第6話

小倉の赤坂海岸沖までゆっくりと進み海岸から100メートルあたりで『みちしお』が停止する。

「こんなに近くまで来て大丈夫でしょうか」

松岡が榎本に聞く。

「中国軍もこんな分かり易い攻め方をアメリカ軍がするとは思っていないだろう。こんなところは警戒していないさ」


そう言って、榎本は、陸自の吉村と島田、そして坂本を集める。

「冨野分屯地までは市街地を約1キロ、そして山中の坂道を約1キロ。ここを駆け抜ける。

私が機銃を背負う。吉村君と島田君で無反動砲と弾薬2発を頼む。りゅうちゃんは、機銃の予備の弾薬を背負ってほしい。そんなに重くはない」

吉村が榎本に問いかける。

「市街地や基地への道に中国兵がいるかもしれません。見つけたら交戦しますか」

「いや、途中で交戦しては分屯地を攻撃出来ない。

市街地は広い道路を避けて行こう。山道は一本道だから警戒しながらだな」


「榎本さんはこの辺りよく知ってるの」

坂本が聞くと、榎本は笑顔で答える。

「私はここから少し離れたところの大学にいたのさ。

小倉に友人が住んでいてよく来たものさ。今もその頃の同級生が何人かいて時々来ている。だから大丈夫」


そう言って榎本は、「さあ行こう」と言って機銃を取りハッチに向かう。

ゴムボートは延命寺臨海公園に着く。

そこで、榎本は、オールを持つ4人の海自に、我々が戻るまでここで待つように、しかし1時間過ぎても戻らないようなら『みちしお』に戻り、下関攻撃隊回収に向かうようにと指示する。


上陸した4人は榎本を先頭に身をかがめ駆け足で進む。

「待ってよ。そんなに早く走れないよ。休もうよ」

坂本が声を上げ弱音を吐くと、榎本が「しっ、声を出さないで」と言って坂本の手を取り坂本を引きずるように先頭を駆ける。

真っ暗な中を僅かな懐中電灯の明かりだけで、道路を横切り工場や駐車場の脇をすり抜け、民家の中を左右に曲がりながら『陸上自衛隊冨野分屯地』と標識のある山道の入口に到着する。


「みんな大丈夫か」

榎本が声をかける。

「大丈夫です」

吉村と島田が少し息の荒い声で答える。

「大丈夫じゃないよ。もう駄目だ。もう走れない、歩けない。僕はここで待ってるから、皆さんお先にどうぞ」

坂本が息も絶え絶えに答える。

「分かった。ここで少し休もう」


榎本はそう言いながら時計を見る。

「今、0327。0330になったら、出発しよう。りゅうちゃんはここにいて、私達が出たら、予定通り0400に攻撃と、松前、竜飛、下関の皆にメールを打って。私達が帰ってくるまで動いちゃだめだよ。

