第37話 黒いローブ
「フィオナなのか?」
「実の妹に対しての仕打ちがこれとは……」
ミカエルはそう言うと更に続ける。
「妹を殺されて一ヶ月も経っていないのに口ほどにもならないな」
彼女はフィオナの肩をポンと叩くと後ろにある扉の方向目指して歩いて入った。それを見逃さずにグレイと目白さんはすぐさま壇上目指して走る。ミカエルを二人で左右から取り囲む。
「どこへ行くつもりだ」
目白さんは剣で、グレイはいつでも魔法を撃てる体勢になった。するとグレイたちのすぐ後ろで走る足音が聞こえてくる。体を翻し相手を見ると、いつの間にかフィオナが目の前にまで迫ってきていた。それに気づいた目白さんはフィオナの急所を避けて、真横に剣を振りきる。
「はあぁっ!」
しかし剣を振ったものの、フィオナはすぐに目の前から姿を消してしまった。いや、消えたのではない。フィオナは足を広げて体を低くしていたのだ。そのまま今まででは絶対に出来ないような動きを見せる。なんと片手をつき脚を一周回して目白さんを転がしたのだ。
「うそっ……」
けれどもフィオナの勢いは止まることなくグレイの方へと走ってきた。フィオナを向かい打つべくしてグレイは魔法の準備をするも。実の妹を前にすると躊躇をしてしまい。
「間に合わと……、グエッ!!」
グレイも目白さんと同じくフィオナに転がされた。地面に転がるグレイの体に馬乗りになる形でフィオナが乗っかる。両腕を頭上で抑えられてグレイは自由を封じられてしまった。
「今まで一緒に暮らしてた家族に殴られた気持ちはどうだ?」
「フィオナ! お前、何でそんなことになったんだよ!」
「どうせ無駄だ。聞こえるはずがない」
ミカエルはフィオナに拘束されているグレイに向かってニヤニヤしながら言う。それでもグレイはミカエルの言葉は聞き入れることなく語りかける。
「フィオナ、一緒に暮らしてたじゃないか!」
「兄、さん……?」
負けじと呼びかけていると一瞬だけ拘束している手の力が緩んだ。その隙を逃さずにグレイはフィオナを逆に拘束する。
「二週間の矯正ではやはり短かったか」
「アアッ! ……アァッッ!!」
ミカエルはフィオナを見ながら表情を変えずに言う。
「おい、ミカエル! フィオナに何をっ⁉︎」
「何もしてないさ、ほら」
フィオナの着ている黒いローブを魔法で切り取ったミカエルは指差した。黒いローブを切り取られたフィオナの背中には右肩から左腰にまでまたがるようにして鎖の紋様が刻まれていた。
「海底都市の鎖の紋様……?」
「マヨルダたちを知ってるのか」
ミカエルは感心したような表情を浮かべてくる。紋様ではなく、一気にマヨルダという言葉に飛んでいるあたり何かがあったのだろう。
「元はと言えば原因はあなたたちでしょ!」
「全く言っても分からないやつだな。私に取ってはこの世界そのものが遊びなんだよ」
グレイと目白さんの二人でミカエル話している間にフィオナへの注意が薄れているとフィオナは脱走してしまった。フィオナは走って逃げるとミカエルの方へと走る。そして服がほとんど切り裂かれて裸になっている状態のフィオナへミカエルは手をかざす。すると、一瞬の後にフィオナは白く動きやすい服を着て現れた。
「ようやく馴染んだか。グレイ、お前には感謝しよう」
「今度は何言ってっ」
言い終わるよりも前に、フィオナが目の前に現れたことに驚き反射的に後ろは仰け反る。だがそんなものでフィオナの攻撃を避ける事は出来ず、グレイは顎の辺りに蹴りを入れられた。
「本気で言ってんのか……」
口のあたりを手で拭いながらそう呟く。恐らくだが、フィオナは今この世界で生きている中で最も速い。目白さんよりもだ。
「では、ここは任せるとしようか」
「待て! ミカエル!」
話の区切りを見つけたミカエルは後ろの扉から消えてしまった。グレイと目白さんの二人でミカエルの後を追うも、フィオナが目の前に立ちはだかった。
「フィオナ。クソッ! どうしたらいいんだよ……」
「グレイくん、僕とクレアの二人なら今の状態の鎖の紋様なら解くことが出来るかもしれない。だから、彼女を抑えてくれないか?」
今まで後ろの方で黙っていた大翔がついに口を開く。大翔の口から出た言葉は本当に信じられないもので目の前が明るくなった。
「目白さん」
「やるしかないわね」
グレイが言うと目白さんは頷いて答える。
「フィオナ俺が、いや俺たちが助けてやるからな」
腰に携える剣を手に取ると、魔力を流しいつでも防御できる体勢になった。そして先ほどの言葉に続けてもう一言フィオナに聞こえるように言い放つ。
「もうこんな事はやめような」
