第9話 素直な勇運くん②


「……ゆ、くん、今……っ」

「……」



勇運くんを見ると、勇運くんも驚いていて。そしてしばらくの沈黙の後――ボンッと顔を赤くした。



「え……ごめ、今!」

「……っ」



もちろん私もすっごく驚いた。だけど、私よりも驚いた反応をする勇運くんを見ると……反対に私は何も言えなくなって、ただ黙って、勇運くんを見つめる。



「~っ、や……悪い。ちょっと近づいただけで、本当にするつもりは、」



片手で顔を覆い「あ~」なんて言う勇運くん。なんだか、ちょっと可愛く見えて来た。



「ごめん……嫌だったよな……。悪い、ごめん」

「……っぷ」



あの勇運くんが、こんなにも小さくなって「ごめん」を繰り返してる。もともと怒ってなかったけど、こんな姿を見せられたら、誰でも「もういいよ」って笑って許しちゃうよ。



「勇運くん、気遣ってくれてありがとう。でも、大丈夫だから」

「でも……」


「勇運くんだから、大丈夫」

「…………え?」



ん?

私、今――なんて言った?


キスしてごめんな、と勇運くんが言ってくれた。そして私は、勇運くんだから大丈夫――と。とても意味深な発言で返してしまった。



「……」

「……っ」



もちろん、勇運くんは固まった。実際に口にした私も。気付いたら、そう言っていた。気付いたら、喋っていた。言葉にして初めて「ん?」と、疑問を持ったのだ。



「なぁ、それって……どういう事だ?」

「ど、どういう事……なんでしょう?」



自分でも分からない、自分の発言。私の頭と、私の心。それらは、どうやら……それぞれ違う感情を宿しているらしかった。



「なぁ、冬音」

「っ!」



三石、じゃなくて――冬音。初めて呼ばれたわけじゃないのに、初めて聞いたようなドキドキが、私の心臓をキュッとしめつける。


そんな中、勇運くんは私と離れた距離を、再び近づけた。ベッドに寝る私に、もちろん逃げ場などなく。私はひたすら、勇運くんの顔が近づいてくるのを、顔を赤くして待つだけ。


カッコイイ顔に、さっきのキス――色んな事が渋滞して、思わず目を回してしまう。もう、これ以上は……っ。



「す……すと、っぷ……っ」

「……」



ぎゅむ、と。なんとか手を伸ばし、勇運くんの口に蓋をした。私の手により、目しか露わになっていない勇運くんは……不満そうに、私をジト目で見る。



「この手、なに」

「何って……勇運くんこそ、何をしようと、してるの……?」

「なにって……決まってんだろ」



き、決まってるんだ……。呆然としながら、勇運くんの言葉を待つ。すると、案の定というか。勇運くんらしい答えが返ってきた。



「もう一回、冬音にキスしようとしてた」

「……~っ」



私は「ひゅっ」と喉を鳴らした後、ゲホゲホと咳きこんでしまう。そして運の悪いことに……気管が刺激されてしまい、なかなか治まらなかった。すると心配してくれた勇運くんは、私がお守りにしていた布団をはぐり、露わになった私の体を横向きにした。



「げほ、げほッ」

「おい、大丈夫かよ……」

「ごめ、げほ」



とんとん、と。勇運くんの手が、背中をリズム良く叩く。心地いい振動に、咳も混乱していた頭も、少しずつ平穏を取り戻した。



「もう大丈夫、ありがとう」

「……」

「勇運くん……?」



見ると、勇運くんは私を凝視していた。じーっと、物珍しそうに。


……ん? 物珍しそうに?


彼の視線を辿ると、私の部屋着姿。

そうだ、ここは病院だった!



「ひゃあ!」



家にあった適当な部屋着を、お母さんに持ってきてもらって……今それを着ている事を忘れてた!恥ずかしくなって、慌てて布団をかぶる。パジャマじゃないけど、部屋着も充分恥ずかしい……っ。



「み……見た、よね?」

「見た、けど別に裸を見たわけじゃないから安心し、」

「それでも、恥ずかしいよ……っ」



シーツを頭まで被る私に、勇運くんは「……なぁ」と、何かを聞きたい様子。丸くなった私に、布団の上からソッと手を置いた。



「聞いてもいいか」

「な……なに?」



少しくぐもって聞こえる、勇運くんの声。その声が布団の中で少しだけ反響して、まるで勇運くんに包まれてるみたいで……思わす、背筋がキュッと縮む。



「その姿が恥ずかしいのってさ……”俺”に見られてるから?」

「……へ、」


「”俺”にキスされたから、嫌じゃなかったの?」

「ちょ、ま……っ」



待って――と言おうとした時に、勢いよくバサリと布団がはぐられる。そして、私が目にしたのは……



「もう一度いう。

今、冬音にキスしたい」

「……~っ、」



眉に力の入った、真剣な顔の勇運くん。耳は赤く染まり、たった今「キス」と口にした唇は、力強く真横に結ばれている。



「わ、私は……っ」



ドキドキしすぎて、頭が本当に真っ白になって――近づく勇運くんを押し返すことも、思いとどまってもらうことも出来ないまま、ただ固まるしかなかった。



「冬音」

「~ッ」



二人の距離が、少し、少しと近づいた――

その時だった。


ガラッ


「ねーちゃん~!」



ドアを開け、勢いよく入って来た人物。

それは、半泣きの夏海。



「な、夏海……っ!」

「!!!?」



もちろん、勇運くんは私からすぐ離れたし、私も再び布団を体にかけた。すると幸いにも「二人の近すぎた距離」は夏海に見られてなかったようで、夏海は一目散に私の元へ走って来た。



「ねーちゃん、無事でよかったぁ~!」

「夏海……、心配かけてごめんね」

「ねーちゃん~!」



私は体を起こして、泣きじゃくる夏海の背中にポンと手をやる。私が家にいないのは、きっと修学旅行以来だったから……昨日の夜。夏海、寂しかっただろうな。


……ん?

っていうか……。

夏海と勇運くんが、同じ部屋にいる?


それって、

とってもマズイんじゃ――!?

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