第5話 Hallows’nightmareⅤ
綺麗な満月の夜だった。
夜空には満天の星が瞬き、月明かりは夜道を明るく照らしていた。
〝ねぇ、お父さん。もうすぐ来るよ、あの紅いお月様が!〟
少年――鷲宮悠月は父親に手を引かれながら何処かへと〝帰る〟途中であった。
夢の中で何度も見ていた光景が脳裏で次々とフラッシュバックし繋がっていく。
何かがオカシイ。逆行していく記憶のカケラは記録している過去とは異なっていた。
ノイズのように欠落していた記憶が、パズルのピースを組み合わせるように解けていく。
時間は巻き戻り、その先へ――鷲宮仁が息子に施した忘我の魔法が解けていく。
小高い丘の上。仁が悠月に迫る亡霊たちを一刀のもとに切り伏せていた。
蒼い満月は紅い満月へと変貌し、悠月の双眸はこの時から既に極彩色の輝きを宿していた。
〝なぁ、悠月。お前は大きくなったら何になりたいんだ〟
〝僕、お父さんみたいになるよ! お父さんみたいな凄い魔法使いに!〟
〝……そうか。それは参ったな〟
全ての宿命は、遥か昔から始まっていた。
その時の悠月には率先して戦うという意志があった。
けれども、当時の悠月はあまりにも幼すぎた。才覚はあれど戦える状態ではなかったのだ。
だから仁は〝その時〟が来るまで悠月の記憶を封印することにしたのだ。喩えその先に、破滅の未来が待っていたとしても悠月が力をつけるまでは護りぬくと決めて。
「父さん。どうして、黙ってたの……もっと早くに教えてくれたらこんなことにはならなかったのに。一緒に、戦えたのに!」
悠月の瞳からは涙が溢れていた。
父の意志に触れて、想いに触れて、感情を抑えることができなかったのだ。
「バーカ。んなことしたらオマエが先に逝っちまうじゃねぇか。子供が親より先に死ぬのは親不幸ってもんだぜ。それにオマエは、最後まで自分の意思で戦うとは言ってくれなかった」
「だからってこんなこと……こんなお別れなんてないよ!」
「悠月。悪ぃけど、後は頼むわ。オマエしかいない。もうじき仲間が来る……それまで……」
「無理だよっ! 僕にできっこない。僕は父さんみたいに強くない!!」
「冗談言うなよ。オレはよーく知ってるぜ……オマエは、本当はやりゃあできるんだ。その為にオレはオマエを鍛えたんだぜ……」
悠月の指先に太刀の柄が触れた。
重たい。あまりにも重い決意の刃を、悠月はできれば握りたくはなかっただろう。
――だが。
「これからは……オレの代わりに……ッ、オマエがっ、みんなを護るんだ……」
「できるかな、僕に……」
託された想いの強さが伝わったから、悠月は太刀の柄を受け取った。
それは悠月が逃走ではなく闘争を選んだという証。迷いながらも戦う決意をしたという意思表明に違いなかった。
「できるさ。オマエは……オレの子供なんだから――」
精一杯の愛情を籠めて、仁は我が子を擁いた。もう大丈夫だと安堵して瞳が閉じられた。
どっと増した人の重みに耐えかねて、悠月は思わず膝を折った。
「……父さん?」
返事はない。
「父さん……ねぇ、父さんったら!!」
どれだけ呼びかけても仁が口を開くことはない。
救命の余地はない。鷲宮仁の命はいま確かに失われたのだから。
「くっ……う……っ、ううううぅぅ……!!」
なんて残酷な運命か。
ようやく手にした力はたった一人、血を別けた親すら救うことができなかった。
湧き上がる感情は後悔の念。もう少し早く、自分を信じることが出来たなら、こんな結末にはならなかったのに。
己の未熟さに打ちひしがれた。臆病な自分を恥じた。何が戦えないだ。何が弱いだ。そんなものは関係ないのだ。
満身創痍に陥りながらも父は闘って魅せたではないか。その勇姿、その覚悟を見ておきながら、無下にすることは赦されない。
憎き仇敵はすぐ背後に居るのだ。奴らの進行を許せばもっと多くの被害が出る。これ以上の勝手はなんとしても此処で食い止めねばならない。
「ごめんね、父さん。少し冷たいけど我慢してね。必ず迎えに来るから」
別れを惜しんでいる暇はない。父の亡骸をそっと横たえ、悠月は立ち上がった。
父を殺した相手を前にして、果たして自分はどれだけ対抗することができるだろう。
悠月は不安に押し潰されそうになる心を必死に奮い立たせて相対する敵を視た。
『フ、フフフ……ハハハハハハハハ!!』
「何が可笑しい」
『立場が逆転したな。鷲宮仁が死んだ今、お前は一人だ。もう誰も助けに来ることはない。二度と奇跡は起こらない』
「だから何だって言うの」
『本当に護れるつもりでいるのか。たった今、目醒めたばかりのお前が!』
「く……ッ」
『怯えているのだろう。恐れているのだろう。痩せ我慢をする必要は無いんだぞ』
「なにが言いたいんだ!」
悠月の背後に黒衣の怪物が忍び寄る。
震える指先は太刀の柄を辛うじて握ってはいるものの、まるで力が篭っていなかった。
『楽になれと言っているんだ。父の意志を継ぐことはない。お前だけなら逃げられる。有象無象を見捨てればこの悪夢からは開放される』
「黙れッ!!」
振り向き様に放った一閃が黒衣の怪物を両断した。
怪物の腹部からは滲み出るようにして緑色の鮮血が零れ出す。
もう逃げはしない。決意を固めた闘志が今、確たる原動力となって悠月を焚きつけていた。
「これ以上、この街をお前の好きにはさせない。ここから先は僕が相手になる!」
『フン、豪胆なことだ。どこまで持ち堪えられるかな』
「――来いッ!!」
白刃を返し、悠月が構える。
誰一人として頼ることのできない絶望の渦中で。
鷲宮悠月は、父の想いを背負い戦いの舞台へと踊り出た。
アナザーフェイスウィザード Hallow's Nightmare 朱城有希 @Redteams_JAN
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アナザーフェイスウィザード Hallow's Nightmareの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます