第10話 願望、厚底はエターナル

 俺たちは先頭車両へ向かって歩き始めていた。


「俺と風間の両親のことなんだけどさ。

 あれってもしかして城本の言う“人もどき”かな?」


 西松だ。俺と西松の両親が同じ人相、状況になっていたことの話である。


「人もどきかも知れんな。

 一号と西松は別の家庭環境に憧れていたとか、何か願望でもあったのか?」


 二号の言った“別の家庭環境”その言葉に俺の心が揺れる。

 烈堂の顔が脳裏に浮かぶのだが、


「そんなものは無い」


「俺も同じく」


 俺が答えると西松もそれに続く。


「だったら、それはその時の世界の創造主のせいだろうな。

 何の為か、何の願望なのかわからないが、その創造主はかなり念が強い奴だろう。そうとしか考えられない。一号と西松の両親を同じやつにするなんてな。

 どんなこだわりだよ」


 二号は半ば呆れたような笑いを溢す。

 そんな中、俺はある事に気付いた。


「西松よ。ここにもトイレがあるじゃねぇか」


 ここは多分17両目、進行方向先の車端部にトイレを見つけたのだ。

 西松のトイレ待ちのお陰でパリスと合流出来たとはいえ、俺の言う通りトイレはあったのである。


「仕方ないだろ!漏れそうだったんだから!」


 西松は言葉を荒げつつ、不意に立ち止まった。


「どうした?」


 二号はそんな西松を見て声を掛けた。


「あれはもしかして…」


 西松はトイレ横のフリースペースにある、二つの影に向かって顎をしゃくった。

 二つの影、それは車椅子に乗った女と、その後ろに立っている男だ。

 女の方は離れていても、その激しくこねくり回して破裂させたような髪型で一目瞭然、ペヤングだ。

 だとしたら、その後ろにいる男は言うまでもない。


「榎本さんっ!」


 俺のその声掛けに、榎本が装着しているサングラスが光を反射した。

 榎本は俺に向かって軽く手を上げる。



 榎本は昼間のローカル線車内ではかなり場違いな、黒のタキシードに身を包み、髪を七三に撫で付けサングラスという装いだ。

 いつぞやのジェフのコスプレか?それとも英国秘密諜報部員のコスプレか?

 だとしても身長に対して足だけ妙に長い、長過ぎる。

 靴の踵も相変わらずのようだ。

 いつ如何なる時も靴は厚底。こいつは永遠に厚底なのか。

 ペヤングも相変わらずのようであった。惚けた顔で視線は宙を彷徨っている。



「榎本さん、あんたもこの電車に乗っていたのか」


「ああ、気がついたらここにいた。君らもか?」


「そうだ」


 榎本の口調は某大尉風へと戻っていた。

 榎本はサングラス越しに俺たちを見回しているようなのだが、ある一点を見据えた。

 榎本の視線の先には二号がいたのである。


「榎本、久しぶりだな」


 最初に口を開いたのは二号であった。


「城本か。相変わらずのようだ」


 榎本と二号の間に微妙な空気が流れている。



「二号、榎本を知っていたんだな」


 その微妙な空気感に、俺は思わず声をひそめた。


「ああ、古い知り合いだ」


 二号は素っ気なく答えると、早足で前へ進み、榎本の前を通り過ぎてから俺たちの方へと振り返る。


「西松、今速度はどのくらい出ている?」


「131キロだよ」


 西松の一言を聞くと、二号は踵を返し、


「危険だな。先を急ぐぞ」


 二号は先行して隣の車両へと進んで行く。



 先行する二号の後を置いつつ、俺は榎本へこの電車の状況や、これまでにわかったことを説明するのだが、その反応は薄かった。(ほぉ)や(そうか)程度の反応しか返ってこなかったのである。

