第26話 仮面舞踏会
「仮面舞踏会だと」
そこで音楽がこれまでの悲しげなものから一転、弦楽器が流麗な旋律を奏でるものへと変わった。
俺はその広告をパリスから手渡されると、二号と榎本は近寄ってきてそれを覗き見る。
「仮面舞踏会って何だよ、誰かの曲か?それ」
「その名の通り、皆で仮面を付けて身分素性を隠して行われる舞踏会のことだ🎵
この広告はその告知だ🎵」
俺の疑問に榎本が歌で答えた。
皆で仮面を付けて身分素性を隠す…、その淫靡な響きに俺の心が躍り、様々な妄想が脳裏を駆け巡る。
「それは…、
性的なやつか?」
俺の一言に榎本は被せるように哄笑した。
「そんなわけがない♬そんなわけがない♬
ここをよく見たまえ♬」
榎本は広告の下の端を指差していた。
そこにあったのは人の名とチャリティの文字である。
「これは篤志家として名高いトゥーペイ公爵による、チャリティイベントの告知だ🎵
この世の中には匿名でボランティアに参加したい人がいるのだよ。仮面をすることによって、そういった人々にも参加し易くしたイベントだ🎵」
チャリティイベントと聞き、頭から冷水を掛けられた気分だ。
「風間って絶対に寄付とかやらないタイプだよな🎵」
そんな俺の気分を逆撫でるかの如く堀込が歌った。
「間違いない。“絶対”にやらないだろうよ🎵」
二号の野郎、“絶対”を強調していやがる。
「ああ、やらないさ。当然だ」
俺のその一言に、西松以外の皆が“ケツの穴が小さい”だの“器が小さい”だの、“性格が捻じ曲がっている”だの歌で囃し立ててくる。
「俺のひねくれた無頼の根性が、そういった胡散臭いものには関わるな、と告げているのだ」
「これ行ってみようよ🎵」
俺の一言を無視するかのようにパリスが歌った。
「面白そう🎵行こうぜ🎵」
堀込が歌うと俺と西松以外の皆が同調する。
「一号は行かないよな?🎵」
二号だ。茶化していやがる。
しかしだな…
「俺はご覧の通り、絶世の美男子だ。パーティみたいなイベントは俺が行かなきゃ話にならなだろうよ。
シロタンが行かねば誰が行く!ってところだ。
お前らがどうしてもと言うならば、行ってやってもいい。
話はそれからだ…」
皆に向かって、一人ずつ流し目加減の眼差しを送る。
「なんだよ、その上から目線はよ🎵」
と堀込は歌った。
「一号、連れて行ってやってもいいぞ?🎵」
今度は二号だ。
城本の野郎、俺の二号の分際で…
しかし、
「まぁ、いいだろう。この仮面舞踏会とやらはいつやるんだ?」
「明々後日の18時、場所はトゥーペイ公爵の館だ🎵」
俺の問い掛けに榎本が歌で返した。
西松は未だに砂浜でうつ伏せとなり、顔を伏せている。
そんな西松から敢えて視線を外し、
「西松よ。
お前も仮面舞踏会に行くぞ」
西松の身体が僅かに動いた。
ここで俺は流し目加減の眼差しを送り、
「話はそれからだ…」
「西松、風間の言う通りだ。気晴らしに行こうぜ🎵」
と堀込が続けると、西松は顔を伏せたまま頷いた。
街の外れにえんじ色の塀に囲まれた一角がある。通りに囲まれた中々の大きさの一区画、そこが榎本の屋敷であった。
塀の色が色なだけに周囲から浮き、早い話が趣味の悪い屋敷だ。
今の時刻は16時、俺たちは榎本の屋敷の前に集まっていた。
屋敷の門は貴族であることを感じさせる、大きくて豪奢な雰囲気だ。
門に設置されたインターホンを鳴らすと、執事らしき老紳士が出迎えに来て中へと通された。
広い庭を抜け屋敷の中へ通されると、外装がえんじ色なだけに内装も同様である。えんじや赤尽くし、これはまるで視覚への暴力だ…
俺たちは大広間へと通された。
そもそも俺たちは仮面舞踏会と言っても仮面を持っていなければ、何を着て行けばいいのかさえもわからない。
そこで榎本はタキシードだの礼服を着ていけ、と言った。
