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◇
「コトコー!」
琴子はいつものように家でアップルパイを焼いていた。アイが随分と気に入ってたくさん食べてくれるから、近頃はアップルパイを焼くのが琴子の日課であり楽しみでもあった。何度も焼いたおかげで石窯の扱いも上手くなってきたところだ。
さてもうすぐ焼き上がりだぞ、と石窯を覗いていたところで、大きな声が聞こえ振り返る。家の中と外とを繋ぐ洞窟から「コトコー!」とふたたびアイの大声と、ぱたぱたと走って来くる足音が聞こえた。
やがてアイが姿を現す。おかえり、と言おうとしたが、ご機嫌な様子で帰ってきたアイの抱えていたものを見て、一瞬呆然とした。
「コトコ、見て!」
「……見た」
「見つけた!」
「いや、うん。何それ」
「たまご!」
アイが大切そうに、且つ自慢げに掲げて見せたのは、アイの言うとおり、何かの卵のようであった。
確信が持てないのは、アイの顔の二倍以上もある大きさのせいである。色は、薄っすらと赤っぽく、ところどころ黄色いまだら模様をしている。
琴子がこれまでの人生で見たことのないものであった。この森に来てからですら初めて見るものだ。
「どこにあったの?」
「いずみのところ」
「ふうん」
アイから卵らしきものを受け取り、抱えてみる。思いのほかずしりとした重みがあった。だが、石ほどの重さはない。叩いてみると固いから、果実というわけでもなさそうだ。
表面はややざらついており、確かに、何かの卵であると窺える。
「これ、なんの卵?」
「ん、んー?」
アイは卵を見ながらしきりに首を傾げている。どうやら親の姿は見ていないらしい。
「まあ、なんでもいいか。しかし大きな卵だね。これだけ大きかったら、卵焼きいくつ作れるかな。ふたりじゃ食べ切れないかもね」
なんの卵かはわからないが、卵は卵だ。腐ってさえいなければ食べられるだろう。余ったら森の魔物たちにも分けようか、などと琴子は考えていたのだが。
ふと、アイの瞳の色が変わっていることに気づいた。青より濃い……藍色へ。
「だ、だめ! 食べちゃだめー!」
アイが卵に飛びつき、慌てた様子で琴子から奪い取る。
「え、なんで?」
「なんでも! だめなの! アイが育てるの!」
「でもこれ生きてるのかなあ。親いなかったんでしょ?」
「生きてる! だから、食べちゃだめ!」
アイは取り返した卵をぎゅうと抱きしめた。意地でも離す気はないようだ。
すっかり食べるつもりでいた琴子は少し残念に思ったのだが、珍しいアイのわがままだ、聞き入れるしかなかった。
「わかったよ。その代わり、きちんと責任持って育てるんだよ。途中で放っちゃだめだからね。あと、もし何も生まれなくても、それはそれでちゃんと受け入れること」
「うん、わかった」
アイは力強く頷いて、それから愛おしそうに卵のてっぺんに自分の鼻先を摺り寄せた。
その姿を見たら「まあいっか」と思わされざるを得ない。どういう結果になろうとも、アイが満足するまでやらせてあげればいいかと、焼けたアップルパイを取り出しながら、琴子は思った。
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