 榎本にとってこの世界の狂いっぷりなぞ、どうでもいいといったところなのか。


 そんな中、28両目にしてやっと先頭車両が見えてきた。

 この電車は30両編成だったのである。



「凄いモーター音だよ!これ、いよいよやばくなってきたんじゃないかな」


 西松のその一言をかき消すぐらいのモーター音が、車内に鳴り響いていた。

 俺は電車に興味なぞ無く、モーター音など気にしたことが無いのだが、これは明らかに凄い音をさせている。

 これぞまさに爆音だ。

 俺たちは運転室というゴールに向かって、一目散に走り始めた。



「えっ⁉︎」


 一足早く運転室前に着いた西松が声を上げた。


「どうした!」


「運転手がいないよ!」


 西松は運転室の中を見て叫んだ。


「そんなことあるのか?」


「いや、居るぞ」


 西松と同時に運転席前に着いた二号が下に向かって指差す。


「縛られて横たわっている!」


 俺とパリスと榎本が遅れて運転席前に到着する。


「本当だ!やっぱり堀込くんだっ!」


 西松が横たわる堀込に気づいたようだ。西松は運転室の扉を何度も叩く。


「堀込君っ!堀込君っ!」


 今、俺も運転室内の堀込を確認出来たのだが、堀込は西松からの呼び掛けに反応しない。

 縛られているうえに意識を失っているようだ。

 二号が運転室の扉のドアノブを動かし、何度も引くのだが鍵が掛かっていて開かない。


「それなら仕方ない。やるか」


 二号は肩から下げていた黒革の鞄の中から黒光りする物を取り出した。

 ポンプアクションの散弾銃だ。

 その銃身は切り詰められている。


「二号、お前そんなものまで持ち歩いているのか」


「まぁな。この世界にはこれが必要な時がある。

 それよりもお前ら、耳を塞いでおけ」


 二号は上着のポケットから何かを取り出すと、それを両方の耳穴に詰めた。耳栓だ。


「耳塞いだか?」


 確認をする二号の声が耳栓代わりの手の平越しに聞こえた。

 二号は散弾銃の銃口をドアノブの接合部辺りに突きつける。


 二号は散弾銃の引き金を引く。



「よし、開けたぞ」


 二号が扉を開けると、西松は運転室へ一目散に入り、堀込へ駆け寄るとその上体を抱き起こす。


「堀込くん!堀込くん!」


 西松の呼び掛けに堀込は目蓋をゆっくりと開けるのだが、その眼差しはぼんやりとしている。

 西松は堀込の口に嵌められていた猿轡を顎へとずらす。


「あれ?西松?お前らどうしたんだよ?」


 堀込は惚けたような表情のままだ。


「どうしたんだじゃないよ!堀込くんこそ、どうしたんだよ?」


「俺は運転してたんだけど、あれ?あれ?」


 堀込は今になって身体の自由が奪われていることに気づいたようだ。

 縄や結束バンドで拘束されながらも、その身体をくねらせる。

 二号が腰のポーチからナイフを取り出し、堀込の身体に食い込む縄や結束バンドを切っていく。


「何で俺は縛られてたんだ?」


 堀込は拘束から解かれると立ち上がり、柔軟運動をするかのように各関節を動かす。


「記憶に無いの?」


「無い。気付いたら701系の運転席にいたから運転してたんだけど、知らない間に意識失って縛られていたみたいだ」


「そのようだな」


 その一言に堀込は振り返り、二号の姿を見て目を大きく見開く。


「城本っ」


「堀込、詳細は後にしてくれ。

 お前がこれを運転していたのなら、速度を落とすか停めるか、どちらかをしてくれ」


「そうだよ、堀込くんっ。今141キロ出てる」


「なんだって⁉︎」


 堀込が大袈裟なぐらいに驚きを見せた。

 新幹線は300キロぐらい出して走るんだろう。141キロぐらいなんて事ないと思うのだがな。


 堀込はすぐさま運転台で手慣れた様子でレバーのようなものを引くと、電車は少しずつ速度を落としていく。


「堀込。お前、電車の運転出来るのか?」


「初めてだけど、前からトレインシミュレーターをやってたんだ。

 やっぱり本物は違うぜ」


 俺からの問い掛けに、堀込は振り返って満面の笑みを見せた。


「ほら、お前らもやってみるか?」


「俺にもやらせて!」


 堀込の提案に西松が我先にとばかりに運転台へと身を滑り込ませる。


「えー、西松。お前、701系嫌いだって言ってたじゃねえかよ」


「いいじゃない。それとこれは話が別だよ」


 堀込は横にずれ、西松に運転を教え始めた。

 堀込と西松の無邪気な様子に俺は確信する。

 この世界は西松の言う通り、堀込の世界だ。


「堀込、お前のお楽しみに水を差すようで悪いが、ちょっと話を聞いてくれ」


 その一言に堀込は神妙な面持ちで俺を見据えた。

 俺と二号でこの世界が何であるか説明すると堀込は沈黙する。



「これは俺の世界なのか…」


 その沈黙を破ったのは堀込であった。


「おそらくな」


「だったら、なんで701系なんだよ。

 東北地区だろ?どうせならE5系の方がよかった」


 俺の一言に堀込は若干、不貞腐れたような顔を見せ、西松は笑う。

 俺には堀込の発言の意味がわからないのだが、二号を始めとして榎本、パリスまでも笑っていやがる。


「そろそろ駅だ。停車させるよ」


 堀込の言葉にふと前方の車窓を見ると、結構大きな駅が見えてきた。

 堀込は西松と運転を替わると、手慣れた様子で電車の速度を落としていき、駅のホームへ停車させる。

 堀込が電車の扉を開けると、駅のアナウンスが聞こえてきた。


〈盛岡〜、盛岡〜〉


 ここは盛岡であった。

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