探偵にはまだ早い
水瀬智尋
第1話 探偵デビュー!
ここは大山探偵事務所。
都内の雑居ビルにあるお世辞にも大手と言えない会社だ。
私、宮下ひかりがアルバイトとしてやってきて半年が過ぎた。
過酷な仕事にも耐え、上司にゴマを擦り、頭のおかしい人しかいないところだがついに一端の調査員として業務に関われるようになった三日目の午後。
「燃えてる……」
事務所が放火された。
✳
私が華々しいデビューを迎えた三日前の朝に話を戻す。
営業時間の十時ぴったりにドアを叩いた老夫婦に茶菓子を出す。
「なるほど……お二人とも、お辛かったでしょう」
所長自ら向かいに座り、依頼人の話を親身になって聞いている。
ここでは一件一件の事件にこうして丁寧に対応する。人手がないからでは決してない。
老夫婦は10年以上前に家を出た息子を探していた。
「息子とはずっと連絡もなく、今では生きてるのか死んでいるのかもわからない状態でした。ですが先日、息子の同級生が東京に観光に来た際、息子らしき男性を見たと言うんです」
「なるほど、そう言うことだったんですね。それでこの精鋭揃いの我が社に……」
「いえ、目撃場所の近辺で一番安かったので」
「ええ……」
「私たちは年金暮らしで蓄えもほとんどないので」
精鋭と言っても私入れて五人しかいない無名事務所だしなぁ……。
そしていくら安価といえど滅多に来ない仕事を所長は苦い顔で引き受けた。
「ひかり、聞いてたな。この案件がお前の調査員デビュー一件目だ」
「はい!精一杯頑張ります」
「桜木、お前が付いてってやれ」
「へーい」
気だるげに返事をするこの桜木と呼ばれている男は、一応事務所の古参の一人で所長とは旧知の仲らしい。
「しかしひかりちゃんすごいね。ウチじゃ最短、しかも最年少調査員だよ。くっだらない雑用ばっか頑張った甲斐があったね!」
「くだらないとは何だ桜木!ちいさな仕事でも全部この事務所を動かす大切な仕事だぞ」
「どこがくだらなくないんすか」
「ひかりはな、朝弱くて起きれなくて遅刻しそうな俺のためにモーニングコールしたり、女子大生との合コンセッティングしてくれたり色々働いてくれてるんだよ!」
「そんなことやらせてたのか!仕事関係ねえじゃねえか。つーかいい歳して女子大生と合コンとかすんな!呼ばれてないし」
「そういえばひかり。こないだの合コンで連絡先交換したナオちゃん、散々デート誘っても講義やバイトが忙しいって言っててあれから1回も会ってないんだけど……これ脈なしかな?」
「どう考えても脈なしだろ」
「まあ女子大生はみんな忙しいですからね……」
調査員に昇格すると、当然給料もUPする。そのために大学の後輩たちに散々協力してもらった。
「もうそんなことやんなくていいからね。何考えてんだおっさんが」
「ともかく、このさっきの仕事は二人に任せる。しっかりやれよ」
「所長はなにするんすか?」
「今日は、あの日だ……」
「あの日?6月17日、普通の平日ですけど」
「そう、17日……7の付く日だ。パチンコ行ってくる」
「仕事しろよ」
元気に出て行った所長にため息をつき、私たちはデスクに戻った。
「おう、聞いたぜひかりちゃん。今日から初任務だって?」
「高嶋さん、いたんですね」
「いたんですねって……この事務所全員一緒の一部屋で気付かないってことないでしょ」
小汚い革ジャンを着たハゲがヘラヘラと近付いてくる。
「いや本当に気付きませんでした。デスクの周りで加齢臭がするなとは思ってたんですけど」
「いやひどくない!?加齢臭なら所長からもするでしょ!俺のだって保証はないじゃん〜」
「問題そこなんすね。高嶋さんは今日なんの案件なんすか?」
「俺は今日も浮気調査だ。嫁さんが毎晩帰りが遅く、スマホにも男からと思われるメッセージが複数あり、不審に思った旦那が依頼してきた。まったく、どいつもこいつも甲斐性がないから浮気なんかされんじゃねぇのか?」
「高嶋さんバツ3じゃないすか。しかも全部奥さんの浮気」
「うっせえよガキども!!ぶっ殺されてぇのか!!!」
「私何も言ってないんですけど?!」
「情緒どうなってんだよ」
高嶋勇将、桜木さんに次ぐ古株の調査員。
専門は浮気調査をはじめとする異性間トラブルの依頼ばかり。バツ3だ。
あとなんか臭いから私は少しだけ……結構苦手だ。
「そういえば先週別件で追ってた女はどうなったんですか?」
「あ?ああ……あれはちょっと、いいんだよ」
「報告書あげろって総務の沙織ちゃんに言われてたでしょ。まだ出してないんすか?」
「だ、だから……それは……俺の仕事に口出すな独身デカ男ーー!!!」
「お前も独身だろ!なんだその悪口」
「行っちゃいましたね……」
「なんなんだあいつ。まあいいからこっちの仕事やっちゃお」
「ですね」
この騒がしさにも慣れてきた頃だ。
✳
私たちは一通り依頼内容に目を通してから街へと繰り出した。
