第19話 初バイト
「お金がなーーーい!」
俺の悲鳴が家中に響き渡る。
家も少し揺れた気がして、近所迷惑なっていないだろうかと少し心配もするが今はそれ以上に心配しなければいけないことがある。
金欠だ。
高校生で金欠とは決して珍しくもないことだが、俺にとっては災害みたいなこと。
なぜなら今まで貯金が尽きたことがなかったから。自分でいうもの寂しいが、友達がいなかった為漫画などの趣味以外お金を使ったことがなかった。月3000円のお小遣いでもおつりが出る程の生活を繰り返していた。
しかし今年は一変して旅行(合宿)での準備や知らず知らずのうちの買い食いで底が尽きてしまい現在所持金71円。
いくら親からの支援があっても足りず、人生で始めての経験に直面おり、この先どうすれば。
それに金欠なのはもう一つまずいことがあるのだ。
再来週の末には夏祭りがあり、占い部の皆や絆達と行く約束をしてしまっている。俺の親は遊ぶことに対してはお金の援助もなく、お小遣いの前借りもさせてくれない。
そして今日は8月10日。今月の分はとっくに貰ってしまい、さらに好きな漫画の発売が重なり合ってなくなってしまった。
俺史上過去トップ5に入る程の絶体絶命ピンチ。
これは叫ぶでしょ。
「もう!うるさい!」
「えっ!なに!」
突如俺の部屋に入ってきたのは、ボサボサの髪にピンクのジャージそしてその上に白衣と丸眼鏡をつけた妹__奈古だった。
普段は研究に明け暮れ、普段はちょっとやそっと騒いだ程度では気づかないはずなのに、今回はそれを上回ってしまい怒っている。
しっかり近所迷惑いや、家族迷惑をしてしまっていた。
「奈古!助けてーー俺お金ないよーー!このままでは祭りいけないよ!」
兄とは思えない姿を披露する。
妹の白衣を引っ張り、泣きべそをかきながら正座をしている。
もう兄と妹という立場を逆転してほしいくらいだ。
「はぁ、何かと思えば……お兄さんはアホですね。予定が分かっておきながら、自分のお金も管理もできないのですか」
「う、面目ないです」
奈古は随分とあきれており、深いため息を何度もつく。
こんなアホな兄になってしまい、本当に申し訳ない気持ちがいっぱいだ。
「……仕方ないですね。ならいいことを教えてあげます。明日私が渡す地図の所に向かいなさい。丁度良かったかもしれません」
「あっ!はい!」
てっきり妹のお小遣いを分けてくれないかなと内心図々しく思っていたが、現実はどうやら違ったらしい。
何かとも教えてくれなかったので色々と不安は残るが、ここは妹を信頼しようと思う。
果たして、無事に俺の財布にお金は帰ってくだろうか。
「後、次騒いだら……部屋だからね」
「……はい」
☆★☆★
次の日の朝、奈古の指示通りの場所に着いた。
どこに着いたかと言うと、町の商店街だった。時間帯も早く、まだどこも開店をしていない。一体ここで何をするのかまだピンと来ない。
俺のいる所は商店街の中でもど真ん中な位置におり、すぐ後ろには肉屋さんがある。
ここの肉屋のコロッケは甘くてとても美味しく、ここら辺の地域じゃ有名だ。俺も買い食いを何回もした覚えがある。
「あら、君なのね?」
突然、お肉屋さんのシャッターが開き、ここの店主であるおばさんが出てきた。白いエプロンに三角頭巾の格好で開店準備をしている様子であった。
「え、多分そうです。妹にここに来いと言われたので」
「じゃあ、そうだわ」
「あの、僕はここで何をすればいいんですか?」
「あら、聞かされてないの。今日から一週間ここでバイトとして働いてもらうわよ!」
奈古のいいこととは肉屋でのバイトだった。
確かにバイトはお金を稼ぐのに持ってこいの手段だ。しかも期間が一週間。まるで祭りのためにお金がない学生をターゲットにしているかのようだ。
それにしても普段外にも出ないなこがこんなことを知っていたのかは不明ではある。
「後、もう一人君と同じ短期バイトの子がもうすぐ来ると思うんだだけど……」
俺と同じバイトの子がもう一人。俺と同じ金欠仲間がいるらしい。
これは上手く仲良くしなければ一週間地獄の日々が始まるので何が何でも成功しなければならない。コミ症陰キャにとっては一番の壁でもあるだろう。
頭の中で男子だった場合と女子だった場合のシチュエーションを繰り広げ始めると、すぐに誰かがコッチに向かって走ってくるのが見えた。
最初はぼんやりとしていたが、服装から女の子だと分かった。そしてまたまた近づいてくると、顔の輪郭なども鮮明になっていきやがてハッキリと見える所まで来た。
(うん、なんか見たことあるくね?)
