第24話 鎖の紋様

——一九時四〇分、テント前にて


「メジロさん、大丈夫でしょうか」


「さぁ、どうだろう。多分大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配が勝つな」


 氷竜こと、マヨルダを倒したグレイとフィオナはメジロさんが運ばれていったテントへと足早に向かっている。何もない空間に手をかざすと、どこからともなく目の前にテントが現れた。


「「おかえりなさいませ、グレイ様とフィオナ様」」


 テントに入った瞬間、マロンとノアにそう言われた。すぐにグレイたちが何か言う前に二人は部屋の奥へと案内される。グレイたちに遅れてローズとジェイミーの二人も奥の部屋へとやってきた。そこには黒のロングヘアの女性、すなわちメジロさんがベッドに横になっていた。


「つい先ほど眠りにつきました」


 横になって寝ているメジロさんの首元をグレイは足を曲げ黒髪を分けて覗き込む。


「これは跡が残るかもな」


 あの時、グレイは無理やりメジロさんの頸につけられたマヨルダの分体を引きちぎった。今になって改めて見てみると、メジロさんの頸はかなり黒くへこんでいる。よほど深くまであの分体が根付いていたことを暗示しているようでグレイは気付けば勝手にメジロさんの頸を躊躇なく触っていた。


「グ…レイ……?」


「すまない、起こすつもりはなかったんだ」


 そこでようやく自分がメジロさんの頸に手をかけていることに気付く。メジロさんの頸からすぐにパッと手を退かしてみせる。


「首、どうなってる?」


 寝返りを打ちグレイたちの方を向いたメジロさんはそう聞いてきた。先ほどメジロさんの首元をずっと触っていたグレイに全員の目線が向けられる。


「結構黒くなってて、奥の方まで跡がついてる。その、ごめん。俺が無理やり引き剥がしたせいでメジロさんはこんな跡が残って……」


 今回の件については本気で反省して、メジロさんに謝った。


「いえ、グレイは悪くないの。私があの女に凍結させられたからで油断していた私が完全に悪い」


「凍結?」


 不意にそんな言葉が反射的に出て来てしまった。凍結魔法なんて誰も成功させたことがない。使えるとすれば天の国の住人、つまりグレイをこの世界に飛ばした女神や天使のことだ。その人たちしか使えないとされていたのに、なぜこの海底都市にいる人が使えるのか。そんな疑問も相まってメジロさんに聞いてしまった。


「そうよ、黒いローブの女に追い詰められて最後は凍結された。その後に目を覚ました時にはあのマヨルダが目の前にいたの。マヨルダは私の後ろに回ったら首元を触って……信じられないほどの痛みと自分の意思に反した体の動きをさせられたの。そんな時に私のいた城がなぜか爆発して這い出てグレイと会ったの」


 あ、城破壊したの俺です。もしかしたらメジロさん殺してたかもしれません。

 当然そんなことが言えるはずもなく。


「ごめんなさい。意識はあって戦いたくはなかった。けどどうやっても戦わない選択肢なんてなかったの」


「全然いいよ。結局こうやってメジロさんも俺たちも助かったんだし」


 グレイがメジロさんたちと仲良く話していると。


「んなっ⁉︎」


 何の前触れもなく地面が大きく揺れ出した。あまりに衝撃的な出来事だったために、メジロさんの声が裏返った。揺れが収まるとグレイはすぐに全員に指示を出す。


「俺とフィオナで外を見てくるから、みんなはメジロさんを守っておいてくれ」


 返事を待つ暇もなくグレイとフィオナはテントの入り口の方へと走っていった。テントの入り口から外に出るとその先には。


「メランダ……」


 黒いドレスを着た女、つまりメランダが立っていた。地面に手をついていることを見て先ほどの揺れはメランダのせいだったのだと推測できる。


「ようやく出て来たか。ここじゃ戦いにくいだろう。移動をしようじゃないか」


移動という言葉に疑問を思ったら、再びグレイの足元が激しく揺れ始めた。


「んなっにをっ⁉︎」


 激しい揺れのせいで自分の思っているように口を動かすことが出来ない。グレイの口から発せられる言葉の羅列が崩れ始めた頃に地面からバキバキという嫌な音がした。


「「うおわっ!」」


 グレイとフィオナは自分の足場が急に動いたため、体勢を崩してしまった。二人の踏む地面はものすごいスピードで上空を進んだ。


「お嬢さんはここで一旦、お別れだ」


「やめっ……」


 メランダは地面にどうにかへばりついているフィオナを見た。グレイはそれを見てすぐ助けなければと思い動こうとするも、自分が飛ばされないようにするのが精一杯だった。ものすごい突風の中でメランダは平然と地面を歩き。


「きゃっ!」


 フィオナが地面を掴む手を足で蹴って、引き剥がした。当然フィオナの体を支えるものは何も無くなったため、今乗っている地面から下へと落ちていった。


「メランダ、お前!」


「まあ、待て。もうすぐ到着なんだぞ。それともお前もあの女の二の舞になりたいのか?」


 その言葉を聞いたグレイはメランダの指示通りに大人しくする以外に方法はなかった。やがて、上空を飛ぶ地面はゆっくりと降下し始めどこかも分からない場所に降り立った。


「ようこそ、我が戦場へ」


 手を大きく大の字に広げてメランダがそう叫ぶ。


「ここがお前の死場所か」


「そっくりそのままお返ししてやる」


 メランダ話し始めたその時から戦いは始まっていた。何か嫌な気配を感じ取ったグレイはすぐに横に避け、その行動が正解だったと感じる。先ほどまでグレイの立っていた地面が避けた数秒後にら三本の爪痕が残り綺麗に抉れたからだ。


