第3話 地獄の霧

 朝霞駐屯地へと向かう三島達。

 距離にすれば僅か。車なら20分も掛からずに到着する予定であった。

 だが、すでに川越街道は一般車で渋滞をしていた。

 一般市民の多くは事態が不明な為に都外へと避難しようとしているようであった。

 自動車では先を急げない為、偵察用オートバイに先行させる。

 彼らは自動車の間をすり抜けながら、前へ前へと進む。

 すぐに渋滞の先頭へと到着して、無線にて連絡が入る。

 「東崎橋の先で濃霧が発生してます。濃霧の中で多重事故が発生している様子で、警察と消防が道路を封鎖しており、この先の通行は不可能であります」

 無線を聞いて、封鎖をしている警察官に迂回路を尋ねさせる。だが、川伝いに濃霧が発生しており、その全ての橋において、事故が多発しており、救出作業も難航していると聞かされた。

 つまり、濃霧を超えて、行くことは不可能。

 その事実は今後、別の駐屯地に向かった部隊も同じように報告する。

 三島達は任務達成困難として、即座に原隊へと戻る事を決めた。

 

 二階堂は庁舎内で銃声を聞いた。

 「新宿方面・・・何が起きている?」

 その銃声が警察官なのか、一般人なのか不明であった。

 ただ、治安が極度に悪化していると感じた。

 防衛省内では幹部が8割方集まり、協議をしていた。

 限られた人員でこの先の事を決めねばならない状況で警察からは新宿が壊滅しているという話を聞いている。消防に至っては情報収集が出来ない為、お手上げだとか。

 すぐに新宿方面の偵察をさせるべきだとして、その白羽の矢が二階堂に当たった。

 二階堂はすぐに人員を集め、徒歩で新宿に向かう事にした。

 集められたのは自衛官は5名。

 「先程、銃声が聞こえた。治安が著し悪化している可能性がある。我々は武装は出来ないが、アーマーベストとヘルメット、警棒で対処する」

 銃声と聞いて、その場に居る誰もが不安そうな顔をする。

 「安心しろ。警察官も多く動員されている。何かあれば、警察が対処してくれる。我々はあくまでも状況の確認に行くだけだ」

 二階堂は不安を取り除くため、笑いながら彼らに声を掛ける。


 二階堂達が庁舎敷地から出ると、酷く粉塵が舞っていた。

 彼らは徒歩で新宿に向かって行くと、やがて、瓦礫の山が見えて来る。

 銃声は散発的に聞こえる。そして、悲鳴や怒号も聞こえるようになった。

 「誰か・・・戦っているのですか?」

 部下の一人が二階堂に尋ねる。

 「警察と犯罪組織が撃ち合ってるのかもな」

 「犯罪組織がこっちに来たらまずいんじゃ?」

 「奴らだって、明らかに自衛官の恰好をしたヤツを狙ってはこんだろ」

 楽観的ではあったが、仕方が無い事だった。

 正直、武装をする根拠も無ければ、仮に武装していたとして、発砲などありえないわけなのだから。もし、相手が銃を所持していれば、こちらは逃げるしかないのだ。

 

 僅かな時間で三島達は練馬駐屯地へと帰還した。

 霧については事故が多発しているだけじゃなく、中に入れば戻って来る事が不可能な状況だと報告した。それについて、幹部達は首を傾げたが、事実、現場の警察官達がそう言っているので、仕方が無いと三島は告げる。

 霧について、詳細に調べる事は難しいが、毒性の成分が混じっている可能性もある。尚且つ、霧の中に電波を遮断する成分も混じっているのではないかと推測された。これらをもって、統合幕僚本部に報告が上げられる。

 この報告を受けた統合幕僚本部は事態の深刻さを改める。

 霧自体が何者かの攻撃では無いかと考え始める。

 テロか侵略か・・・相手が解らねばはっきりとしない。

 だが、この時点をもって、東京は侵略を受けていると判断して、臨戦態勢を整えるように可能な限りの全部隊に命令が下りた。そして、これは防衛大臣にも上げられる。

 防衛大臣は即座に首相に報告をして、防衛出動の命令を伺う。

 総理大臣は渋い顔をしつつも、新宿で警察官が何者かと交戦をしているという未確認情報を得ている為、本当に何者かの侵略を受けているのではとも思った。

 「解った・・・防衛出動を認める。まずは全容の把握に努めろ。何も解らない状態では政治判断も糞もありはしない」

 総理大臣の言葉を受けて、防衛出動が決められた。

 

 この間にも二階堂達は新宿の瓦礫の山を歩いていた。

 彼らの目前には巨大な鉄の塊がそびえ立っている。

 「デカいな。生えてきたのか・・・降って来たのか」

 二階堂はそれを眺めつつ、持ってきたデジカメで撮影した。

 「どっちにしても大き過ぎますよ。あれは人の技術じゃないでしょ」

 若い自衛官が驚きながら叫ぶ。

 「確かに・・・じゃあ、宇宙人の仕業か?」

 二階堂はにわかに信じられないと思いつつも、確かに人類がこんな巨大な鉄の塊を街の上に落とせるとは思えなかった。

 その時だった。瓦礫の上に何かが姿を見せる。

 二階堂はカメラのレンズをそれに向けた。

 巨大な熊のような獣。

 二階堂は一瞬、ヤバいと思った。

 「逃げろ!」

 彼は即座に逃げ出す。

 だが、獣は大きく跳躍をして、一人の自衛官の上に降って来た。

 太い腕が一瞬にして彼の体を切り裂いた。

 二階堂達はその惨劇を目の当たりにして、一瞬、恐怖で足が止まりそうだったが、明らかに勝てない相手だと理解して、脱兎の如く逃げ出した。

 だが、獣は犬のような速さで彼らに迫る。瓦礫の上という不安定な場所故に二階堂達の速度は上がらない。それでも一人が頭が潰され、倒れたところで、二階堂達は逃げ切る事が出来た。彼らはとにかく、庁舎まで懸命に逃げて、警備を担当する自衛官の前まで到達した。

 「敵だ。よくわからない獣に攻撃を受けた。獣を見たら躊躇無く撃て」

 息を切らせた二階堂の姿に警備の自衛官たちは何が起きているかを察する。

 即座に手にしていた自動小銃に実弾入りの弾倉を差し込んだ。

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