第13話 観覧車でのささやき


ジェットコースター、コーヒーカップ、メリーゴーラウンド。メインと呼ばれる乗り物には、一通り乗った。あと制覇してない物と言えば……



「やっぱり、お化け屋敷は外せないですよねっ」

「え、冬音ちゃん。平気なの?」

「もちろんですっ」



手でグッとサインを送れば、守人さんは暫く無言になった。どうしたのかな?なんて思って、いまだ繋がっている手を、クンと短く引っ張ってみる。



「あ、あぁ……ごめんね。中、そうとう暗いと思うけど……平気?」

「? はい。お化け屋敷は昔から好きで、一度は入らないと気が済まないんです」

「そっか……うん。分かったよ」



ニコリと。守人さんは優しい笑みで、返事をしてくれた。この確認の仕方……もしかして、守人さんがお化け屋敷を苦手だったりして?



「……ふふ」

「冬音ちゃん?」

「いえっ」



大きな大人の人で、お巡りさんで。こんなにカッコいい人が、お化け屋敷が苦手だったら……ちょっと可愛い。お化けを見て「わー!」と驚く守人さんを想像して、思わず口元がにやけた。



「お化け屋敷はガラガラだね。すぐ入れそうだけど……」

「もちろん、行きますよ!」



守人さんの手を引っ張って、スタッフさんに「二人です」と申告する。「お気をつけて~」と言われて、重たい扉がグググと開かれた。中は――真っ暗。



「これは、想像以上だね」

「雰囲気がてんこもりですね……っ」



だけど、本当に真っ暗というわけではない。ちゃんと足元に灯りが灯っていて、通路を案内してくれている。ひゅ~ドロドロ……なんて音も流れて、迫力満点だ。



「何が出るんでしょうね」

「ウキウキだね、冬音ちゃん」

「ふふっ」



ウキウキなのは、お化けが出た時に守人さんがどんな反応をするか楽しみにしてるんです――と、心の中で静かにほくそ笑んだ私。


そんな私の耳に、ヒタ、と。何やら足音が近づいてきた。


ヒタ、ヒタ……



「お、来ましたよ。守人さん!」

「真っ暗だから、どこから来てるのか全然わからないね」



ギュッと、繋いだ手に力がこもるのが分かる。守人さん、やっぱり怖いんだ。「えい」と、私は守人さんの手を握り返す。だけど、


その時だった。



「みーつけたぁ~」

「――っ!」



背後から、私の肩に軽く乗る手。その手の感覚を覚えた瞬間――ゾワリと全身の鳥肌が立つと同時に、脳内にある記憶が蘇る。


それは……



――つーかまえた~



あの日、成希に廃墟に連れて行かれ、逃げる私。成希は気味悪い笑みを浮かべながら、私に近寄り、そして「捕まえた」と。そう言ったんだ。



「ぁ、あ……っ」



そう言えば、この暗闇も廃墟を思い出す。あの廃墟の記憶は、無意識のうちに思い出さないよう蓋をしていたから……。今、その蓋が一気に外されたみたいで……っ。


グラリ、と。


視界が回る。立っていられないほどのめまいを覚え、これから自分が意識を失うかもしれない、と。そんな不安に駆られた。そして混乱した頭の中では、今、この場に成希がいるような気がして。尚も、私を追いかけているような気がして。


そんな中で気を失ったら、成希に何をされるか分からない――警鐘を鳴らした本能が、ガツンと、私の頭を内側から殴る。


すると、反応したのは私の口。訳が分からない中、とっさにこう叫んでいた。



「――……勇運くんっ!!」



勇運くん、勇運くん。


あの日、あの時。私を助けてくれた勇運くんの姿を思い出して。いつも私が辛いときに、そばにいてくれた勇運くんを思い出して。まるですがるように、掠れた声で名前を呼んだ。



「勇運くん……っ!」



すると、


パシッ



「ひ……っ!」

「落ち着いて、冬音ちゃん。僕だよ、守人」

「しゅ……」



守人さん……?


訳が分からず、泣く事しかできない私を見て。守人さんは、お化け役のスタッフさんに「すみません、非常口は」と話をしていた。そして、何やら事情を察してくれたスタッフさんは「こちらです」と、速足で移動する。だけど、肝心の私は、歩くことが出来なくて……気づけば、床に座り込んでいた。


もちろん、そんな私を置いていく守人さんではない。私の前に腰をおろし「はい」と、広い背中を見せる。



「冬音ちゃん、乗って」

「え……」


「とりあえず、ここから出よう。それまで頑張れ、冬音ちゃん」

「……す、」



すみません――と。それしかいう事が出来ず。私は、力の入らない腕や足をなんとか動かして、守人さんの背中にしがみついた。すると守人さんは、スクッと立ち上がり、スタッフさんの後に続く。


後ろから見た守人さんの顔は、暗いのもあって、よく見えなくて……。今、何を考えてるんだろうと思っている間に、明るい外へと出たのだった。





お化け屋敷のアトラクションから離れた場所で休憩する。ちょうどいい場所に、パラソル机と椅子があり、守人さんの買ってきてくれたジュースを飲みながら、気分を落ち着けていた。


その時。



「ごめん」



守人さんが、私に向かって頭を下げた。切ない声で謝りながら。



「お化け屋敷に入る前、心配したんだ。もしかしたら、冬音ちゃんがフラッシュバックするんじゃないかって」

「え……、じゃあ」



守人さんが、お化け屋敷に入るのを何度も確認していたのは……私のため?



「だけど冬音ちゃんがあまりにも楽しそうにしていたから、止めなかった。大丈夫だろうって思った、僕の誤算だ。怖い思いをさせて、本当にごめんね」

「いえ……私が、いけないんです。ちょっとでも、そういう可能性があるって、もっと慎重になるべきでした。私こそ、お見苦しい所を見せてしまって、すみません……っ」



守人さんは、こんなにも私の事を考えていてくれたのに。私は、守人さんの怖がる顔をみたいだなんて……最低なことを思っていた。私、人として最悪だ……。



「本当に、ごめんなさい……」



落ち込む私。だけど、そんな私の肩に、守人さんがゆっくり手を添えた。



「冬音ちゃんは悪くないよ。だって、目の前のお化け屋敷のことしか考えられないくらい、遊園地を楽しんでくれてるってことでしょ? それは、僕にとって凄く嬉しいことだよ」

「守人さん……」


「ありがとう冬音ちゃん。僕もね、今日がすごく楽しいんだ。冬音ちゃんと遊園地に来られて、本当に良かった」

「……はい」



きっと、大人の気遣いなのだろう。守人さんは、こういう時に相手を思いやれる、優しい人だから。そんな優しい人を前に、私は……



――勇運くんっ!!



違う人の名前を呼んでしまった。


もちろん「あの時、勇運の名前を呼んだね」なんて。そんな意地悪なことを言う守人さんではない。聞かなかったことにしてくれてるのだ。私のために――



「……っ」

「……ねぇ、冬音ちゃん。アレ乗らない?」

「え?」



深刻な面持ちの私に、守人さんはわざと明るい声で言った。指をさしたのは、観覧車。



「ここの観覧車、すごく大きくて高い所まで行くから、きっといい景色が見られると思う。大きい分、乗ってる時間も長いだろうし――観覧車の中で少し休憩したら、ゆっくり帰ろう」

「……はい」


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