第4話

「うーん。さすがに丈が短いかあ。」

 更衣室から出て来た雄が自身の袴のすそを引っ張りながら言った。中学生の時に使っていた物を持ってきたらしい。雄の袴姿を悠は久しぶりに見たが、よく似合うな、と思った。

「わざわざ着たんだ。」

「一応な。経験者アピールも兼ねて。」

 雄と米沢の勝負は、部活が始まってすぐに始めることになった。顧問の先生が職員会議で遅れる事が分かり、その隙にやろうというわけだ。勝負の噂は部内外に広まっており、弓道場は先生の目を盗んで来たやじ馬でいっぱいだった。


「てか、それで言うなら」

 雄は悠をまじまじと見ながら言う。

「お前こそ、わざわざの?休んだ方が良かったんじゃねーか?」

「一応、喋れる程度には収まったから。」

「今だって十分腫れぼったいぞ。おたふく風邪みたいになってる。」

 雄に指摘され、悠は自分の頬を押さえた。実際、会う人皆に「今日は部活休みなよ。」と言われている。けど、どうしても勝負が気になった。


「緊張しないのか?」

 見ているだけの自分がこんなにそわそわしているのに、と悠は思う。

「俺がそーいうタイプじゃないの知ってるだろ。」

「だって、大一番で外しがちだろう。それで怒って弓を折りかけたじゃないか。」

「ちぇ。そういうとこはよく覚えてんな。」

 雄は顔をしかめたが、ふと悠を見てにやりとした。


「んじゃーさ、それ貸して。」

「え?」

「そのバレッタ。当たるご利益があんだろ?」


 言うが早いか雄は悠に近づくと、バレッタを外そうとした。が、悠の方が背が高いのでなかなか取れない。

「ひ、引っ張らないでくれ!今しゃがむから。」

「あ、すまん。―よし、取れた。」

 雄はバレッタを懐にしまい込んだ。


「考えてみりゃ、昨日のもコイツのせいじゃね?俺も米沢先輩も、ユウにビンタ当てるつもりなんて無かったんだ。言っちゃ悪いんだが、お前の方が当たりに来た感覚だったぞ。」

「そんなわけない。多分。おそらく。」

「自信ないのかよ……。」

 呆れたような、憐れんだような目で悠を見る雄。


「大体、誰かを好きになったら、そんなピーキーなお守りじゃなく恋愛成就のお守りとか買わねえ?」

「今までも買ったよ!効果なかったよ!強いて言うならバレンタインのチョコが増えたぐらいだ!」

「あー……。ユウのモテ度が上がっただけだったと。」

「それと、本気の告白もされた。」

「え!?いつ誰に!?」

「中学の時は部活の後輩、高一の時はクラスメート。どっちも女の子だった。私が女子だと分かってびっくりしてたけど、それでもいいからって。」

「どう答えた?」

「断った。二人の気持ちには答えられないからって。当時、好きな人もいたからね。」

「えっ、告った?」

「……昨日話してただろ。告る前にフラれた、不戦敗だよ。」

「あ……。」


 再びいじけて暴走しそうな悠を見て、雄は慌てて話題を変えた。

「なあ。部活終わったら久々にマック行こうぜ。」

「勝つ前提だ。」

「当たり前だろ。行く前から負けるつもりのやつがあるか。何食うかな、あえてのハッピーセットって手もありだな。」

 雄が笑うと、つられて悠も少し笑顔になった。


「さて、そろそろ時間だ。」

 歩きだす雄を、悠はしばしぼうっと眺めた。やっぱり、様になる。

「なあ雄。」

「あ?」

「どうして高校では弓道をやらなかったんだ?」

「前も言ったろ。」

 雄が笑った。


「お前に勝てないからだよ。」


 中学生の頃、部内で一番強い男子は雄、女子は悠だった。競技は男女で分かれているのだが、雄はどうしても悠と競いたくて、部活の時間にしょっちゅう勝負を挑んでいた。そして負け続けた。そして高校生になるや、「俺もう弓道やんない。悠に勝てないしな。」と宣言した。


「……じゃあ」

 ー私が弱かったら、今も弓道を続けていたのか?


「アーチェリー部!まだか!」

 米沢の声が響いた。「それともしっぽ巻いて帰るのか!」

「誰が帰るか!―んじゃ、ちょっと頑張って来るわ。」

 雄が駆け足で去って行く。悠は、聞こうとした疑問を呑みこんだ。

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