もし、0420になっても私達が帰ってこなかったら、『みちしお』に帰ってこのことを報告。分かったね」

「いやだよ。帰って来てよ。やっぱり僕も一緒に行くよ」

坂本の言葉に榎本は「だめだ」と答える。

「一緒の方が安全では」

吉村が小声で榎本に言う。

「いや、この先は敵の見張りがいるかもしれない。その時は私達だけの方が良い」

榎本の答えに吉村が頷く。

坂本もその言葉を聞いて諦めたようにリュックを榎本に渡し、ポケットからスマホを取り出すショートメールを打ち始める。


月もない真っ暗な中を、機銃とリュックを背負った榎本が歩き出し、無反動砲を二人で肩に抱えた吉村、島田が続き、やがて坂本の視界から消える。

それを確認した坂本は、道端に座り込み「0400予定通り」のショートメールを12人に送信する。


4時ぴったりに坂の上の方から爆発音が二度聞こえ、そしてタンタンタンと機銃の発射音が続く。

思わず立ち上がった坂本の耳に、坂の上から走ってくる足音とエンジン音、大きな叫び声、銃の発射音が聞こえる。

坂本が暗闇に目を凝らすと、榎本、吉村、島田が何も持たずにこちらに懸命に駆けてくる。

その後方に2台のヘッドランプと火花が見え、銃の発射音が響く。


3人に近寄ろうとした坂本に榎本が大声で叫ぶ。

「りゅうちゃん、逃げろ、来た道を逃げろ」

その声を聞いた坂本は脱兎のごとく駆け出し、その後ろを3人が続く。

よく覚えていたと思うほど坂本は全く躊躇なく来た道を右に左に曲がり、延命寺臨海公園に着く。

「もう大丈夫だ。追いかけてこない」

榎本が息を切らしながら言う。


「それにしても、坂本さん早いですね。行くときは、もう駄目だなんて言ってたのに、全く追いつけませんでしたよ」

島田が息を切らし、汗をぬぐいながらも笑顔で言う。

「うん。僕、逃げ足は速いんだよ」

坂本の言葉に思わず3人も笑う。

「後ろでなにか大勢の声が聞こえませんでした。それに光も」

吉村が言うと、榎本も「その後、ジープの音も銃の音も消えたような気がする」と頷く。


4人を待っていたゴムボートの所へ行き海自の4人と再会を喜び会っていた時、島田、吉村が震え続けているスマホに気付く。

「山南から電話です」と島田。

「私は原田から」と吉村。

二人がそれぞれ電話に出ると、「反撃されている」「至急救出頼む」と言う声が聞こえる。


その時、坂本のスマホも土方からの電話で震え坂本が耳を当てる。

「助けて、坂本君」

土方の泣き声が銃声の中から響く。

「大変だよ、とし美が助けてくれって叫んでる。すぐ行かなくちゃ」

島田と吉村も榎本に叫ぶ。

「榎本さん、山南たちをすぐに助けに行かせてください」

「ゴムボートに乗り込め。すぐに『みちしお』戻ろう。

4人が2艘のゴムボートに乗り込むと、海自の4人がそれぞれオールを力いっぱい漕ぎ出す。

「早く、もっと早く」

 坂本の声が暗闇に消えていく。


『みちしお』に着くと榎本は海自、陸自を集め指示を出す。

「ゴムボートは引き上げなくてよい。このまま曳航する。

島田君と吉村君は下関加茂島沖到着次第2艘のゴムボートにエンジン装着、全速力で加茂島行き4人を回収し『みちしお』に戻り、そのまま『みちしお』と並走して沖へ行きそこで4人と君たちを艦に戻す。

並走の際ゴムボートは『みちしお』の海側で並走するように。

島田君と吉村君はゴムボートの操作と4人の回収を担当。

私は機銃を持ち島田君のゴムボートに乗り回収の援護をする。

松岡は甲板でゴムボートの戻りに合わせ『みちしお』の進路を指示。

各員分かったな」


全員が頷く。

少し離れたところにいた坂本が思わず榎本に叫ぶ。

「ちょっと待ってよ。僕は。僕も行くよ」

「りゅうちゃん、いや、坂本君、今回君はここで待機。

土方が心配なのかもしれないが、銃弾が飛び交う所に民間人は無理だ」

「とし美が心配なのじゃ無くてさ。今回の計画は武市と岡田、僕の3人が言い出したんだよ。考えたのは武市だけれど。とし美から電話があったってことは、武市に何か起こったのかもしれない。

それなら、僕が確かめなけりゃ。

それに、武市か誰かが怪我でもしてたら、榎本さんは援護射撃で、島田ちゃんと吉村ちゃんはボートから離れられないし助け出すためにも、もう一人いた方が良いよ。ねえ、お願いだから僕も行かせて」


吉村が坂本を見ながら榎本に言う。

「彼らが島のどのあたりにいるか分かりませんし、私が上陸した時ボートが流されないよう残るものがいないと。

それに、武市さんも土方さんも坂本さんの顔を見ると落ち着くのじゃないでしょうか。そうすれば助けやすくなります」

「ありがとう、吉村ちゃん。ね、榎本さん邪魔にならないよう、役に立つようにするから」

榎本は仕方がないかと言う顔つきで、「それじゃ、坂本君は吉村君のゴムボートに同乗。さ、準備にかかろう」

 

下関基地攻撃隊の救助連絡を受けてから1時間足らずで加茂島から200メートル地点に『みちしお』が到着、曳航中にエンジンを取り付けたゴムボート2艘で4名が加茂島に向かう。

