第13話「受け継がれる想いと新しい魔法」

夕暮れが近づく果樹園で、マチルダの言葉が静かに響いた。小屋の窓から差し込む光が、作りたてのマーマレードの瓶を優しく照らしている。


「このマーマレードには、もう一つ大切な力があるの」

マチルダは古い木の椅子に腰かけながら、ゆっくりと語り始めた。

「それは、人々の思い出をつなぐ力。一人の大切な記憶が、誰かの心に寄り添い、新しい思い出を作っていく…そんな不思議な魔法なのよ」


アリアたちは息を呑んで聞き入った。製法を教わったばかりのマーマレードが、柔らかな光を放ちながら、マチルダの言葉に呼応するように揺らめいている。


「でも、その力を引き出すには、もう一つ大切な工程があるの。今日教えたのは、基本の作り方だけ」

マチルダは立ち上がり、奥の棚から古びた革表紙の本を取り出した。ページを開くと、そこには手書きのレシピと、色褪せた図が描かれている。


「これは、私の祖母から受け継いだレシピ。本当の虹色のマーマレードを作るための、大切な記録よ」


エリオが恐る恐る本を覗き込むと、通常のレシピとは全く異なる工程が記されていた。果実を摘む時間、月の満ち欠け、そして…魔法の使い方まで、細かな指示が書き込まれている。


「まず、果実を摘むのは明け方の一番星が輝くとき。そして、三日月の夜に最初の工程を…」

マチルダの説明に、リリーは魔法使いとしての直感が反応するのを感じた。これは単なるレシピではない。古くから伝わる魔法の儀式のような何かがある。


「でも、その特別な製法を習得するには、ちょっとした試練があるの」

マチルダは三人を見つめ、優しく微笑んだ。

「果樹園の奥に、"記憶の泉"があるわ。そこで、あなたたち自身の大切な思い出と向き合う必要があるの」


「記憶の泉…」

アリアがその言葉を繰り返すと、どこからともなく風が吹き、小屋の中のマーマレードの瓶が一斉に煌めいた。


「私たち、その泉に行けばいいんですか?」

リリーが尋ねると、マチルダは頷いた。

「ええ。でも、一人ずつよ。それぞれが自分の心と向き合う必要があるから」


マチルダは三人を果樹園の奥へと案内した。木々の間を縫うように延びる小道は、次第に深い森の中へと続いている。夕暮れの光が木漏れ日となって地面に落ち、その光もまた虹色に輝いていた。


小道の先で、彼らは小さな空き地に辿り着いた。中央には、石で作られた円形の泉がある。水面は鏡のように凪いでおり、そこに映る夕空が不思議なほど鮮やかだった。


「さあ、誰が最初に試みる?」

マチルダの問いかけに、一瞬の沈黙が訪れる。そして…


「私が行きます」

アリアが一歩前に出た。カフェのオーナーとして、まず自分が試練に挑戦すべきだと感じたのだ。


「良いわ。泉の水面を覗いて、心を澄ませるの。そうすれば、あなたの大切な思い出が映し出されるわ」


アリアは深呼吸をして、泉に近づいた。水面に映る自分の姿が、少しずつ霞んでいく。そして…


そこに映し出されたのは、幼いアリアの姿。祖母の台所で、初めてお菓子作りを教わっている場面だった。粉を練る小さな手、祖母の優しい声、ふんわりと漂う甘い香り…。


「ああ…」

思わず声が漏れる。映像は変わり、カフェをオープンした日の光景が浮かび上がった。不安と期待が入り混じった表情で、ドアの前に立つ自分。そして、最初のお客様を迎えた時の喜び。


次々と思い出が連なっていく。リリーとの出会い、エリオが加わった日、ノアとの別れ…。それは単なる記憶ではなく、その時々の感情までもが鮮やかによみがえってくる体験だった。


「大丈夕暮れが近づく果樹園で、マチルダの言葉が静かに響いた。小屋の窓から差し込む光が、作りたてのマーマレードの瓶を優しく照らしている。


「このマーマレードには、もう一つ大切な力があるの」

マチルダは古い木の椅子に腰かけながら、ゆっくりと語り始めた。

「それは、人々の思い出をつなぐ力。一人の大切な記憶が、誰かの心に寄り添い、新しい思い出を作っていく…そんな不思議な魔法なのよ」


アリアたちは息を呑んで聞き入った。製法を教わったばかりのマーマレードが、柔らかな光を放ちながら、マチルダの言葉に呼応するように揺らめいている。


「でも、その力を引き出すには、もう一つ大切な工程があるの。今日教えたのは、基本の作り方だけ」

マチルダは立ち上がり、奥の棚から古びた革表紙の本を取り出した。ページを開くと、そこには手書きのレシピと、色褪せた図が描かれている。


「これは、私の祖母から受け継いだレシピ。本当の虹色のマーマレードを作るための、大切な記録よ」


エリオが恐る恐る本を覗き込むと、通常のレシピとは全く異なる工程が記されていた。果実を摘む時間、月の満ち欠け、そして…魔法の使い方まで、細かな指示が書き込まれている。

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