そのことから、昨日のうちにメンバー全員の衣装と仮面を榎本に調達させておいたのだ。
大広間には既に俺たちの衣装が用意されていた。どの衣装も皆それぞれの意見が反映されているものであり、俺たちはそれらに着替えることとした。
着替えを終えた頃合いに、先ほどの執事らしき老紳士が榎本からの伝言を伝えてきた。着替えが済んだら中庭で待っていてくれ、とのことだ。
俺たちは着替えが済んだ順に中庭へ出た。
中庭にはエンジンの掛かった黒塗りの高級車が二台停車しており、それぞれの前で運転手が待機している。
「おい、運転手付きかよ🎵」
堀込が下手糞な歌唱をしつつ、目を丸くする。
「やっぱり貴族は違うよな🎵」
西松だ。パン屋を営業しているとはいえ、明らかにつつましやかな暮らしぶりの西松にしてみたら、別世界なのであろう。西松も西松で目を丸くしている。
そんな中、聞こえているのは軽快かつテンポの速いジャズだ。管楽器による、適度な緊張感を掻き立ててくるような調べが俺たちの気分を盛り上げてくる。
暫くすると榎本が中庭へ姿を現した。
その様相に皆、溜息を漏らす。
「全身、赤か🎵」
西松が歌う通り、榎本は全身赤であった。赤いタキシードと赤い蝶ネクタイ、赤い厚底靴。人相は中年男にしか見えない榎本には似合わないを超えた違和感しかない。
しかし、これぞ正調の榎本であろう。
「さあ、出発だ🎵好きな方に乗りたまえ🎵」
俺たちは二台の車に分乗すると、榎本が乗る車を先頭に、トゥーペイ公爵の屋敷へと向かった。
トゥーペイ公爵の館は榎本の屋敷の裏手にある住宅地を抜け、その先にある森の中の一本道を抜けた先にあった。
遠目であるものの、その館を見て思わず息を飲む。
榎本の屋敷の塀とは比べてものにならないほどの高さと大きさ、門の向こうに見える館はかなりの大きさであった。これこそ大豪邸ってやつだ。
その大豪邸の向こうの空には、沈む夕陽がスカイブルーと橙色の見事なグラデーションを描いている。まるで映画のワンシーンのようだ。
「榎本さんの家にびっくりしたけど、ここはさらに上行ってるよ🎵
これは城だな🎵」
西松は車窓から見るその光景に驚きの色を隠せずにいた。
西松の言う通り、まるで城のようだ。
俺たちの乗る車が大豪邸の門近くへ差し掛かる。
「そろそろだ。マスクを付けるぞ」
と言いながらマスクを付けると、同乗している西松とパリスもマスクを付けた。
車がトゥーペイ公爵の屋敷の敷地内に入ると、中には何台もの高級車が並び、貴族階級の豪奢な暮らしぶりを感じさせる。
運転手が俺たちの乗る車を大豪邸の玄関前に停車させると、ドアマンが素早くやってきてドアを開ける。
まず先頭を走っていた車から榎本、堀込、二号が降り、その後の車からは俺とパリス、西松が降り立つ。
六人勢揃いすると、既に仮面舞踏会会場入り口に集まっていた人々から、感嘆の吐息が聞こえた。
それも無理は無い。俺たちほど個性的なグループはいないからな。
榎本は例の赤タキシードに赤いアイマスクの赤尽くし、堀込は野性味溢れるところから、豹柄のタキシードに豹のマスク。
二号はいつもの黒革のテンガロンハットとガンベルトを装着しているのだが、今日は黒のタキシードに黒のアイマスクという装いだ。
パリスは黄緑色のタキシードと同色のアイマスクである。何故黄緑なのかは知らぬがパリスが選んだのである。
一方、俺と西松は黒のタキシードと黒のアイマスクと地味であるのだが、俺たちは元が良いからな。これでいいのである。
豪奢なドレスを見に纏った貴婦人たちの視線は、明らかに俺と西松に集中している。
熱い。火傷しそうな程の熱さだ。
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