加茂島にちらちらと明かりが見えるが、銃弾の音は聞こえない。

一方、下関基地の方角から「ワーワー」と大勢の人の声が聞こえる。

「何が起こっているのでしょうか」

島に近づき、ゴムボートを慎重に操作しながら、島田が榎本に聞く。

「分からない。だが、基地からの攻撃はないようだ。このまま、加茂島に接岸してくれ」


懐中電灯の光を頼りに慎重に島田がゴムボートを接岸させる。

吉村もこれに続く。

ゴムボートのエンジン音を聞きつけた、数人が岸でゴムボートを引き上げる。

榎本が足元を僅かな光で照らしながら島に片足をかけ声を出す。

「榎本だ。みんな無事か」

「山南です。全員生きています。ただ、原田が左腕を敵の銃弾で負傷、武市さんが右膝の外傷です。両名とも土方さんが応急処置してあります」


暗闇の中から声が応える。

「そうか、御苦労。敵の攻撃は収まっているのか」

「はい、救助の連絡をした直ぐ後で攻撃が止みました。わーわーと大勢の声が聞こえたのと同じ頃です。状況は全く分かりません」

「分かった。ともかく退避だ。皆ゴムボートへ乗り込め」

榎本の声に、何人かの足音が近づく。

「とし美、無事か。助けに来たぞ」

坂本が暗闇に叫ぶ。

「坂本君、来てくれたんだ。ありがとう。

それじゃ、端平さんを御願い。私は原田さんの傷を押さえてるから」

「なんだ、武市、おまえどうかしたのか」

「岩に隠れる時に転んじゃってさ。膝を岩にぶつけたんだ。骨が折れてるかもしれない」

「大丈夫よ。ただの打撲と擦り傷だから」

横から土方が言葉を挿む。


榎本が指示を出す。

「原田君と土方はこちらのボートへ。

武市君と、山南君はそちらの坂本君と吉村君のボートへ。

坂本君、武市君に手を貸しなさい」

「本当にドジな奴だな」

坂本がぶつぶつ言いながら武市をゴムボートに引き込む。


4人が乗り込むと同時に吉村、島田がゴムボートを反転させ潜水艦『みちしお』へ全速力で向かう。

ゴムボートはすぐに『みちしお』の海側に回り込む。

それと同時に『みちしお』が前進、それに隠れるようゴムボート2艘も進む。

20分程並走したところで、『みちしお』が速度を落とし停止する。甲板に海自の数人が現れ8人を引っ張り上げる。


「ゴムボートを曳航したまま、前進。この場を離れる」

榎本の指示でさらに約30分ほど沖に出たところで『みちしお』は再度停止する。

そこで榎本がゴムボートを甲板に引き上げるよう指示し、それが終わったところで、全員を発令所に集める。

「これから、青森に向かうが、現在の状況を確認しよう。

まず土方、原田君と武市君の怪我の具合はどうか」

「原田さんは左腕上腕背側に被弾、筋肉に損傷は有りません。

貫通しているというより皮膚をこすったレベルかな。

手術の必要はなく、応急処理をしました。

この後、この艦の薬品で対応します。それで多分大丈夫かと。

端平さんは岩で転んでひざを打っただけなので、打撲と擦り傷です。消毒とシップで十分です」

「原田君、痛みはどうか」


榎本が原田に確認する。

「問題ありません。最近訓練をさぼってたので腕の下がプルンプルンしてたところにかすっただけです。

土方さんがすぐに止血してくれましたので、もう血も止まってます。もう一回攻撃出来ますよ」

原田が包帯を巻かれた左腕を動かそうとする。土方がその腕を押さえ叫ぶ。

「だめよ。動かしちゃ。傷口が開いちゃうから。安静にしてください」


横から、武市が声を出す。

「とし美はああいいましたけど、きっと骨折れてます。ほら、腫れてるし、押さえると痛いんだよ」

「うるさい奴だな。とし美が問題ないって言ったんだから問題ないんだよ。お前こそもう一回攻撃して来いよ」

坂本が、武市を鼻で笑う。

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