第3話 好き、だから問題なし

「はぁ、美味しい……トマトジュースが1番だったけど、笠原くんの血が1番いい」


 目の前には制服姿で俺の血を吸って顔を赤くしながら手を頬に当てて幸せそうな表情をする朝比奈。


 トマトジュースを作って彼女に飲んでもらうはずが、俺はなぜか今、ベッドの上にいる。


 周りから見たらこれはどうみても俺が襲われているようにしか見えない。


「あ、あの、朝比奈……トマトジュースは……」

「トマトジュースもいる。けど、今は、笠原くんが欲しい」


(何か、エロいんだが……)


 俺が欲しいというのが血が欲しいっていう意味とわかっていても言い方がとてもエロい。


 朝比奈が俺の顔を覗き込むとさらりとした髪が顔に当たりくすぐったい。


「そうだ。笠原くんにはもう1つお礼しないといけないことがあった。しつこく付き合おうって言ってきた男から守ってくれてありがとう。昨日の笠原くん、とってもカッコ良かった」


 カッコ良かったなんて女の子に言われたことがないので、素直に嬉しく、そして照れる。


「どういたしまして。カッコいいことした覚えはないけど……」

「とてもカッコ良かったよ。惚れちゃうくらい」

「ほ、惚れるって……俺、今までモテたことないんだけど」

「それは笠原くんのカッコよさにみんな気付いてないだけ。つまり、気付いた私は独占できる」


 朝比奈は、ペロリと舌なめずりをするとまた血を吸うかと思ったが、ぎゅっと抱きついてきた。


 ふわりといい匂いがし、体が密着しているこの状況は非常にマズイ。昨日まで話したこともないただのクラスメイトだったはずなのになぜ俺達は恋人のようなことをしているのだろうか。


「笠原くん、いい匂い。後、温かい」

「あ、朝比奈……離れてくれないか?」

「何で?」

「いや、何でって今のこの状況がいろいろマズイから」

「マズイ? 幸せタイムなのに?」


 朝比奈にとってはそうなのかもしれないが、俺は非常にマズイ状況だ。理性がプチっと切れそうだし、付き合ってもないのにこんなことをしてはいけない気がする。


 それにしても朝比奈は警戒心がなさすぎる。一人暮らしをしている俺の家に来て、勘違いさせそうなことを言ったりして、普通に危ない。


「朝比奈。昨日、わかったと思うが、この世の中、危ない男もいる。だから好きじゃない人に抱きつくのはやめておいた方がいい」


 朝比奈のためにそう注意をしたが、彼女は俺から離れない。


「笠原くんのことは好き。だから問題なし」

「問題ありだよ。後、3秒で俺から離れてベッドから起き上がらなかったらトマトジュースはなし」

「それはいや」


 朝比奈はそう言うと俺から離れ、ベッドから素早く降りる姿を見て、トマトジュース好きすぎだろと心の中で突っ込む。


 俺も起き上がり、ベッドから降りるとキッチンへと向かう。


「笠原くんは、彼女いるの?」

「いたらまず朝比奈を家に呼ばない」

「それもそうか……ふふっ、もしかして、私が1番?」

「何が?」

「女子を家に呼ぶの」

「…………」


 黙り込み、キッチンに着くと後ろから殺気を感じた。


「誰?」


 まるで浮気がバレて問い詰められた場面のようにこの場が凍りついた。


「気になるの?」

「気になる」

「……クラスメイトの花宮紗奈はなみやさな。友達だ。ちなみに家に来たときは久保田蒼空くぼたそらもいた」

「笠原くんが花宮さんと久保田くん、よく一緒にいるから友達なのは見てわかる。友達なら安心。取られる可能性は……ん? ねぇ、笠原くん。花宮さんとは本当に友達?」


 取られるって、彼女は、何の話をしているのだろうか。


「紗奈とは高校からの友達だよ。先に言うが、紗奈は蒼空と付き合ってるからな」

「そう。なら安心」


 朝比奈は、ホッとすると嬉しそうに俺の隣に立った。


(さて、トマトジュース作るか)


 トマトは大きいものを使い、ヘタを取ってからミキサーに入る大きさに包丁で6等分にする。


「ミキサー、やる?」

「うん、やりたい」


 トマトをミキサーにかけるのは朝比奈に任せて俺は隣で見守ることにする。


「そう言えば、朝比奈、吸血鬼って言ってたけど、両親も?」

「ううん、吸血鬼なのはお母さんだけ。お父さんは普通の人間。で、私はハーフ。人間でもあるし吸血鬼でもある」

「へぇ、そうなんだ」


 吸血鬼である母親と普通の人間である父親がどう出会ったのかとても気になる。


「笠原くん、もしかして私のこと興味ある? 笠原くんになら何でも教えてあげるよ」


 またこの子は危ない発言を。気を許してくれるのは嬉しいのだが、学校でみんなに振る舞う姿と俺といるときのギャップが凄い。


「まぁ、吸血鬼って聞いたらいろいろ気になることはあるよ」

「私のスリーサイズは気にならないの?」

「それは……って、何聞いてるんだよ、朝比奈」


 俺も男だ。気にならなくはないが、聞いていいことなのかと困る。


(見て大きさはわかるが、どれぐらいあるのだろうか……)


「ふふっ、気になるならいつでも聞いて。本当に何でも答えるから」

「……まぁ、気になると言えば、クラスメイトと話すときに敬語なのが気になる」

「大した理由はないよ。お婆様が誰に対しても敬語で話しなさいって言われてそれを守ってきただけ。けど、仲良くなりたい人と話すときに敬語だと距離を感じるから笠原くんと話すときはため口がいい」


 クラスの清楚系美少女から仲良くなりたいと言われて嬉しくないわけがなかった。


「笠原くん、できたよ。一緒に飲む?」


 ミキサーをかけ終わり、朝比奈は、俺もどうかと聞いてくる。量的に2人分ほどあるので俺が飲んでも飲みたい朝比奈さんの飲む量が少ないということはなさそうだ。


「じゃ、少しだけ」

「わかった」


 朝比奈さんにとってトマトジュースは生きるために必要なものらしいし、俺は少しだけもらうことにした。


 コップにトマトジュースを入れ、ソファに移動して座ってから飲む。トマトジュースなんてほとんど飲む機会がないのでこんな感じと思いながら飲む。


 半分飲んだところで隣に座る朝比奈が俺の腕をツンツンとつついてきた。


「どうしよう、笠原くん」

「どうしたんだ? 何か変なものでも混ざっていたのか?」

「ううん、美味しい!」

「……そ、それは良かった」


 俺は、まぁ、うん、あれだったが、朝比奈にとってトマトジュースは、目をキラキラさせるほど美味しかったのか。


「トマトを買えばトマトジュースが飲める……何で気付かなかったんだろう。気付いた笠原くんは天才!」

「いや、成績1位の朝比奈の方が天才だよ」


 成績優秀、スポーツ万能な彼女は入学してから近寄りがたい雰囲気があった。けれど、話してみて知らない彼女を知って、朝比奈は、親しみやすいと思った。






  

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