最終話 クリスマスの誓い


それから――

勇運くんは退院し、いつも通りの日常が戻って来た。


守人さんと柴さんのケガは早くに治り、勇運くんとがれきに閉じ込められた連くんも、病院で検査を受けるも問題なしで、すでに夏海と保育園で毎日遊んでいる。事故が無事に収束し、いよいよ世間はクリスマス。街のいたるところが騒がしく、にぎやかに色めき立っている。


そんなクリスマス、当日。勇運くんと二人で、とある場所にきていた。そこは――



「初めまして、勇運くんのお父さん。三石冬音です」



勇運くんと守人さんのお父さんが、眠る場所。退院後、勇運くんから「クリスマスの日」について聞かれた。



『どこか行きたい場所ないか? パーッと、どこか行こう』

『あ、じゃあ……』



そこで、私が「勇運くんのお父さんに会いたい」と言ったわけだ。



「何もクリスマスに来なくったって……」



と、少し不満げな勇運くん。彼としては、もう少しパーッと出来るところが良かったみたい。だけど、今しかないと思ったの。今、この瞬間に会っておきたいって。



「それに、勇運くんも言ってたでしょ? お墓参りしたいって。お父さんと話したいって」

「う……」



観念したのか、私が座る隣へ、同じようにスッと膝を曲げる勇運くん。だけど、お父さんへ手を合わせた後……勇運くんは、素早く私へ向き直った。



「冬音」

「待って、もう少し」

「……」



まだ目を瞑ってお父さんとお話ししている私を、勇運くんはしばらく黙って見る。だけど、あまりにも長すぎたのか……



「時間切れ」



そう言って、私の左手をグイと引っ張った。



「わ、わわ」



急に体のバランスが崩れ、倒れそうになる。だけど、勇運くんがボスンと。私の体ごと抱きしめた。「ありがとう」と言って、勇運くんから離れる。いや、離れようとした。だけど……


見慣れないものが、私の左手にあって。太陽の光を受けてキラキラ光る物から、目が離せなかった。



「あの、勇運くん……コレは……」

「……指輪」

「えぇ⁉」



そう。私の左手の薬指に、指輪がはまっていたのだ。しかも、キラキラのストーンがついていて……。え、でも……、どうして指輪?



「入院している間、ずっと冬音のことを考えていた」

「私のこと……?」



驚く私に、勇運くんは私の手をとり、立ち上がる。私が立ちあがっても手は離さず、そのまま話を続けた。



「最初、冬音への気持ちは、秘密にしようと思ってたんだ。小さな弟がいるお前を、どうしたって好きになれないって……そう思ってたから」

「勇運くん……」


「だけど、俺の止まった時間を、冬音が進めてくれた。冬音がいなければ、俺はまだ過去から動けないでいた。お前が、俺を変えてくれたんだ」

「……っ」



ギュッ


勇運くんは、私の手を握る力を、さらに強めた。冬の寒さなんて関係なく、沸騰でもしてるかのような。そんな熱を持った、勇運くんの大きな手。



「そんなお前を前に、ずっと気持ちを隠し続けるのは……ムリだった。だから、改めて伝えたい。

冬音の事が好き。俺と、付き合ってください」

「勇運くん……」



まるでお辞儀をするように、私に向かって目を閉じた勇運くん。少しの時間を置いて、ゆっくりと瞼を開ける。



「お前と出会えて、俺も……そして兄貴も救われた。幸せだよ。俺たち兄弟は、幸運だ」

「っ、……」



その時、お父さんのお墓が目に入る。「一葉家の墓」――と掘られた文字を見て……ふと、ある事を思った。



「私の苗字……覚えてる?」

「忘れるかよ、”三石”」

「ふふ、うん。そう」



勇運くんは、さっき、私と出会って「幸運」だと言ってくれた。だけど、それは――私の力だけじゃない。



「私、小さな頃から四つ葉のクローバーを探すのが下手だったの」

「……いきなりだな」

「うん。でも聞いて」



ふふ、と笑った私に、勇運くんは口をへの字にしながら耳を傾けた。



「見つかるのはいつも三つの葉っぱで、一つ足りなくて。四つ葉のクローバーは、きっとないんだって。見つけられなかった時は、そうやって諦めてた。だけど、私……今、やっと見つけた気がする」

