿に参内さんだいする機会などわたしにはないでしょうし。お目にかかることはないでしょうね。


「ふん……」

 そんなわたしに不満そうなマリーでしたが、少し口角こうかくが上がったかと思うと、結局、笑いだしてしまいました。


 ひとしきり笑いあってから、膝の上にエミィがいたことを思い出して、ドキッとしましたが。


 それでも目を覚まさなかったことに安心しつつ、膝からそっと、ベッド(と言っても、わらを敷き詰めた場所に布を掛けただけの、簡易的なものですが)の上に移動させました。

 むしろこれだけ周りが騒がしくても、体を動かされても、目を覚まさないほど疲労が溜まっていたのでしょうかと不安もあって。


「救いを求める手はたくさんあるのに、実際にその手を握り返すことが出来る手は、ほんのわずかだけ、なんですよね……」

 わたし自身が一人ちるように口にした言葉は。まるで誰か他人が口にしたように聞こえました。

 

「とはいえ、救える手だけでも救うというのはひとつの考え方よ。少なくとも、その握った手の数だけは救うことが出来た。そう思わないとやっていけないわ」


 だから、でしょうか。

 おおよそ独り言に過ぎないようなつぶやきに、言葉を返して貰えたこと、に対して、ビクリとしてしまったのは。


「……そうじゃない?」

 射抜くような視線。

 その意味を考えて。

 その意図いとを理解して。


 ……嬉しいと、思ったので。

「……そう、ですね」

 笑顔で、返しました。


 

 少しの沈黙の後に。


「……修道院長への伝達は、お任せしても?」

「お任せされましたわ、ミレンさん」

「お願いします。……あとは、これを」

「……これは、ハンカチザックドゥーク?」


 少し涙で湿っているハンカチをマリーにたくしながら、エミィに視線を移しながらしゃがみこみ。寝息を立てる彼女のほっぺをつついてみたり。


「彼女が目覚めた時に、不安になってはいけませんから」

「ああ、そういうこと」

 察してくれたようです。


 そうして少しの沈黙が場におりますと。

 カン……カン……カン……。

 静寂に包まれる院内に、目覚めを知らせる鐘の音が響きわたりました。


 さて……と。

 わたしが椅子から立ち上がると、マリーもまた立ち上がります。

 どちらとも無く手を伸ばし、握り合い。


「では。行ってきます、マリー」

「ええ、行ってらっしゃい、ミレン」


 声を掛け合い、そして笑い合いますと。

 まだまだ世界は夜の闇に包まれている中(修道院の朝は早いのです)。

 わたしはの村へ向け、足を走らせるのでした。

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