第35話 沈む夕陽に葬列は続く
弦楽器がくどいぐらいの甘く切ない旋律を奏で始めた。
「マルタン…、もう私に構わないで🎵」
コレットは西松に背を向ける。
「待ってよ!コレット!ジャンはどうなるのっ!」
西松の言葉に、コレットは何も言わず背を向けたままだ。しかし、コレットのその華奢な肩が微かに震えている。またあの邪悪さを発揮するのではないか。緊張感が高まる。
西松は立ち上がり、コレットとの距離を詰めて行く。
「あの年頃の子供にはまだまだ母親が必要なんだ!」
西松のその一言に、コレットはしゃがみ込み両手で頭を抱える。
「ジャンには君が必要なんだよ!」
「私は母である前に女なのっ!」
西松の一言にコレットは被せる様に即答すると、西松はその場で固まった。
一拍置いて、二号が声に出して笑う。
「駄目だこりゃ」
二号が誰かの決め台詞を放つと、堀込は西松へ駆け寄り、その肩をなだめるかの様に軽く叩く。
「城本の言う通りだ🎵行こうぜ、言っても無駄だ🎵」
「西松。彼女は母親になるにはまだ早かったようだ。行こう🎵」
榎本だ。榎本も堀込に続いて西松の傍に向かい、戻るように促す。
「榎本さん、でもジャンは…」
「大丈夫だ。父親がいる」
西松は納得出来ていない様子ではあるが、榎本のその一言にゆっくりと踵を返した。
「なんでだようぅっ🎵こんなことになるなんて🎵」
西松は泣きじゃくりながらも歌う。
リアンはコレットの突然の変貌に驚き、口を半開きにしてぼんやりしていたのだが、急に目を見開き、俺たちを見た。
俺とリアンの視線が交錯する。
「俺たちはここから去る。
お前らもさっさとこの街から立ち去れ」
俺はここでリアンから視線を外し、完璧な間を置いてから流し目加減の視線を送り、
「話はそれからだ…」
決め台詞を放つ。
リアンは突如として俺たちへ背を向けた。
こいつは何だ?そんなに俺のこの一連の流れが衝撃だったのか?そんなに格好良かったのか?
それもそうだろうよ。俺はかつてのキモオタの肥満体ではなく、アラン・ドロンに酷似した絶世の美青年だからな…
容姿の格好良さに加えて、この決め台詞だ。こいつが驚いても無理はない。
「マルタン、私たち行くね🎵」
コレットの歌唱は西松に届かなかった。西松は振り返ろうともしない。
コレットは自らリアンと腕組みをした。その円な瞳には涙が浮かぶ。
「さようなら🎵私たちのことは探さないでね🎵」
コレットは歌うも、西松はじっと背を向け無言を貫く。
まぁ、探さないだろうよ。
コレットが踵を返すと、リアンもつられるようにして身を翻し、駅の改札へと向かう。
コレットは改札の手前に差し掛かると振り返る。
「私たちをここで見たこと、誰にも言わないでね🎵」
「言うわけないだろっ!」
コレットの歌唱に、西松は被せ気味に叫んだ。
丁度、夕陽が沈んだ頃か。紺色に染まった空。西の地平には橙色の名残がわずかに漂っている。
俺たちは再び、西松のパン屋へと歩き始めていた。
コレットの一件で誰も話そうとしない。
まるで葬列のように、誰一人言葉を発さず、沈黙した男たちが歩いていた。
葬列は続く。
「あのリアンという男を見て、何か感じなかったか?🎵」
榎本だ。榎本が突如として沈黙を破った。
「如何にもミュージカルに出てきそうな奴だと思ったが、榎本さんは何か感じたのか?」
俺の返答に榎本は考えているような素振りを見せ、
「リアンはフランス語で絆という意味だ🎵」
「絆っ!」
「そうだ🎵もしかしてリアンの正体はキズナ ユキト、クロではないかと思うのだよ🎵」
榎本の歌唱に合点がいく。
「だからかっ!だから奴は俺たちを見て…、不意に背を向けたのか!」
「確かにあの髪型とかキズナ ユキトっぽいよな!🎵」
