第4話

 荷物の少ない月曜日。午前の配達を終え、端末を確認すると午前指定の集荷依頼が入っていることに気が付く。

 黒澤さんからの依頼なのに、今日は私指名ではない。すぐに林崎さんからの電話が鳴った。

「どうする?指名じゃないから俺行こうか?」

林崎さんに行ってもらった方が楽ではある。しかし、何だかいつもと違うこの依頼に違和感を覚えて、咄嗟に答えた。

「大丈夫です。私行きます。」


 インターホンを押すと、少し時間があいて、

「はい」

と返事があった。それは旦那さんの声だった。私は少し戸惑いながら

「こんにちは。集荷に伺いました」

と答えた。

 インターホンに旦那さんが出るのは、初めてのことだった。奥さまに何かあったのだろうか?

 ドアが開くと、旦那さんが軽く会釈して、玄関へと招き入れてくださった。玄関には、みかん箱くらいの段ボールが一つ、梱包されずに置いてある。

「婆さんがいないもんだから、わしじゃ勝手がわからんもんですまんね」

「奥さま、お出かけですか?」

何気なく聞くと、思いもよらない答えが帰ってきた。

「二人でケア付きのマンションに引っ越すことになってね、婆さんは息子夫婦と先に行って手続きしてるんだよ。ここは静かで気にいってるんだが、震災の時もそうだけど、高層階はエレベーターが止まるとどうしようもなくてね。仙台は一年に一回はエレベーターが止まるような地震がくるから、低い階に住みたいって婆さんが言うんだよ。」

私は新しい伝票を旦那さんに渡しながら頷いた。

「皆さん、市民センターにしばらく避難されてましたもんね。とてもじゃないけど、昇り降り出来ないって」

「来月には、ここを引き払うよ。あんたには随分世話になったな。婆さん、あんたがお気に入りだった。他の奴は、忙しい時間に集荷頼むと露骨に迷惑そうな顔して来るけど、あんたなら安心して頼めるから良いんだって」

ウエストポーチから、ガムテープを取り出しながら、私は微笑んだ。

「ありがとうございます。黒澤さんがお引越しされたら、寂しくなりますね」


 黒澤さんのお宅で少し話し込んでしまって、休憩に入ったのは正午を過ぎていた。

 娘が小学校にあがった頃から始めたこの仕事。黒澤さんは、数年前からずっと、私が出勤の日を待っていてくれるほど贔屓にしてくれていた。

 この団地も高齢化が進んでいる。しばらく会わないと思っていたら、亡くなっていたというお客さんもいる。

 今感じている寂しさも、日々の忙しさできっと忘れていってしまうだろう。すでに、母を失った悲しみを、忘れつつあるように。


 母の部屋の片付けは中断している。あの手紙と写真が、気になって仕方ない。でもそれは、私が探ってはいけないもののような気がして、先に進めずにいた。

「お義姉さんって、心当たりないの?」

娘が聞いた。

 心当たりはある。茨城にある父の実家には、父の兄とその奥さん、つまりが住んでいた。

「茨城の伯母さんのことじゃないかって思ってるけど……」

父が亡くなってから、父の実家とは疎遠になっていた。

 今回、母の死を知らせた際、電話口に出たのは従兄弟で、伯父はすでに亡くなり、伯母は施設に入っていると話していた。

「躊躇するのは分かるけど、このままずっとモヤモヤしたままにしとくの?モタモタしてたら、ホントの事を知ってる人、いなくなっちゃうんじゃないの?」

娘が私の顔を見つめた。

「私、お祖父ちゃんが生まれ育ったとこ、見てみたい」


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