「……どこにも生えてないけど?」

「ふふ、そうじゃなくて」



お父さんのお墓を見る私。その視線を、追う勇運くん。



「私の苗字、”三”石の3。

勇運くんの苗字、”一”葉の1。

ほら、合わせたら――ちゃんと4になるでしょ?」

「!」

「だからね、勇運くん」



私たちって、出会うべくして出会ったんだよ。そして出会ったら最後、幸せになる運命だったんだよ。私たちは一緒にいることで、幸運の四つ葉になれるのだから――



「だから私、今すごく嬉しいの。昔から諦めていた四つ葉のクローバーを、今やっと見つけることが出来たからっ」



目の前にいる勇運くんを見る。少し俯いているからか、あまり顔が見えない。もしかしたら、四つ葉のクローバーなんて押しつけがましかったかな?なんて不安を抱く。

だけど……私も勇運くんと一緒で。自分の気持ちを隠す事は、もう出来なかった。



「私は、勇運くんといられることで幸せになれるよ。だから……こんな私だけど、……って、わぁ⁉」



突然。

ぎゅっと、勇運くんに抱きしめられる。それはスゴイ力で、だけど、なぜだか少し震えていて。そして、とても温かかった。



「バカだなぁ、お前……」

「ば、バカだもん……」


「そうだよな。道に出来た氷にさえ、はしゃぐもんな」

「む……ッ」



だけど私が文句を言う前に。体を離され、頬に両手を添えられる。



「分かってんのかよ。俺の告白は、”結婚するまで離さない”って意味だぞ」

「……今、知りました」

「そ。じゃあ……今、観念して」



言いながら。勇運くんは私に近寄り、そしてキスをした。何度も、何度も。



「冬音」

「ん、勇運くん……」



勇運くんの背中に手を回す。その時、太陽の光を受けてキラリと輝いた指輪が、まるで私たちを祝福するように。スポットライトを当てるように。辺り一面を、明るく照らした。



「冬音の隣から、もう離れない。だから覚悟して」

「ふふ、うん」



私だって、そうだよ。勇運くんの隣を、もう離れない。この四つ葉が欠けないよう、そばにい続ける。


そうやって私たちは支え合い、そして想い続けていくんだ。その先に続くのは、きっと幸せの道だから――



「なぁ、冬音」

「ん、なに?」



キスも終わり、体を離した後。勇運くんは、なんだか少し照れくさそうに、こんな事を言った。



「子供は、3人くらいほしい」

「……ぶ、げほっ⁉」



い、いきなりすぎるよ、勇運くん!!


思わぬ発言に、私の方が顔を真っ赤にしてしまう。でも、よくよく考えたら……



「勇運くん、子供は……」



そう。勇運くんは、今は夏海こそ大丈夫になったものの、昔は大の子供嫌い。そんな勇運くんが子供って……。それは、ちょっと無謀なんじゃ……。だけど、私の不安を吹き飛ばすように。勇運くんは、私の頭にチョップを入れた。


ゴスッ



「い、いたい……っ」

「暗い顔をしてるからだ。冬音は、もう知ってるだろ? 俺が子供嫌いを克服した事くらい」

「で、でも……」



それでも不安がる私に、勇運くんはまたキスをした。そして今まで見たこともない優しい瞳で、私を見つめる。



「俺は、もう大丈夫だから。冬音が隣にいれば、なんだって大丈夫になれるんだ」

「勇運くん……」



あまりにも幸せそうな顔で、そう言うものだから。私の不安も、一気に吹き飛んで行く。これから先、まだまだ困難が待ち受けているだろう。だけど、私たちが一緒にいれば怖い事なんてない――って。そんな事を思った。


