第2話 痛くしないから吸ってもいい?

「少しだけ吸わせてください」


 彼女はハッキリと俺にそう言った。聞き間違いじゃないことはわかったが、問題なのはどこを吸うのかだ。


 てか、吸うってどういうことなんだ? あっ、もしかして喉が渇いてストローで吸いたいものでもあるのかな。


 いや、けど、それなら飲み物が飲みたいとそういう言い方をするはず。吸いたいなんて言い方はしないだろう。


「す、吸うって、何を?」


 そう尋ねると朝比奈は俺の首筋を触り、俺はドキッとした。


「こことか……痛くしないから吸ってもいい?」

「ちょっ、えっ、吸う?」

「私、吸血鬼。血じゃなくてトマトジュースでもいいんだけど、最近なぜかどこの店に行ってもトマトジュース売ってなくて、飲んでない。だから体調悪くてふらふら……」


 どうしよう思考が追い付かない。さらっと吸血鬼と言われ、血じゃなくてもトマトジュースでいけるとか、情報量が多すぎる。というか吸血鬼がいることに驚きなんだが。


「あっ、だから倒れそうになってたのか」

「うん……」

「トマトジュースなら自販機に売ってそうだけど」

「ないの……ここ1週間。どこを探してもない。誰か私を殺そうとしてる」

「いや、それは……」


 自販機に売っているトマトジュースを全て買う人がこの学校にいるとは思えないし、殺すなんてそんな物騒なこと考えている人はいないはず。


 けど、どうしよう。体調が悪そうなのは見てわかる。吸血鬼であることはまだ半分信じることができないが、少しだけ信じよう。敬語を忘れるほど倒れそうな朝比奈さんを放っては置けないし。


「えっと、少し……吸ってもいいけど俺はどうしたらいい?」

「いいの?」


 朝比奈は、パッと表情を明るくさせる。


「ま、まぁ……俺が倒れない程度になら」


 漫画とかで吸血する場面は見たことがあるが、吸血鬼には詳しくはない。血を吸われすぎて倒れのではないかという心配がある。


「ありがとう。大丈夫、ちょっとだけでいいの」


 彼女はそう言って辺りを見回し、何かを見つけるとベンチを指差した。


「笠原くん、身長高いから座ってくれる?」

「あぁ、うん」


 腕時計を見てバイトまではまだ少し時間があることを確認し、俺はベンチへと腰かけた。


 すると朝比奈は、俺の目の前に立ち、第1ボタンを開けてきた。


(何か変な気分になってきたんだが……)


「しにくいから膝に乗ってもいい?」

「えっ、あっ、うん?」


 朝比奈は、他の人に見られたら誤解されそうな体勢になると落ちないよう首にしがみつく。すると少し下に視線をやると破壊力のあるものがあることに気付いた。


(目のやり場に困る……)


「本当にいい?」

「トマトジュースよりマズイかも知れないけど、どうぞ」

「ふふっ、ありがと。じゃあ、いただきます」


 舌をペロリとして、朝比奈は、首筋に鋭い歯を立てて、血を吸い始める。


(痛い……が、何だろうこの感じ……)


 不思議な感覚になっていると朝比奈は、耳元で「はぁ」と息を吐く。


「ん、美味しい……」

「お、美味しいんだ……」


 血の味って美味しいイメージないけど、朝比奈にとっては美味しいものなのだろう。


「これで1週間は大丈夫な気がする。美味しかったからあとちょっとだけいい?」

「う、うん……」


 

***



「ありがとう、笠原くん」

「どういたしまして。って、ヤバッ、バイトだ」


 カバンを持ち、朝比奈の方を見ると笑顔で手を振った。


「それは早くいかないと。私はもう大丈夫。1人で帰れる」

「……じゃあ、気を付けて」


 軽く手を挙げて俺は急いで学校を出た。血を吸われたから体調が悪くなるとか思ったが、そんなことは全くなく、バイトには無事間に合い、その日は終わった。


 翌日。教室に着くと先に来ていた朝比奈に話しかけられた。


「おはよ、笠原くん」

「お、おはよ……」


 声をかけられるなんて思ってもなかったので動揺してしまう。  


「私、基本は敬語だけど、笠原くんはどっちがいい?」

「どちらでもいいよ。クラスメイトなんだし楽な方で。俺もため口で話すから」

「……じゃあ、仲良くなりたいからため口で。改めて、お礼を言うね。昨日は命を救ってくれてありがとう」

「そんな大袈裟な……」

「大袈裟じゃない。トマトジュースがなくて倒れそうだったから」


 最初は、吸血鬼キャラになりきってる子なのかなとも思ったが、昨日の出来事があって彼女が本物の吸血鬼だということはわかった。まさか実在しているとは……。


「ところで、笠原くん。どこかトマトジュース売っているところ知らない?」

「なんで俺が知ってると思ったの?」 

「知ってそうだったから……」


(トマトジュースはどちらかと言えば好きじゃないからな……まず自分から買ったことがない)


「近くのスーパーにないって本当なのか? 見落としてる可能性とかない?」

「……見落としてるかもしれないから笠原くん、今日の放課後、お買い物に付き合ってくれる?」


 うるっとした目で可愛くお願いされ、俺は少し考える。


 今日はバイトもないし、彼女の買い物を断る理由はない。


「いいよ」

「やったっ。じゃあ……」


 彼女はそう言いかけ、俺の耳元で囁いた。


「また今日も吸わせてほしいな」

「えっ、いや、今日、買いにいくんなら俺の血は必要ないんじゃないかな?」

「そうだけど、笠原くんのとっても美味しくて気に入った。また欲しい」


 両手を合わせてキラキラした目で朝比奈は、俺を見てくる。


「吸わせて?」

「……他の人に頼めないの?」

「無理。一度美味しい血を飲んじゃったからもう他のは無理。ね、ダメ?」

「……そういや、家にトマトがあったような」

「トマト!」


 トマト好きなのか知らないが、彼女は大きな声を出し、その声に近くにいた人がこちらを見た。すると彼女は顔を真っ赤にして咳払いをした。


「こほん。トマトジュース、作れる?」

「まぁ、トマトとミキサーはあるし作れるよ。放課後、家に来て飲む?」

「……の、飲みたい!」


 今すぐに飲みたいのか朝比奈は、目をキラキラとさせた。


「わかった。じゃ、放課後はトマトジュースを作ろう」

「ふふっ、やったっ」


 子供のように笑う朝比奈を見て嬉しい気持ちになったが、女子を初めて家に誘う理由がトマトジュースを作るってどうなんだと思う俺だった。







       

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