駅前近くの飲み屋街、まだ時刻は十五時だがそれなりに賑わっているみたいだ。
「預かった写真に写ってた居酒屋、しばらくここで張り込みだね」
「張り込みってどれくらいやるんですか?」
「とりあえずそれらしい人が現れるまで、情報もこれだけだし、かなり長期戦は覚悟した方がいいかもね」
「うへ……マジですか」
「まあ多少は経費で落ちるし、気長に行こう」
老夫婦から息子の友人が遠巻きに撮影した写真と、最後に撮った写真を預かった。
息子と言ってももう四十を超えたおっさんで少し強面な印象だ。
若い女性と、この個人経営の居酒屋から出てきたところだった。
「そういえばひかりちゃんってさ、なんでうちの事務所入ったわけ?」
「え、見てなくていいんですか?」
「普通にしてなきゃ怪しまれるし、どうせ長丁場だし気楽に行こうよ」
「そう言うもんですか」
「そうそう。でもうちの事務所、そこまで給料高いわけじゃないし、小さい会社だし、もっといいバイトあったんじゃない?」
狭い店内のテーブル席に通された。
桜木さんから入り口が確認できるように座り、一杯ずつアルコールとつまみを注文した。
私の調査員昇格を祝って、とりあえず乾杯する。
「お金も欲しいんですけど、私探偵がめっちゃ好きなんですよ。ミステリーやサスペンスドラマとか子供の頃からずっと見てて!」
「あー最近多いもんね〜。何が一番好きなの?」
「相棒です!」
「それ警察ドラマじゃん。来るところ間違えてるよそれ」
「あれ、SPECも好きです」
「それも警察だよ。面白いけど」
「あの時の城田優の演技がめっちゃ好きで」
「あいつ警察じゃないね」
「桜木さんはなんで今の仕事に?」
「俺?俺はまあ、成り行きだよ……」
「なんでぼかすんですか人に聞いといて!」
「いいでしょ別に!てかもう顔赤くない?早いよ一応仕事中だからね」
「まだ全然酔ってらいですよ!顔だけ赤くなりやすいんです!」
私は酒には強い方だし、酔っても記憶を飛ばしたこともない。
ましてや初の仕事でそんな粗相をするなんてことあるはけらい。
「きみ飲むペース早いんだよ若いからってもう……あれ?ひかりちゃんあの入口の席に座ってる女。いつからいたか覚えてる?」
「女ぁ?どれですか探してるのは男……」
「君は振り返ったら駄目!習ったでしょ」
「う……そうでした」
冷静でシラフと相違ない私は手鏡を使い、メイクを確認するふりをして入り口の方に目をやった。
確かに三十代くらいの綺麗めな女がいる。というかその隣にいるゴツい男は
「え、あれってジジババが探してるバカ息子じゃねいですか!仕事終わり!」
「声でかいって。もし逃げられたりしたら二度と会えなくなるかもしれないし、それにあの女、どっかで見覚えがあるような……」
「ナンパする時いつもそれ使ってるでしょ。あの感じの女は桜木さんに靡きませんて」
「そんなことするかい!」
「ていうか桜木さん。あの女の二つ隣のおっさんもなんか見覚えありません?」
「ほんとだ。あのビンテージというには年季の入り過ぎたボロい革ジャン。どこかで……」
そんなことを話していると、臭そうな方と鏡越しに目が合ってしまった。
「あれ?桜木とひかりちゃんじゃねえか!何やってんだ勤務時間中に」
「高嶋さん!てかお前がいうな!今張り込み中なんだからこっちくんなよ」
「そうだよ高嶋おっさんくせーぞ」
「ひかりちゃん呼び捨て!?めっちゃ酔っ払ってない?」
「ていうかいつの間にこんな飲んだの?注文なんかしてなかったのに」
テーブルはすでに殻になった梅酒ロックだったもので埋め尽くされていた。
「甘いですね、ここのテーブル席は二杯目以降はモバイルオーダーなんですよ」
「ターゲットに気を取られてる隙にこんなに……で結局高嶋さんは何してんすか」
「俺も仕事だよ尾行中!そこのカウンターにガラ悪そうなのと座ってる……あれ?いねえ!」
「は?てか俺たちが追ってた厳つい息子もいねーじゃん!そっちのツレかよ」
私もカウンターに体を向けるとすでに二人の姿は無くなっていた。
「高嶋さんがでかい声で騒ぐからバレたんすよ!ひかりちゃん追うよ。会計しといて」
「俺のせいかよ!てか待て、俺のターゲットだ俺が先に会計する!」
桜木さんは先に店を飛び出して行き、私も高嶋さんを突き飛ばしタッチ決済で会計を済ませ後を追った。
「桜木さん!二人は……」
外に出ると前の通りはサラリーマンや大学生で溢れ、二人の姿を見つけるのは不可能だと悟った。
最初の仕事でもうやらかした。
3人で途方にくれ立ち尽くしていると、向かいのパチンコ屋から袋いっぱいのお菓子を持った所長が出てきた。
「お、みんなお揃いで!見てこれ、今日七万勝ちー!これで今からガールズバー行っちゃおー!」
「仕事しろ!」
探偵にはまだ早い 水瀬智尋 @minase_tihiro
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