俺の言葉に堀込が同調した。
「俺たちがここにいるんだから、キズナ ユキトがここにいてもおかしくない🎵城本!そうだよな?🎵」
堀込は立て続けに歌い、二号へ問い掛ける。
「堀込の言う通りだ🎵この世界にいてもおかしくはない🎵」
二号の歌唱に俺は思わず、榎本の前へと回り、
「榎本さんっ!なんであの時、それを言わなかったんだ!」
「それでもまだ確証は持てない🎵偶然かも知れない🎵」
榎本のその歌唱に下唇を噛む。
急に降って湧いたようなリアンはキズナ ユキト説…、あの時の記憶、感情が蘇ってくるようだ。
西松のパン屋へ着く頃には陽が沈んでいた。
今日は休業日だ。店舗部分は消灯しているものの、住居には明かりが灯されていた。
この明かりにどこか安堵するのは、コレットの件があったからだろうか。
俺たちが店の外からテラス席へ入ると既に先客がいた。
「おかえりー🎵」
俺たちがテラス席へ入るなり、開口一番出迎えたのはジャンヌであった。
「ただいま🎵」
西松がしゃがむと、ジャンヌはその胸の中に飛び込む。
西松は元の奴らしさを取り戻していた。
「ここで待つと言って聞かなかったんですよ🎵」
と穏やかかつ、余計な飾り気のない歌唱を聞かせたのは西松の嫁、セシルである。
音楽はさっきまでのくどいぐらいの甘く切ない雰囲気から、クラリネットが優しげな旋律を奏でるものへと変わっていた。
西松とセシルは夕飯の準備するからと厨房へ行き、ジャンヌは画用紙と色鉛筆のケースを片手に得意げな表情を見せる。
「きょうはね、おじさんたちのえをかくの🎵」
この絶世の美青年を捕まえておじさんときたか。
榎本はおじさんに相応しいが、俺たちはおじさんにはまだ早過ぎる年齢だ。しかもパリス以外は皆、わりと二枚目系の外見へと転生している。
しかし、おじさん呼ばわりも悪くない。誰も気にしていない。皆、笑顔を浮かべている。
ジャンヌの指示で俺たちは横一列に整列させられると、お絵描きが始まった。
それはいいとして、俺は美術館からずっと歩き通しの立ちっぱなしである。膝が限界を迎えようとしていた。
近くのテーブルに寄りかかろうとしたその刹那、
「かざま!うごかない!🎵」
ジャンヌからの怒号が飛んできた。
「一号🎵画伯の言う通りだ。動くなよ🎵」
二号が俺の脇腹を肘で突く。
「わかった。俺は歩き通しで疲れているのだ。早くしてくれ。
話は」
「しゃべらない!🎵」
ジャンヌは俺の決め台詞を途中で遮った。これには皆が笑う。
まぁ、子供のすることだ…、気にならないのだが、今はただ、このお絵描き時間が早く終わることを願う。
「できた!🎵」
ジャンヌのその一言に俺はすぐさま、近くにあった椅子へ腰掛ける。
皆はジャンヌの元へ集まり絵を見る。遠目にだが、その絵は俺たちが横一列に並ぶものに見えた。
「一人、二人、三人…、あれ?一人多いよ?🎵」
「おとうさん!🎵」
堀込からの問い掛けにジャンヌは得意げに歌った。この場にいない西松の絵も描いたようだ。
その時、皆が大爆笑した。
「どうした?何かおかしいのか?」
と問い掛けるものの、誰もが腹を抱えて笑い、答えようとしない。
「なんだよ」
俺は仕方なく立ち上がり、ジャンヌの絵を見に行くと、その絵の中に一際巨漢が描かれていることに気付いた。嫌な予感がする…
「ジャンヌ、これは誰?🎵」
堀込が絵の巨漢を指差す。
「かざま!🎵」
ジャンヌはより得意げに答えた。
目の前が暗くなってきそうだ…
「流石、子供だ🎵本質を見抜いている🎵
ジャンヌ、君には絵の才能がある🎵」
榎本だ。榎本のその歌唱にジャンヌは誇らしげな表情を浮かべた。
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