第10話



 「…しおり?」



 何がどうなってんだ…?


 そう聞きたかったけど、言葉はうまく出てこなかった。


 膝に手をつきながら、全身で息を吸った。



 「……ハアッ…ハアッ…」



 しおりは落ち着いてた。


 落ち着いて、乱れた服を整えてた。


 額にうっすらと汗をかいてた。


 前髪が湿って、ほんのりと頬が赤かった。


 長い後ろ髪を束ねながら、ヘアゴムを口に咥える。


 手際の良い動きだった。


 赤いスカーフのついたブラウスと、紺色のスカート。


 袖は捲られていた。


 透き通った白い肌が、柔らかい袖の下に伸びていた。


 


 「はじめまして」


 「…は?」



 …はじ…めまして…?



 ひとつ結びにした髪を下ろして、彼女は立ち上がった。


 立ち上がるなり、何事もなかったかのように近づいてきた。


 聞きたいことはたくさんあった。



 数えきれないほど、たくさん。



 でも、何を言えば良いのかわからない自分がいた。



 さっきのこと。


 ここまで、走って逃げたことも。



 賽銭箱の上にある包丁が「何」なのか、今すぐに問いただしたい気持ちもあった。


 でも、言えなかった。


 “動けなかった”と言った方がいいかもしれない。


 …多分、そうだ。


 感覚としては、それに近い。


 別に緊張してるとか、そういうんじゃないんだけど。

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