第56話 夢のような幸せ



 ――深い眠りを妨げるように、私を呼ぶ声がした。



「――さん。お姉さん! 起きてよ!」

「ん? ここは……? って、アリサちゃん!? 無事だったの!?」

「えっ!? いきなり、どうしたの?」



 その声に反応して、目が覚めた私の前には一人の少女がいた。その少女は、ダイヤモンド・ダストの肉体を操っていた何者かに『アクニンダン』のアジトに攫われていたはずのアリサちゃんであった。



 アリサちゃんの元気そうな姿を見た瞬間に、私は衝動的に彼女の華奢な体を抱く締めていた。二度とこの手から溢れ落ちないようにする為に。



 自然と両頬を嬉し涙が伝う。



 そんな私の行動の意図を知らないアリサちゃんは困惑した様子を隠せずにいた。彼女は疑問の声を上げるが、それに対してまともな返答をすることはできなかった。



 それでもただならぬ私の様子を見て、アリサちゃんは多少の戸惑いを残しつつも、短い手を伸ばして私の頭を優しく撫でてくれた。



 アリサちゃんの手の温かさが切っ掛けとなり、まだ妹が生きていて、家族がバラバラになる前の思い出が脳裏を過る。



(――誰かに撫でてもらうなんて、昔のお母さん以来だっけ)



 一体どのくらいの間、私はアリサちゃんの体を抱き締めていたのだろうか。撫でられていたのだろうか。



 涙は完全に乾いていて、不安定だった気持ちもいつの間にか安定していた。



「大丈夫? お姉さん?」

「う、うん……ありがとうね。アリサちゃん。もう大丈夫だから」



 落ち着いたのは良いが、それはそれで今の自分の状態を客観的に突きつけられて恥ずかしくなり、顔が熱くなる。

 これでは、どっちが年上か分からない。



 慌ててアリサちゃんから離れる。彼女が残念そうな表情を浮かべたのは、多分気のせいだろう。



 正常な思考が戻ってきたことで、無視できない違和感に気づく。

 どうして、アリサちゃんがこの場にいるのだろうか。

 そもそも、私は気を失う前は何をしていたのだろうか。



 そんなことを考えていると、アリサちゃんが声をかけてきた。



「ねえ……お姉さん。あっちでフラン・・・お姉ちゃんも待っているから、早く行こう?」

「え? アリサちゃん。今なんて言った……」



 私の返事を待たずして、アリサちゃんは想像以上に強い力で私を引っ張っていった。



 先ほどのアリサちゃんの言葉の意味が理解できずに、ただただ私は混乱していた。



 そのままアリサちゃんに連れられた先にいたのは、体格よりも大きめなサイズの白衣を着て、眼鏡が印象的な少女だった。

 間違いようもないフランだ。



 あまりの急展開に、思考が追いつかない。



「フランお姉ちゃん! お姉さん連れて来たよ!」



 年相応なアリサちゃんの元気な声に、フランは顔をこちらの方に向けてきた。それに釣られるように、私は彼女を見た。



 いつか見た表情とは違い、心の底から浮かべた綺麗な笑顔だった。



「どうかしたの? アマテラス」

「フランお姉ちゃん、聞いてよ。さっきから、お姉さん泣いてばっかりで……」



 フランとアリサちゃんの二人が私のことについて情報共有を行った後、心配そうな視線を向けてくる。



「……大丈夫、本当に大丈夫だから」

「調子が悪いんだったら、いつでも言ってね?」

「アリサの言う通りだよ。君は少々頑張り過ぎるきらいがあるからね。

 ……そういえば、君のご両親や妹もそろそろ来るらしいよ?」

「え?」



 え? 確かに両親とはきちんと向き合おうと思っていたけど、それはまだできていない上に妹はとっくの昔に亡くなっているはずなのに。



 ――違和感がますます大きくなる。



「ま、いっか」



 フランとアリサちゃんが、こうして笑っているのだから、これは夢のような幸せに満ちた現実に違いない。



 ――両親と妹が来たら、二人のことを紹介したいな。私の大切な人達だって。



 そんなことを考えながら、ただ私はこの幸せに身を任せていた。





「ふふふ。相変わらず、気持ち良さそうに寝ているね。アマテラスは」

「――! ――!」

「ん? あ、君は起きていたんだ。ウィッチ……じゃなくて、アリサちゃんだっけ?」



 カプセル内で眠るアマテラスをニヤニヤと眺めていると、僕の背後から言葉にならないうめき声に似た抗議が届く。

 そちらの方に視線を向けると、アマテラスと同じようにカプセル内で拘束されている少女――アリサがいた。



「大人しくしてくれないかな? 君の肉体はもう僕の『生体改造』には耐えられないから、君に求める役割はアマテラスを虐める為の道具程度にしか思ってないからね。

 僕にとって、君はアマテラスのおまけなの。

 だから僕の機嫌を損ねたら、どうなるかぐらいは分かるよね?」

「――」



 聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような台詞であったが、今の自分が置かれている状況を再認識したのか、さっきまでの反抗的な態度が嘘のように黙るアリサ。



 そんな彼女の様子に僕は満足し、再びアマテラスの鑑賞に戻った。



 ――『魔法庁』の全戦力と『アクニンダン』の全面対決から約一ヶ月が経過していた。



 結果だけを言えば、迎撃に当たらせた魔物は全て討伐され、『改造人間』の『完成品』と『試作品』を問わず捕縛されてしまった。



 つまり、『アクニンダン』は事実上壊滅したと言っても過言ではない。その影で一人の魔法少女や一人の幹部の消息が分からなくなっているし、野良の魔物は湧き続けているので、依然として世界は平和とは言い難い。



 と言っても、『アクニンダン』が存在していた頃よりは断然マシである。が、『魔法庁』で厳重な管理体制に置かれている『改造人間』の『完成品』と『試作品』達と僕との間にある繋がり・・・は途切れていない。

 暇になったら、暴れさせるのも良いかもしれない。



 一方の僕は、あの時アマテラスとアリサを連れてアジトから脱出。今は人目が全くつかない場所に拠点を設けて、二人を拘束していた。眺めるだけで、直接はまだ手を出していない。



 何故ならあの日以来、アマテラスは意識が戻っていないからだ。その原因が精神的ショックが強かったせいなのか、それとも力の使用過ぎ闇落ち形態のせいか。

 それは分かってないけれど、アマテラスは生きていて、僕の目の前で気持ち良さそうな表情で寝ている。

 多分、幸せな夢でも見ているのだろう。



 今まで『生体改造』を使用してきた経験則で、アマテラスがいつ目を覚ますかは大体分かる。恐らくは近日中に意識を取り戻すはずだ。

 その時に、彼女はどんな表情を僕に見せてくれるのだろうか。



「早く起きてね、アマテラス。君に試したいシチュエーションや道具もいっぱい用意してあるから。絶対に飽きさせない。約束する。だからね。

 ――いつまでも、ずーっと一緒だよ。僕の推しの魔法少女アマテラス



 そんな僕の言葉に応えるように、今まで閉じられていたアマテラスの瞼がピクリと動き、ゆっくりと開けられる。

 そして、彼女が浮かべた表情は――。

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TS幹部さんは推しの魔法少女を『改造』したい 廃棄工場長 @haikikouzyou

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