第5話

 部長が四射するまでもなく勝敗は決するだろう。

 弓道部員達は、雄がアーチェリー部だというのもあって、勝敗よりも雄がいかに無様に負けるかを気にしながら試合を見ていた。


 実際、米沢は部内一の実力者だ。中学から弓道をしており、大会出場経験もある。先に四射を終え、結果は全て命中。雄にプレッシャーを与える事が出来たのもあってか、かなり満足げな表情をしていた。


 ところが。


「また真ん中だ……。」

 部活の見学に来た一年生の呟きが悠にも聞こえた。雄が放った矢も、四本とも全て命中した。それも、中白と呼ばれる、的の中心にある半径3.6cmの円の中に全て命中しているのだ。米沢の矢が一本しか中白に当たっていないところからしても、雄の命中率がすさまじいことは素人目に見ても明らかだった。


「的中数が同じなんで、こっからは交互っすね。」

 表情一つ変えずに、雄が言った。「じゃ、先輩からどうぞ。」

「……!」

 米沢が苦虫をかみつぶしたような表情になったが、すぐに黙って準備を始めた。


 その後はどちらも一歩も譲らなかった。それまで馬鹿にしたような表情で雄を見ていた弓道部員達から、徐々に血の気が引いていく。一方、やじ馬たちは面白くなってきたと言わんばかりに、一人が射るたびに歓声を上げ、部員から注意されていた。


 凄い、と悠はただただ感嘆するばかりだった。雄の弓道の腕前は知ってるつもりだったが、やはりブランクは無視できない。正直、勝つのは難しいと思っていた。だが、実際には全く危なげなく、全ての矢が的の中心に吸い込まれて行く。これは、バレットバレッタのせい?それとも―


「もしかして、勝てる―?」


「あっ!?」

 という米沢の声に、弓道部員全員が戦慄し、悠が我に返った。最初から数えて十射目。矢が的の下方に向かって飛んでいく。外したかに見えたが、的の端に矢が刺さり、留まった。

「ふぅ……。」

 米沢が思わず安堵の息をもらし、慌てて表情を引き締めた。だが、それでも顔に疲れが見えた。


 一方、雄の方は相変わらず無表情。対戦相手の方すら見ず、ただ的だけを見つめている。静かに弓を引ききり


放った。


「あっ。」

 静かな呟きと、バリッという聞きなれない音。そして、的の中央に刺さった矢から、何かが花火のようにぱっと開いた。何が起こったのか、その場の誰も分からなかった。弓道部員の一人が、とうとう的の近くまで走って確認し、素っ頓狂な声を上げた。


「矢に矢が刺さってる!!」

 米沢、悠、そして弓道部員たちが続々と見に来た。雄の放った矢は、その前に雄が射た矢の真ん中を見事に射抜いていた。射抜かれた矢が四方に割けて開き、花火のように見えたのだった。


「的に刺さった矢に刺さったんで、当たりですよね。」

 雄が遅れて見に来た。「んじゃ、先輩の番です。」

「……。」

 しかし、声を掛けられた米沢は、裂けた矢に目が釘付けのまま、その場でしばらく動かなかった。


 その次に米沢が射た矢は、的に届くことなく地面に落ちた。だが、弓道部員達も特に騒がなかった。米沢が弓を引く顔には覇気が無く、背も少し曲がっていて、既に戦意を失っているのが分かったからだ。


「俺の負けだ。」

 米沢も、悔しがったり悪態をつくことは無かった。顔にはただ、疲れと消沈の表情だけが浮かんでいる。

「約束だ。もう、お前達には口出しせん。」

「あざます。」

 雄は軽く頭を下げた。「じゃあ、俺はこれで。」


「惜しいな。」

 ぽつりと米沢が言った。「お前にそこまで弓道の実力があったのなら、うちの部に欲しかった。」

「誘われても行きませんよ。相手を貶めて自分の地位を上げようとする弓道部なんざ。」

 ぴしゃりと雄が言い放った。

「そんなの、弓道への冒涜だ。とっとと練習しろ。」

 

 帰り際、雄は思い出したように、米沢と弓道部員を見渡して言った。

「元アーチェリー部から情報のタレコミです。三日前、アーチェリー部に生徒会の監査が入りました。次他の部と喧嘩したら、問答無用で解体、一年間の再結成禁止、および部室と練習場の使用停止を言い渡されました。同じ処分を弓道部にも行うような事言ってましたよ。今日顧問の先生が遅れてるのも、そのせいなんじゃないすか?」

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