第36話 死者蘇生


「……っ、海斗くんはまだ起きないの?」


「あっ、起きたよ!」


 グレイの意識が戻った時に最初に聞こえたのは目白さんとクレアの声だった。自分の頬を人差し指でずっと、つつかれていたのですぐに起きることが出来た。起き上がると目白さんが戦っているのが見え、グレイはその後ろに目を移す。


「海斗くん、今から私が斬った場所に追撃をして!」


 目白さんが戦っているのは昆虫である。体は全身が黒く硬い殻で覆われており、両手には何でも切ることのできそうな大きなハサミがついていた。それを見てグレイは急いで立ち上がり、合図を送られればすぐに攻撃をできる体勢に入る。


「ハァッ!」


 目白さんは静かに声を上げると軽やかなステップと身のこなしで昆虫の顔面を覆っている殻を真っ二つにする。殻の中から現れたのは華奢で柔らかそうなピンク色の皮膚だった。同時にグレイは目白さんと目が合う。


「獄炎球!」


 それを合図と思ったグレイは露出した皮膚に向かって真っ直ぐに魔法を飛ばす。見事に着弾したグレイの魔法はピンク色の皮膚を真っ黒に焦がした。


「ギャアィァアッッ!」


 耳を刺すような不快な叫び声を上げながらも昆虫はどさっと地面に倒れる。とりあえずは一安心して、グレイは目白さんに聞いてみた。


「さっきまでの記憶ってどういうものなんでしょうか」


「これは神特有の能力だよ。記憶の不幸な部分を幸せに変えてしまう」


 そう答えたのは大翔だ。


「寝ている間にあんな風に昆虫が君たちを殺す。そうならないように急いで僕たちも記憶に潜入して脱出させようとしたんだ」


 つまりは、俺の記憶に出てきたあの目白さんは大翔たちの力を借りて潜入してきたってことだったのか。それにしても寝ている間に殺す、とはかなり趣味が悪いな。


「ほら、先を急ぐんじゃ無かったの?」


 色々と神について考えていると目白さんがそう言ってきた。グレイも時間がないと言うことに気がつくと、すぐに近くにある階段を登る。先ほど登ってきた時と同じような螺旋階段を登っていくと、すぐに次の扉が見えてきた。


「ここが最上階なのか……?」


 更に上へ続く階段は見当たらず、今いる階で終わりだったためそう考えるのが妥当だろう。恐る恐る目の前にある大きな扉を体重をかけて開く。扉を開けた先、そこは礼拝堂だった。前を向いて綺麗に所狭しと並ばされた長椅子。前の壇上には六個ほどの椅子が並ばされている。


「あそこにいるのってミカエルじゃないです?」


「えっ……」


 目白さんの言葉を聞きグレイの胸は驚きを隠せず、張り裂けそうになる。一〇数年前に会った時とは全く容姿が変わらず顔立ちや雰囲気、容姿全てがそのままだ。だが不思議なことが一つだけある。ミカエルは頭を押さえて壇上の椅子に座り込んでいるのだ。


「なんで頭を抱えてるんだ?」


「だから、言っただろう。神は己が魔力に侵されているんだ」


 グレイと目白さんは大翔の言ったその言葉に衝撃を覚えた。


「今なら近づいても大丈夫かしら?」


「多分今ならいい」


 目白さんが聞くとグレイの横に立っていたクレアが答える。万が一の出来事に備えてゆっくりとミカエルの方へと歩いていく。


「っ?」


 気のせいかもしれないが目の前に黒い影が横切ったのだ。いや、気のせいのはずがない。確実に誰かが通った。一度立ち止まって辺りを見回していると疑問に思った目白さんが聞いてきた。


「どうしたの?」


「何かが俺の前を通った気がして」


 辺りを見回して後ろを向いた瞬間。


「いっ……⁉︎」


 黒いローブを来た人がいきなりグレイの腹を蹴った。思っているよりも蹴った時の力は強く数十メートルは離れているはずの壁に吹き飛ばされる。


「誰っ」


 目白さんは反射的に腰に携えている剣を引き抜くと黒いローブの人に斬りかかった。素晴らしいスピードで振り下ろされた剣は完全にローブの人を捉えたかと思われた。が、目白さんの剣は後ろ足で華麗に弾き飛ばしていたのだ。剣を弾かれて無防備になった目白さんの腹を思い切り蹴ろうとした黒いローブの人を見て。