すると、その時――


プルル



「電話……げ、兄貴」

「守人さん? ”今日は仕事だから一緒にお墓に行けない”って言ってたのに」



勇運くんが嫌々電話を取ると、「遅い」と。少し怒った声をした、守人さんの声が聞こえた。



「なんの用だよ。墓参りなら、もう終わったぞ」

『それはいいんだよ。ただ、嫌な予感がしてね。それで電話をかけたんだけど……勇運、冬音ちゃんに何もしてないよね?」

「(ギクッ)」



告白だけにとどまらず、指輪を渡してプロポーズをした挙句、めでたく結ばれキスしまくりました――なんて。そんな事は、口が裂けても言えない私たち。無言で顔を見合わせ、そして……思わず苦笑を浮かべる。


すると、守人さんが「それより」と。電話の向こうで、話を変えた。



『母さんが心配してたよ。大学、教育学部を受けるんだって?』



「え⁉」と驚いたのは、私。今まで「勇運くんはどこを受けるんだろう」なんて疑問に思ってたけど、結局聞かずじまいだった。だけど……まさか、教育学部だったなんて……!


でも、なんでだろう?――と思っていると。本人の口から、その理由が明かされる。



「あぁ、言ってなかったっけ? 誰かさんに勉強を教えてたら、教師も向いてるんじゃないかって思ってさ」



その時、私は自分を指さす。誰かさんって、私のこと?という意味で。すると勇運くんは「当たり」と言わんばかりに、私の頭をクシャリと撫でた。すると電話の向こうでは、守人さんがため息を漏らす。



『はぁ、それを先に言わないと。母さん、ビックリして目を回してたよ。早く教えてあげなよ、子供嫌いは克服したって』

「……そうだな」



ふッと、私を見て笑った勇運くん。その笑顔を見て、さっき彼が言った事を思い出す。



――子供は、3人くらいほしい



「……~っ」



あぁ、勇運くん。さっきの言葉、あれは本当だったんだね。本当に、私との子供がほしいと。そう願ってくれているんだ。


私と同じ未来を望んでいると知れて……。嬉しくて、じわりと涙が浮かぶ。そんな私に気付いた勇運くんが、今度は優しく手を握った。



「でも、母さんに報告するのは兄貴も同じだろ。”子供嫌いを直しつつある”って。あと、可愛い後輩が出来そうだって、早く教えてやれよ」

『後輩って……。夏海くんは、まだ保育園児だからね?』



フフ、と笑みが零れる守人さん。その笑い声が、本当に嬉しそうに聞こえて……私は思わず「ありがとう」と呟いた。


すると、小さな私の声は聞こえなかったはずなのに。守人さんは「冬音ちゃん、一緒にいるんでしょ?」と勇運くんに確認する。



「あぁ、隣にいる」

『じゃあ、伝えといて。僕はまだ、君を諦めないからねって』

「……じゃあ切るからな。もちろん、聞かなかったことにする」



すると「勇運のケチー!」という声と共に、電話は切れる。私は、ちょっとだけ守人さんの怒声が聞こえてしまって……「アハハ」と苦笑を浮かべた。



「ったく、油断も隙もないな。って事だから、卒業と同時に結婚するぞ、冬音」

「え!」


「じゃないと悪い虫がつくだろ、善は急げだ。今から式場の下見に行こう」

「えぇ~⁉」



そんな事を言ってしまう勇運くんに驚きつつも。だけど、心は踊っていて。



「ど、ドレスは……白色がいいです」

「……」



と、さりげなくリクエストを要求する私。



「あと、フワフワなやつ……ッ」

「~っ、はは!」



すると勇運くんは盛大に吹き出して「やっぱりはしゃぐ冬音はいいな」と大きな声で笑った。



「あと、ケーキは五段くらいほしくて……あ、二人お揃いのマグカップも欲しいなっ。あ、あとはね!」

「……――うん」



子供みたいに頬を赤くして、未来を語る私を見た後。勇運くんは、お父さんのお墓に目をやった。そして、



「俺が立派な父親になれるか――

また見守ってくれよ、親父」



幸せそうに、微笑むのだった。




【 完 】

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お巡りさんな彼と、その弟は、彼女を(密かに)愛する またり鈴春 @matari39

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