第3話 再会
次の日、俺たちは早速
亜麻をほぐして
十分に柔らかくなったら清水でよく洗い、
「なかなか良いんじゃないか、
これならなんとかなりそうだ。
「さすがは
「
いや、姓が同じなだけで、俺のご先祖様とかじゃないはずだぞ。
そもそも、
まあどうでもいいや。とにかく俺は神様とは関係ないからな?
それに、
ちなみに、ここに集められた紙漉き職人たちの中では、何となく俺が
これまで
そりゃあ、今回の
そんな次第で、
アニスとの結婚生活もきわめて順調。本当に出来た嫁だ。
俺個人にとってみれば、ここ
その親分である
噂によると、
今の
お偉い人たちには、恩義だの何だのってのは軽いものらしい。怖い怖い。
まるで
ええっと、こういうの何て言うんだっけ? ああ、そうそう。「
え、お前意外に学があるんだなって? いやぁ、軍隊にいた頃に、
普通なら、科挙に受からなくってもお役人とかに雇われて
まったく、「良い鉄は釘にならず、良い人は兵にならず」とはよく言ったもんだ。
やっぱり戦死しちまったんだろうか。
と、まあ、色々物騒な世の中だが、差し当たって俺たちに大きな影響はない。
紙の改良に精を出す毎日だ。
「
いつの間にか、俺は親方と呼ばれる立場になっちまった。
我ながら出世したもんだ。
今じゃ
「あー。そいつは俺も前々から気にはなってたんだがな。どうしたもんだろうなぁ」
「少し
ふむ、試してみるか。
小麦粉で作った糊を混ぜてみると、確かに
「上手くいってよかったな、親方」
「ああ。しかし
「慣れてもらうしかねえだろ」
なんて会話を交わしていたところに、職人の一人の
「おい、聞いたか?
「お、おい、じゃあ
「
俺に食ってかかられた
ああ、すまない。
無事に落ち延びていらっしゃることを願うしかない。
遠い
兵数は四千人ほどだとか。
かつて
はるか遠くの
そして、その頃
それからしばらくの後、ここ
なんでも、
そして、
そのお供の中に、一人の
髪を色鮮やかな布で包み、顔の下半分を
色目を使っているわけでもないようだし、何なんだろうな。
「先日、
太守様はそんなふうに事情を説明してくださった。
へえ、女の身で
たしかに、この工房にも独り身の者は何人かいるが、さて、誰を推挙しようか、などと考えていると、
「
え? 何で奴隷女が俺の名前を知ってるんだ?
それにこの声……。
「まさか……、
「そうよ! 私、
「
思わずお嬢様に駆け寄り抱き締めようとする寸前で、太守様の困惑顔が目に入った。
そりゃあ、太守様にしてみれば、何が何だかわからないだろうな。
「おぬしたち、知り合いだったのか?」
「とんだ失礼をいたしました、太守様。こちらは、私が
「ほう、それはそれは。数奇な縁もあるものじゃな」
まったくだよ。何だか夢を見ているみたいだ。
ありがとうございます。どんなに感謝してもし切れねえくらいだ。
家に連れて帰って、俺はあらためてお嬢様から詳しい話を聞くことにした。
「
そんなこと言われてもなぁ。まあでも、そういうことにしておくしかないか。
「わかったよ。それじゃあ
そしてそんな中、
あの野郎、さてはわざとそんな噂を流しやがったな?
もちろん、
そして
「苦労したんだな。すっかりやつれちまって」
「でも、おかげで旦那様と再会できました」
俺はアニスに頭を下げ、
「頭を上げてください、旦那様。聖典にも、四人まで妻を持っても良いと書かれておりますから」
そうなのか。でももうこれ以上は必要ないよ。アニスのことも絶対に大事にすると約束する。
かくして、俺は
まさかこんなことになるなんてなぁ。
でかい工房も無事完成し、俺はますます忙しい身となった。
一方で、
そんなある日、
「
「あの人、
本当か、その話?
俺の心はざわついた。
「親方、いや
帰りたくないか、と言われたら、そりゃあ帰りたい気持ちもある。
けど……。
「ふん。ここの暮らしにもすっかり慣れちまったしな。人生至るところ
「何だい、そりゃ」
「住めば都ってことだよ」
「
俺は
未練を吹き飛ばすためか、と言われたら……、そうだったのかもしれないな。
†††††
帰国後彼は、「
それは今日ではほとんど散逸してしまったが、その中に、タラスの戦いで捕虜となった唐兵の中に各種の職人が混じっていたことが記されている。
画工の
残念ながら、紙漉き職人についての記述はその中になく、彼らの名を知る
しかし、名もなき彼らによって製紙技術が西方にまで伝わり、その後の人類の歴史を大きく変えたことは、紛れもない事実である。
――Fin.
すべては紙のお導き~タラスの戦い異聞~ 平井敦史 @Hirai_Atsushi
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