「獄水球っ!!」


 グレイはすぐに壁から起き上がり魔法を撃つ。


「空間内の魔力の減少を確認」


「やっぱり、間に合わなかったか……」


 壇上で頭を抱えていたミカエルが遂に口を開いたかと思うと機械的な声を出してきた。それを聞いて大翔は悔しそうな顔をして喋る。


「どういう事だ?」


 何とか黒いローブの人を目白さんから離すことに成功し、大翔たちの方は向かう。すると大翔が何やら意味の深いことを喋ったことを疑問に思い聞いてみる。


「私の招いた子猫と遊ぶ日が来るとは思いもよらなかった」


 その声は正しくグレイがこの世界に来る前に聞いたものと全く同じだった。ミカエルがグレイたちに話しかけた時には既に椅子から離れており、背中から生える翼を使い宙に浮いていた。そして腕を組みながら優雅にグレイたちを見下ろしている。


「ミカエル、あなた私たちのことをどう思ってるのよ」


 目白さんが聞いた言葉に対してミカエルは不気味に笑った。そして、ゆっくりと口を開き答える。


「使い捨ての遊び道具だな」


 ミカエルの口から放たれた言葉は驚きの言葉であった。半分自分たちを馬鹿にするように鼻で笑いながら答えることから、本気で言っているのだろう。


「お前は本当に神か?」


「そうだ。私は神であり大天使であるのだ」


「じゃあ、あの時俺に向けた温かい眼差しは何だったんだよ!」


グレイはあの時、絶望の淵に立っていた。それをミカエルに助けてもらい、目白さんとも出会いここまで来れたのに。なぜ、という言葉が常に頭の中をぐるぐると回り怒りが溜まる。


「グレイ、ミカエルの言葉は聞き入れちゃダメ。今あいつは魔力に侵されてるからあんな言動になってるだけ」


「何とでも言うがいい。こんな立ち話をしていても無駄なんだから早く遊ぼうじゃないか」


 ミカエルは自分の掌の上に大量の光る弾を作り出す。数秒後、ものすごい勢いで何十個もの光弾がグレイたちの方へと飛んできた。それを避けるために左側は飛ぶと、目の前に黒い人影が出てくる。


「甘いっ!」


 見えた瞬間に魔力空間から速攻で剣を取り出しローブの中に突き刺す。しかし一本取った、と考えた自分こそが甘かった。黒いローブに突き刺した時、中にある体自体をおそらく曲げたおかげでグレイの攻撃は当たらなかった。それどころか腕と腹のローブで剣を押さえ、思うがままに振り回され壁に激突させられる。運のいいことに吹き飛ばされた先にはミカエルの撃った光弾が飛んできた。


「グレイ、何とかしてあの黒ローブを抑えるわよ!」


 タイミングよくグレイに飛んできた光弾を目白さんは弾きながら言う。目白さんに続いてグレイも光弾を避けながら椅子の間を走り抜け黒いローブの人を追いかける。黒いローブの人を上手いこと目白さんが惹きつけている間にグレイは。


「相乗魔剣・炎舞!」


 炎を纏った剣をローブの肩あたりに突き刺す。今回は先ほどとは違い明確に肩あたりにある骨をそのまま貫通した感覚が伝わってきた。そこにトドメを刺すべく目白さんが剣を横に振ると。


「おい、マジかよ……!」


 無理やり肩の骨を貫通しているグレイの剣を自らの肉を抉りながら引き抜く。自由に動けるようになった黒いローブの人は目白さんを両手で掴むと、グレイの方へと投げ飛ばしてきた。


「いってて……」


 海底都市ぶりに目白さんとグレイは思い切り衝突してしまう。腰を抑えながら立ち上がると黒いローブの人は宙に浮いているミカエルの近くへと寄っていく。肩を手で抑えているがそれだけでは抑えきれないほどの血液が流れ出ている。そんな黒いローブの人の頭をミカエルは撫でながらグレイたちに言った。


「散々言ってきたが、お前たちこそ本当に人間なのか?」


「お前は本当に何を言いたいんだ!」


 またミカエルはグレイたちを騙そうとしているのだと思い込み叫ぶ。


「可哀想だな」


 ミカエルは哀れな目つきを向けながら黒いローブの頭部のフードを脱がした。


「ファ、オナ……?」


 そこにいたのは、この前死亡宣言を受けたはずのフィオナだった。

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