第4話 それぞれの持つ光

「今回のことは木崎が『お前をおとしめるために仕掛んだ』ことなんだよ」


 新谷の言葉に、芽衣は息を飲んだ。夕陽色に染まった会社の屋上には芽衣と新谷、二人の姿しかない。


 件の資料がなくなったと発覚した時、清水は周囲の社員に知らないか尋ねた。

すると一人の社員から『木崎が何の用もないのに清水のデスクをうろついており不審に思って見ていたところ、ケースから資料を持っていった』という証言が取れた。

清水は念のため、導入したばかりの室内の防犯カメラを確認した。


「で、案の定というか、証言通り、木崎がお前が置いた資料を持ち出している姿が映ってた」


 新谷の更なる言葉に、芽衣は驚く。


「あの女の大体の筋書きは分かった・・・・からな。だから課長と先手を打って“ひと芝居”打ったんだよ。他のやつにも協力してくれって言ったら、二つ返事で承諾してくれた」


 新谷は屋上の手摺てすりに肘をかけて、日が暮れていくオフィス街を眺めながら淡々と話した。


「そうだったんだね。みんな知ってたんだ。私、演技だって全然気づかなかったよ…」


 芽衣は自分が騙されたことより、周囲の演技に気づかなかったことに軽くショックを受けた。


「…望月は顔に出やすいからな。木崎あいつを完全に黙らせるためにはあいつに気づかれるとまずかったんだ。…でもお前は不安だったよな、ごめん」


 新谷は心底申し訳ないと頭を下げた。芽衣は首を横に振る。


「ううん。あ、会長さんもそれを知って?」


 あまりにも会長が出るタイミングが良すぎた。


「ああ…もしも木崎が素直に自分がやったことを認めてたら、改心の余地があるって、まだ会社に居させてほしいと言ってた。まぁ、そんな親心もあいつは踏みにじったんだよな。自業自得だ」


「………」


「あいつに同情するなよ?」


 俯いてしまった芽衣に、新谷は釘を刺した。


「してないよ。それより…新谷君が私のせいで辞めなくって良かった…」


 芽衣の安心した顔を見て、新谷は罰が悪くなった。

だがその反面、嬉しい気持ちも湧いた。

芽衣は自分自身のことよりも新谷のことを真っ先に心配していたのだ。


「…俺のことは心配しなくていい。俺、他社から引き抜きの話が舞い込むほど仕事は出来るからな。だから、仮にクビになったところで痛くも痒くもない」


 この感情を決して芽衣には気取られないように、新谷は必死に虚勢を張った。


「そっか、新谷君は優秀だもんね。…引く手数多なんだね、すごいな…」


 芽衣がとても寂しそうな顔をしたので、新谷は焦りだした。

『違う!そうじゃないんだ!』と心の中で叫ぶ。

芽衣が心配しない様に咄嗟とっさについた言葉だ。

だが彼女を落ち込ませてしまったようだ。


 芽衣は仕事ができないわけではない。

人より飲み込むスピードが遅いだけで、着実にこなしていくタイプだ。

サポートは誰よりも優秀である。

しかし芽衣は自分ができない人間だと思い込んでいる。だから新谷と自分を比較して落ち込んだのだ。

それと同時に、新谷を遠くに感じて寂しくなった。


 新谷は芽衣にそんな顔をさせたかったのではない。自分はぶっきらぼうだから、素直にうまく伝えられないのだ。

だが芽衣をこのまま落ち込ませたままにしたくない。


「まぁ…その、なんだ。もしクビになって俺が痛手だって思うことがあるなら…お前と離れること…なんだよ」


 新谷は少し照れながら、芽衣に聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。


「え?」


 芽衣は思わず聞き返す。

だが新谷は既にいつものポーカーフェイスに戻っていて、悪戯ぽく笑うだけだった。


「いつか、俺が独り立ちして起業したらさ。望月を俺の会社に必ずスカウトするから。だから今は下積みの期間だと思って、もうしばらくこの会社で頑張ってな」


 新谷は芽衣の頭にポンと片手を置いた。

芽衣は一瞬驚いたが、すぐ破顔して「うん!!」と明るい声で頷いた。





「やぁ、桃矢とうや君」


「…おう」


 短く返すと新谷あらたに桃矢とうやは男の隣に座った。


「何かいい事でもありましたか?」


「ん、まぁな…」


「それは良かった」


 若干頬が緩んで見える新谷の顔を見て、男は優しく微笑みかけた。

いや、笑ったというのは正しくない。

男には顔がない。

その頭部は豆電球だからだ。

だから表情がわからない。

しかしなんとなくそう察せた。


「芽衣さんと、もっと距離が縮むといいですね」


「ぐふっ!」


 買ったばかりのコーヒーを口にしていた新谷は盛大にせた。


「……おい」


 ギロッと男を睨む。


「…すみません」


 男は謝りつつ、コロコロと愉快な声をあげた。


「桃矢君、君はまさに『灯台』です。暗い海原を漂う船乗りを、人を導く強い光を放っている。しかし灯台は夜にその力を発揮するもの。昼は静かに眠り…そして輝ける夜を待つものです」


 新谷は男の言葉に聞き入っていた。


「…絶えず光り輝くのは、とても疲れます」


「……そうだな」


 新谷がしみじみと呟いた。缶コーヒーを持つ指に力が入って、微かに音を立てて表面が少し凹む。


「そんな貴方・・だから、芽衣さんの光が必要なのです。芽衣さんはとても穏やかな…そう、まさに蝋燭ろうそくの揺らめき、そのものなのですよ。とても儚く、とても小さな光。しかし静かに包み込む優しい癒しの光だ。人に欠かせない安らぎを与える尊い光なのです」


「ああ」と新谷は相槌を打った。


「だからその光を…あかりを絶えさせてはいけませんよ」


「……わかってる」


 男の言葉をしっかりと受け止めて、新谷は深く頷いた。


 去り際、新谷は男に聞いた。


「お前は人の心を『ともす』精霊なんだよな?」


 新谷に尋ねられて、男は自身の頭を撫でた。


「…そう言う人もいますね。『光を求める人』に私は見えるそうです」


「そうか」


 新谷は納得したように、短く頷く。

そのままでスタスタと歩き始めたが、すぐ立ち止まって男に向き返った。


「あー…一つ言っておく」


「?」


 男は不思議そうに“首を傾げた”。


「望月は俺よりもっとまばゆい存在だよ。お前の様に『灯り』に例えるなら俺にとっての『太陽』だな」


惚気のろけ、ご馳走様です」


 男は笑ったようだ。


「…言ってろ」


 途端に恥ずかしくなった新谷は、速足でその場から去っていった。








 ふと、豆電球頭の男は思いついた・・・・・


「なるほど。『灯台』と『蠟燭ろうそく』、双方とも今は夜をともすだけの明かりでしかないですが……」


 男は静かに月を見上げた。


「でもいつかは……二人で真昼の『太陽』ように輝く時が来るのでしょうね」


 それだけ言い残すと、男の姿は舞台のスポットライトが切れたようにかき消えた。



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宵夜のルーメン 甘灯 @amato100

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