どうやら俺は来る人は絶対に初対面の人だと勘違いをしていたらしい。
寄ってきた人には明らかに見覚えがある。赤髪にでかいメロンが二つ、それなのに体はシュッとしている女性。
「あれ、光圀君じゃん。こんな所で何しているの?ちなみに私はここの肉屋でバイトだよ。お金尽きちゃって……ハハハハ」
「実は……俺も……ね。ほらお金が」
勿論のごとくバイトをする理由は一緒。
夜月と一週間同じバイトはホントか。
未だに信られない確率だ。夜月は頼りがいはあるし、同僚問題も解決された。鈴美でもなく夢奈でもなく、一番頼りになる夜月が来てくれたのは望んでもない幸福だろう。
「わぁ!一緒なんだ!一週間よろしくね!光圀君!」
「……よろしく」
「あんた達、知り合いだったのね」
「はい、そうなんです。同じ部活で……ね?」
あざとくしながら俺のほうに相槌を求めてきた。
それに対して小さな声でそうですとだけ言って答えるだけだった。
こうして人生初バイトが始まる。
「君達には主に接客をしてもらおうかしら」
「分かりました」
俺達は白エプロンと三角頭巾、マスクを身につけて外に立つ。
今は夏の真っただ中もあって蒸し暑い。
さっきまで聞こえなかったセミの声まで聞こえてき、余計に暑さが増す気がする。
一様、扇風機はあるのだけど、生温い。
「一緒って嬉しいね」
「どこがだ……」
「またまた照れちゃって。顔は正直だね」
多分だけど暑さで顔も沸騰でもしているんだろう。いやまた熱くなった気が。
夜月を意識しているか、目も合わせられない。
この後、少し沈黙が続くと、初めてのお客さんがやって来た。
「あら、今日はバイトさんなのね。じゃあ豚肉300ください」
「わ、わ、かり、ました……」
こんな所でもコミ症をしっかり発動している自分を憎みたい。
現在進行形でオドオドしながら、肉をお客さんに渡している。
えっと……次はなにをするんだっけ?
暑さとコミ症のダブルコンボで頭の中はすっかり真っ白に変わり果て、ずっときょどきょどしてしまっている。
それを見てお客さんも心配そうに見つめてくる。
「お会計は600円です。お支払方法はどうされます?」
「現金でお願い」
すぐに夜月が助け舟を出してくれた。
俺がひと段落ついている間も、テキパキとレジ打ちを済ませて笑顔でレシートを渡していた。俺とは天と地の差を感じられ、俺の存在はいらないのではとも思ってしまう。
「誰だって最初はできないよ。だから気にしない。次は頑張ろう!」
「はい」
こんなこともできないのかと罵倒されてもおかしくない俺にも優しくしてもらい、夜月の人としての良さも感じられた。
この後も人盛りは増えるばかりで、喋っている暇もない。
俺はコミ症以外にも単純なミスもし続けてダメダメなのに比べて、夜月は全てカバーもしながら自分の業務をこなした。
「本当にごめんなさい」
「いいよ。まぁミスというミスを全部するなんてむしろすごい!」
「それ褒められているの」
夜月がこう言うのも無理はない。俺はまともに接客ができないほかに、肉を渡し間違えたり滑ってコロッケを落としたり、レジを打ち間違えたりと散々な始末。
自分でもここまでできないかと、呆れている。
本当に全部をカバーしてくれた夜月には頭が上がらない。
「まだ一日目だよ。後6日頑張ろう!」
「はい」
結局、この日はミスだけして終わった。
これでお金をもらえても、何も嬉しくない。
おばさんにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
☆★☆★
「ただいま」
「兄さん帰ってきた。どうだったバイトは?」
俺のことを聞きたく、扉の前で立って待っている奈古。
「散々だったよ」
「でしょうね」
「まるで分かっていたような言い方だな」
「まぁ分かっていましたから。これは兄さんの特訓のためにしたことですから」
「詳しく」
奈古は前々から俺のバイト先を探していたらしい。
なぜなら俺の人間関係に変化が出てきたため、それに対応して欲しいから。
意味が分からないとも思うから、簡単にするとコミ症を直してほしいとのこと。
一番最初に部屋に来た時、俺が初めて友達だの女のことで相談を受けてから兄さんのコミ力では無理だろう思い、接客のバイトがいいと思ったらしい。