「先ほどまでの威勢はどうした?」


 その言葉でようやくグレイは気が付く。自分がメランダの手のひらの上で転がされているということに。そして、メランダは続けて言う。


「一方通行の戦いは面白くないな」


 メランダの放った言葉が終わった瞬間、グレイの感じ取っていた何かは消え失せた。代わりにメランダの右手には得体の知れない漆黒でどこまでも吸い取られそうな黒い球が乗っていた。それを見たグレイはすぐに魔法を撃つ。


獄炎ヘルファイア……またかよっ」


 魔法を撃とうとした瞬間、魔力が吸い取られて魔法が撃てなくなる。


「そういえば魔封石を治したのを忘れていたな。すまないが今はお前たちでは魔法は使えないんだ」


「ならこれしかないのか」


 慣れない手つきで腰に携えている感の持ち手を握る。グレイも剣技が出来ないとはいえ、ある程度の範囲までなら習得はできている。剣を相手する人の前に真っ直ぐに持ち構える。


「ほう、剣技か。面白い」


 メランダはグレイを少し見てから右手に乗っている黒い球を投げて来た。対するグレイは、剣を持つ上半身だけを右側に捻りメランダの方へと距離を詰めようとしたその時。


「ぐなっ……!?」


 体が前に進まなくなったのだ。側から見れば真っ直ぐに走っているはずなのに体が前に進むことは無くなった。一度冷静になり、辺りを見回して自分が前に進まない原因を探してみる。だがその原因はすぐに見つけることが出来た。原因は言うまでもなくマヨルダの放ったあの黒い球だ。あの球に向かってグレイは一直線に吸い込まれていっている。吸い寄せられるのはグレイだけでなく、周りに落ちている瓦礫なども対象だった。


「一か八かになるが仕方ないな」


 走る向きをメランダの方向ではなくメランダの置いた黒い球の方向へとあえて変えてまる。考えられないほどのスピードで真っ直ぐに吸い込まれていったグレイは黒い球に当たる直前に地面を蹴った。そんなグレイを見てメランダは眉間にシワを寄せてジッと見ていた。


「縦横切断っ!」


 できる限り脱力をして、必要な力のみを剣に加えながら黒い球を斬る。気を抜いたらこちらが吸い込まれそうな威力だった。それでも剣に力を入れ続けていると、パキッと黒い球の内側がガラス玉のように粉砕した。


「なるほど、これは面白い。やはり異世界から来た人というのは実に興味深い。時間も余っているし、少しばかり海底都市のことを話してやろう」


「何を言っているんだ? お前の話なんて……」


 グレイがメランダの言葉に返答しようとしたが。


「聞かないならそれも一つの手だ。ただお前が勝った場合に大切な記憶が消えるだけだ。やはり、お前を実験材料にしたウィリアムの気持ちも分からなくもないな」


ウィリアム、としばらくの間だけ頭の中に疑問が浮かんだがすぐに解消された。ウィリアムといえば体が変形してしまい、最後は自分の施設の設備に感電して死んだ男だ。


「ウィリアムはもう死んだ。メランダ、お前は何も感じないのか? かなり長い期間いたように感じたんだが」


「ウィリアムか、懐かしい男だ。我々の中で唯一、神に見做された人だったな。初めは初々しくて可愛さがあったのに、哀れな人間だ」


 メランダの回答はあまりにも他人事で、あまりにも理解することができないものであった。今までの状況を整理してみても全く結論に辿り着くことはできなかった。


「お前、一体何なんだ……本当に人間か?」


 彼女から言われたことを聞いたグレイの率直な思いはそれだった。


「さあ、どうだろうな。これを見てみろ」


 黒いドレスをめくり、メランダは胸の少し上辺りを見せてきた。そこには鎖の紋様が右胸から斜めに降りるように刻まれていた。


「ここに飛ばされた私たちは皆、この紋様をつけられた。もちろん、後から来たウィリアムは例外だがな」


 右手で鎖の紋様を撫でながらメランダは話を続ける。


「これは常に私たちを苦しめ続けた。海底都市を出ようとするたびに体を締めつけたのだ。でも、そんな茶番もここで終わりだ!」


 声を大きくして叫んだメランダの右手に気づいた時には紫色の液体の入った注射器が握られていた。肩を大きく右に傾け、頸動脈に思い切りその注射器を刺す。気味の悪い紫色の毒々しい色をした液体はどんどんとメランダの体の中へと入っていった。注射器を刺している首元は藍色に変色し、全身の血管が逆立っているように感じる。メランダ自身は前屈みになり必死に息をしようとしていた。


「大丈夫なのか……?」


 善意が働いてしまったグレイはメランダの近くへと一歩二歩と注意をしながら進む。それが間違いだった。


「アッ……」


 喉を裏返したような信じられない声を発声したメランダはたちまち起き上がる。


「見ているか……お前が放置したこの千六百年分の借りを今返してやるよ!!!」


 メランダは声を上げると、黒い泥のように溶けて地面を侵食した。


「おいおい、待ってくれ……」


 泥はグレイの方に来るのかと思いかなり距離を取ったがそんな必要性は全くもって無かった。むしろ、グレイとは真逆の方向へと黒い泥は広がっていく。今はもう亡きマヨルダ城の方へとゆっくりと進んでいった。そんな様子を見てグレイは事の重要さにようやく気がつく。


「そっちにはテントがっ、早く行かないと」


 グレイは立ったまま崖を滑り降り、黒い泥と競争する形でマロンたちのいるテントの方へと走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る