グレイのそんな言葉には眉一つ動かさず、反応する事はなかった。フィオナは確かに速くと、以前と比べ物にならないくらいに強くなったからと言っても流石に二対一だ。負ける事はないと肝に銘じておく。
「んなっ⁉︎」
フィオナは音もなく先ほどと同じくグレイの目の前に現れる。ここでようやくグレイは自分の考えていた事が間違いだったと気が付く。フィオナが速いのは本当だ。でもそれだけじゃなくフィオナは時々、瞬間移動を混ぜている。今回の動きを見てようやくそれを理解できた。瞬間移動を使用した時、普通であれば動きのブレがどうしても発生する。魔力で体を押すため初速は必ず遅くなるのだが、それこそがブレが起こる原因だ。
そこまで分かっているのに今まで気が付かなかったのはなぜか。瞬間移動を使う時には場所を知るために魔力で距離を測らないといけない。その行程をフィオナは端折っているため、瞬間移動と見分けるのに時間がかかった。魔力を感知することが出来ないので、フィオナの飛んでから場所の予測ができない。おまけに初速からほとんど最高速度を出しているのだ。通りで見分けられないわけだ。
「獄水球!」
フィオナに攻撃される間際でグレイは魔法を繰り出す。ほとんどゼロ距離で魔法を撃ったのにも関わらず、グレイの撃った魔法はいとも簡単に避けられてしまった。少しフィオナが離れたところでグレイは話しかける。
「フィオナ、目を覚ましてくれ!」
そう呼びかけるも返事はなく。
「後ろにっ……⁉︎」
気が付いた時にはフィオナはグレイの後ろに回られた。マズいと思った時にちょうど目白さんがグレイの代わりに攻撃を弾いてくれる。弾いたと思えばフィオナは人間離れした脚力を発揮し宙に浮く。しかし宙に浮いていたのはほんの少しの時間でフィオナの狙いはグレイに移ってしまった。隙を見せたグレイの首元をフィオナが足で締めてきたのだ。グレイの首はどんどんと締められていき、全身に酸素が回らなくなっていく。
「海斗くんっ!」
フィオナに首を絞められ苦しそうにしているグレイを見て目白さんは大量の剣を作り出す。海底都市の時のようにフィオナに向かって大量の剣で集中砲火する。流石のフィオナもグレイが首を絞めるのを諦め、避けに集中した。
「カハッ、ゴホッ……」
「めさかこの量を避けるとはね」
フィオナは瞬間移動は一回も使うことなく目白さんの撃った大量の剣を避け切った。目白さんの剣を避けている最中、グレイは地面に落ちた感を拾いフィオナの後ろへ回る。
「「合併相乗魔剣・氷華炎満!」」
目白さんとグレイの二人で合わせて撃つ合併魔剣。目白さんが相乗魔剣・氷華を、グレイが相乗魔剣・炎舞を撃ち合わせる技。それぞれ違う効果の相乗魔剣を撃ち込むと威力が何倍にもなると気が付いたのが、つい二日前。そこから練習はせずに話だけをして、ぶっつけ本番にはなった。だが、それが上手いこと行ったようだ。ダンッと痛々しい音を立ててフィオナは壁にぶつかった。壁にぶつかったフィオナは、相乗魔剣・氷華の力で凍りついている。その辺りは相乗魔剣・炎舞の効果で未だに燃え盛り、動こうにも動けない状況になっていた。
「大翔、クレア!」
「「分かった」」
二人は壁にぶつかって動けないフィオナの近くに行き、作業を始める。
「私は記憶の作業をするから、大翔は体をよろしく」
二人はフィオナに向かって何かをし始めた。少なくとも魔力で何かをしていると言うわけでは無いと思う。
「アアアアァ!」
五秒もしないうちにフィオナがそう叫んだ。
「大翔、これは正常なのか?」
「あぁ、これを取り除くのはかなりの痛みを伴うんだ」
そうして治療をし始めて十分は経っただろう。
「体の治療は終わった。記憶はどうだ?」
「ん、もうちょっと。これがここで……よしこれで行けると思う」
「少しだけ離れていてくれないか?」
大翔とクレアの二人はフィオナの前に立った。すると地面に書かれた魔法陣に手を当てると。
「結界消去術式、神結界」
真っ白に光った魔法陣がフィオナの体を包み、彼女の体にあった鎖の紋様はどんどんと薄れていった。
「これでもういいのか?」
「しばらくは安静にしておいた方がいい」
「分かった。ありがとう」
何はともあれグレイはようやくフィオナを取り戻した。ミカエルの言っていた矯正というのはどう言うものなのかは分からないがとてつもなく辛い思いをしたのは間違い無かっただろう。
「ごめんな、フィオナ」
グレイは地面に寝込むフィオナの腹に手を優しく置いてそう言った。
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