そして今に至る。
「そういうことだったか……。なら頑張るしかないか」
「そうですね。今の兄さんではあの中で一人もお嫁さんにできませんよ」
「なんでそんなこと知っている」
「聞きましたから。夜月さん達に」
占いのことを奈古は知っていた。
そしてこのバイトも俺の為を思ってしてくれたことだと理解した。
ならここは兄として男として見せるべきだろう。
「俺、変わるよ!皆の為にも!」
「はい!」
☆★☆★
「い、いらっしゃいませ。お、お肉はどうですか?」
「お、元気が良くなっているね。これも成長だね」
「人間ですから」
まだ言葉は詰まったりしているものの、昨日とは全然違う。
下を向いていた目線を前へ、姿勢はピンっとし声も張り上げている。
無理をしていると言えば無理をしている。
しかしこれ以上頼りぱなっしにはいかないのだ。
「コロッケ持って行って」
「分かりました。ってヤバい!」
夜月はコロッケの熱さを侮り、反射で手を放してしまった。
袋からは出ていないものの、床に落としたら商品にならずまた何分か待たないといけないだろう。しかも買ったのは子ども。手を放してた所を見て口を開けたまま悲しい目をしていた。
「危ない!」
俺はコロッケに飛び込んだ。
この二日間で10個以上落とした俺が、一つの為に必死の思いで。
「す、すごいよ!光圀君!」
危機一髪。
なんとかギリギリの所で手が届き、袋を掴むことに成功。中のコロッケも触れることがなく。
「ありがとう!お兄ちゃん!」
「ど、どういたしまして。気を付けて食べてね」
「うん」
子どもは満面の笑みを浮かべて帰っていった。
ようやく初めて貢献できたのかな。でもマイナス9か。
「ありがとう!光圀君!今の落としてたらあの子絶対に泣いてたよ。本当にありがとう」
「いえ、昨日はもっと迷惑をかけましたから」
夜月もほっとしており、今のは体を張って良かった。
足は少し擦り剝けたけど。
結局、ファインプレーはあったもののこの日はミスを半分程度減らして一日を終えた。
この日を境に見る見るうちに成長していった。
ミスもなくなり、ハキハキと喋れることも増えた。子供の相手は元々慣れていたのでしっかりと接客という仕事をやってのけた。
「一週間お疲れさん。おかげで助かったよ。夜月ちゃんは完璧だったよ」
夜月はミスというミスはしておらず、あのコロッケを落としたぐらいで文句のつけようがない。おまけにその美貌のおかげで売り上げも上がったらしい。
「光圀君も最初はどうなるかと思ったけど、後半はとても良かったよ。ありがとう」
終わり良ければすべてよし。
まさにこの言葉だろう。俺も最初はどうなるかと思ったけど後半はしっかりと貢献できた気がする。
「じゃあこれは給料と賄いのコロッケだよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
サク!
「うますぎる!」
汗水たらして食べるコロッケは買い食いした時よりも何倍も美味しかった。
今日で一週間が終わりを告げる。
実感としてはとても短い期間だった。
「いや、光圀君はすごいよ!あんなに成長するなんて!」
「夜月が助けてくれたからだよ。ありがとう」
「いいって。今回は私も助けられたからお互い様。それに光圀君と初めて会った以来初めてかっこよかったよ!」
「それは褒めてるのか」
とにかくこの一週間夜月がいてくれて本当に良かった。
些細な慰めがなければ、きっと後ろを向き続けていただろう。
「でもすごいよな。夜月ミスなしなんて」
「そうかな」
夜月は照れており、恥ずかしそうに頭をさする。
その姿もまた可愛いが。
「でも、このままだったらいつか光圀君は私に勝つかもね。ならとうとう君が……」
「はぁ?急に何言ってんだ。これはお前を褒めているんだぞ。訳の分からない事を言うな」
「えっ本当だ。何言ってんだろう私」
変な奴だ。
夜月に勝つってどの分野で勝負したら勝てるのか。そんなものがあるなら教えて欲しいぐらいだ。
「とにかく褒めてくれてありがとう。嬉しい」
「それは良かったよ」
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