第52話 再起(B2パート)最高のスタントへ
映画の撮影は
「コン先輩、頑張ってくださいね」
すでに撮了していてるひらりちゃんの応援の声が届いてくる。
「ひらり、これから本番なんだから邪魔になるわよ」
「はあい、
さっそく意気消沈する声色に苦笑しながら、悠一は声のするほうを向いた。
ひらりちゃんと秋川さんが並んでおり、一歩引いたところで後藤が仁王立ちしている。
入院は絶対安静を徹底したことで十日で終わった。そこからは体をゆっくりと動かしながら感覚を取り戻す訓練を積んできた。急に動けばまた脳挫傷の部位が障る可能性があるからだ。
結局スタントシーンやアクションシーンは撮影の最後にまわされたおかげで、悠一は万全の準備を整えて臨めるようになった。
「コン、アクションシーンからの撮影じゃが、日頃の練習を思い出せばだいじょうぶだ。お前の強さは本物じゃからな」
後ろから松田師匠が話しかけてきた。
「退院からのリハビリに付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」
「なに、私もどうせ撮るなら最高のアクションにしたかったのでな」
「まあ拳法の型ではないから、我流の強さを見せつける殺陣にしてもらって感謝します」
「礼は監督に言うんじゃな。お前に負担がかからないよう、キャラクター設定をいじってくれたのじゃから」
「殺陣が終わったらお礼に行ってきます」
そう言い終えるとさっそくアシスタントの人が撮影の用意を始めるよう告げた。
「では行ってきます」
「怪我をする前のキレを思い出しながら演じるんじゃぞ。ここまで何年も拳法を練習してきたのじゃ。ブランクがあっても体は憶えているはず。技術はすでに完成されているから、あとは度胸だけじゃ」
「できれば一発オーケイがとれる演技を、ですよね。集中して一回で決めてきます」
松田師匠の頷く姿を見ながら、衣装やかつらなどを点検し、万全を期して撮影位置まで移動した。
「コン、復帰一発目は一対三のバトルだ。いつものお前なら楽々さばけるだろう。これでお前の調子を測ってやるから、全力で撮影に臨んでくれ」
「はい、監督」
アクションの開始位置でさらにストレッチをして体を温める。
「全快と考えて言いんだよな、コン」
アクション俳優の三人が近寄ってきた。
「はい、ふらつきも出ていませんし、視力も完全に戻っています。あとは技のキレですが、全力でアクションすればどの程度のレベルをクリアしているかはわかるはずです」
「ということは、俺たちも本気で攻撃してもかまわないんだよな」
「遠慮せずにお願いいたします。幸先よく一発オーケイをとりたいんです」
「やっぱりお前は大物だよ。よろしい。こちらも全力で応えようじゃないか」
「よろしくお願いいたします」
「それでは演者の方々は配置についてください」
三人のアクション俳優が所定の場所に移ると、監督から撮影開始の合図が告げられた。
「よし、アクション・ワン、テイク・ワン。アクション」
視線を走らせて、周囲の状況を瞬時に判断する。いよいよスタントマン悠一の復帰だ。
「カット。今の演技はよかったぞ、コン。録画を確認するから配置に戻っていてくれ」
倒れていた三人のアクション俳優が立ち上がった。
「やはりお前は強いな。これでオーケイが出なかったら、こちらの身がもたないよ」
笑い混じりの言葉に、ようやくアクションに復帰できた感慨を覚えた。三人はゆっくりと持ち場に戻り、悠一たちは監督の声を待っていた。
「よし、一発オーケイだ、コン。ひと月ほど動けなくてもお前の演技は錆びていないようだな。この調子でどんどん撮影をこなしていくぞ。アクションがひととおり終わったらスタントに入るからな。コンも皆も調子を上げてくれよ」
ひらりちゃんと秋川さん、後藤が駆け寄ってくる。
「お疲れ様でした、コン先輩。復帰して一回でクリアなんてさすがです」
「本当、鎮静剤の点滴を受けていた頃と比べると、技のキレが段違いね。初めて会ったときのアクションもすごいと思っていたけど、練習だったと言われて腑に落ちなかったんだ。でも今の演技を見て確信したわ。やはりあれは練習だったんだってね」
ひらりちゃんも秋川さんも興奮しているのが手にとるようにわかる。
やはり本物のアクションは、戦いに疎い人には圧巻で、戦い慣れていてもレベルが高く見えていたようだ。
「コンがここまで強いとは、俺も思っていなかった。スピードが速すぎて、あの三人にもまったく捕まえられなかったもんな」
後藤には入院中はあえて「
「後藤くん、今のコンくんに勝てると思うの」
「いえ、まったく敵わないですよ、真夏美さん。自分でもよくコンに怪我を負わせられたものだと感心してしまうくらい」
「強ければ怪我をしないってものでもないからな。強いからこそ平素は穏やかでいないと。いたずらに武を振りかざして威圧するだけでは、敵を増やすだけだ。戦わざるをえないときは戦うけど、その必要がなければ戦う必要はない。強さってそういうものだと思うんだよな」
松田師匠が近寄ってくるがかまわず後藤に返答する。
「俺の強さはしょせん張り子の虎ってことか」
「そういうこと。後藤の場合はそれでいいんだろうけどな」
「後藤くんはコンの強さを求めて届かないじゃろうな。見た目の威圧感を磨いたほうが長所も生きるだろう」
「俺の長所っていうと、身長が高いとか筋肉が付いているとかですか」
「そう、それじゃ。百八十オーバーでそれだけ筋肉が付いていれば、それだけで威圧感がある。あとは落ち着いて周囲に気を配っているように見えればよかろう」
「俺を投げ飛ばした瞬間湯沸かし器のような短慮さを改めれば、よいガードマンになれそうだよな。
「いちおう空手をやっているんだけどな、コン」
「お前のは空手じゃない。徒手空拳というだけだ。前にも言ったが、〝道〟を体得しないうちは空手とは呼べないからな」
「それが難しいんだよな。師範に〝道〟のことを話したら、お前もそういうことに気がまわるようになったか、って
「〝道〟を理解していけば、自ずと強さも高まっていくものじゃ。君がその〝道〟に気づいただけでも、その師範とやらは嬉しかったに違いない」
「松田先生は〝道〟についてコンへ教えたことはあるんですか」
「修行を始める前にひととおり説明してある。あとは修行を通じて体得していくしかないんじゃよ。君は今になってようやく〝道〟の存在に気づけたわけじゃが。強くなりたければ〝道〟を極めてみるのじゃな。ボディーガードの片手間では難しいとは思うがの」
「ちなみに、俺が〝道〟を極めたらコンに勝てますか」
「それは無理じゃろうな。技術が雲泥の差じゃ。心技体というじゃろ。心つまり〝道〟が第一、技つまり技術が第二、体つまり肉体がその次になる。君は体に頼っているから弱いんじゃ。強くなりたければ、もっと心と技を磨くべきじゃろうな」
内輪で雑談をしていると、スタッフが駆け寄ってきた。次の撮影の準備ができたのだろう。
「それでは次に行ってきますね。師匠、監修をお願いします。皆は楽しみながら見学してくれればいいからね。間違っても声や物音は出さないように」
悠一は両肩をぐるぐる回して軽々とステップを踏んだ。
思いどおり体が動くことに感謝しながら、次のアクションの配置についた。
─第一部 了─
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