第32話 エバーグリーン、時を超えて

「なんだよ、お前ら。こんなものに金払うのか。どうかしてるぞ」


 と言いつつ、蔑み加減の流し目を西松と堀込、パリスへ送る。


「どうもしてないよ🎵

 これから大変なことが起こるかもしれないんだ🎵それに備えておかないと🎵」


 西松は落ち着かない様子で歌うと、堀米は同感だ、とでも言いたげに頷く。


「あんなものを信じるのか」


「信じない理由が無いよ🎵」


 西松はしたり顔で歌った。


「何、したり顔してるんだよ。あれを信じる根拠がどこにある?信じられない理由しか無いだろうよ。

 西松、信じる理由があるなら、その根拠を言ってみろ。

 話はそれからだ…」


 俺はいつもより強めの流し目を西松へ送る。


「根拠?…

 とにかく良いことを言ってるじゃないか🎵」


「あれが良いことなのか?お前らにとって聞こえの良いことを言ってるだけだろうよ」


 俺のその言葉に西松は徐々に顔を紅潮させていく。


「それなら信じられない根拠を言えよ!🎵」


 西松はテーブルを拳で叩いた。昂る感情に任せての行動だろうが、一瞬、痛みに表情が歪んだことを俺は見逃さない。


「言ってやろう。

 まず最初にだな、宮塚はお前らに危機感煽るようなことから話し始めただろ?危機感煽るだけ煽って最後にこれに入れば安心だ!みたいな希望を見せる。この手口は心理学の初歩的なものだ。カルト教団とか労働組合、鼠講の勧誘における常套手段だ。

 さらに宮塚の野郎は最後の最後に、数量限定だの期間限定だの言い出しただろ?限定ってやつに流され易い層を煽る為の、これも常套手段だ。

 つまりお前らは、通販番組見て“数が減ってま〜す、お電話お急ぎくださ〜い!”に煽られて、思わず電話して糞みたいなものを買わされる、耄碌しかけの年寄り同然なのだ」


「そんなことないよ!🎵」


「そんなことある!ある!ある!

 お前らは幸か不幸か、一見正しそうなものに弱いのだ。

 多分、成長の過程で何が正しくて悪なのか、といった倫理観を強く刷り込まれたのだろう。

 そこが落とし穴なのだ。悪を駆逐し、正義を実行するか、正義の側に付くべきだ!みたいな固定観念があるだろう?それなんだよ、それがあるから、何も疑問を持たずに正義ってぽいものに釣られる。

 いいか?正義なんてものは人を操る為の方便でしかないのだ」


 西松と堀込は呆気に取られていた。パリスは…、いつもの薄笑いを浮かべている。

 ちょっと熱くなってしまった…


 そんな中、テラス席に哄笑と拍手が響き渡った。


「流石の一号だ🎵面白いことを言うねぇ🎵」


 黒革のガンマンがテラス席入り口に立っていた。

 二号だ。


「話の流れは知らないが、今の話については共感だ🎵」


 二号は俺たちのテーブルに向かって来ると、宮塚が使っていた椅子に座る。

 そんな中、紙を破く音が聞こえた。

 パリスだ。パリスが宮塚から受け取った申込書を破いている。


「シロタンの言う通りだよ🎵俺はどうかしていたよ🎵」


 パリスにしては珍しく、どこか爽やかな笑みを浮かべていた。


「俺、初めてシロタンの発言に共感した🎵」


 “初めて”…、それなら今までの俺の発言は何だと言うのか…

 しかも二号とパリスに共感されるとはな…



 それよりも、俺は大事なことを忘れていた。


「それはいいとして、お前ら。宮塚の背中見たか?」


 西松と堀込は首を横に振ったが、パリスはこれ以上無いぐらいに薄笑いを浮かべる。


「パリス、お前も見たのか?」


「見た、見たよ🎵」


 パリスは意味深に笑う。


「宮塚の背中に何があったんだよ?🎵」


 堀込は痺れを切らしたかの如く歌う。

 ここで音楽が変わった。ゆったりとしたテンポであるが、音程感に欠ける歪みきったギターの音色が印象的な曲だ。


「恐らく、ブラジャーだ」


 俺の一言に皆笑い、西松は飲み込もうとしていたカフェラテを誤嚥し咽こむ。

 そんな西松を堀込は介抱する。


「パリスもそう思うか?🎵」


 二号からの問いかけにパリスは頷いた。


「シロタンの言う通り、間違いないよ🎵肩のストラップが透けて見えたし、あれはブラジャーとしか思えないよ♬」


「まじかよ!🎵」


 堀込はパリスの歌に腹を抱えて笑う。


「メンズのブラジャーもあるから、別におかしくないよ🎵」


 西松は咽せながら歌った。


「元々、俺たちが居た世界なら有りえたとしても、この世界の時代設定は1960年代ぐらいだろ?早すぎやしないか?

 それともこの時代には既にメンズブラジャーがあったのか?」


「そこまではわからないよ🎵」


 俺からの問いかけに西松が歌で答えた。


「宮塚って奴は念が強そうだからな🎵奴にとってブラジャーは時代を超える代物なんだろうよ🎵

 エバーグリーンってやつだ🎵」


 二号だ。


「メンズブラはエバーグリーン、時代を超えるのか…」


 俺の一言に誰かが吹いた。


「奴の性的な指向はどうでもいいのだが、何故ブラジャーを装着しているのかが気にならないか?♬

 主張が激しい物をお持ちで隠したいのか?じゃなかったら、思い切り垂れているか?♬」


 二号の無駄に熱い歌唱とその内容に眩暈がしてきそうな思いだ。


「そのどれかに絞られるのはわかるのだが、言語化しないでくれ…

 時には目を逸らしたい現実もある」


「使い過ぎておやつカルパスみたいになっているか♬凄い垂れ乳なんじゃないかな♬」


 珍しいぐらいにパリスが嬉々としている。

 使い過ぎだとか、考えたくもないことなのに、パリスの野郎…


「それよりも🎵お前らそろそろ時間だ🎵

 高梨との約束を忘れたのか?🎵」


 二号がナルシシズム漂う、熱苦しい歌唱を聞かせた。

 そうだ。今日は高梨の絵が出品されているという、展覧会へ行こうという話だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る