惚れ性なのも考えものー②

 


 うわあ美人、うわあ美人。大事だから2回言った。



 薄らと残った左目を覆うようにある火傷跡なんのその。


 切れ長の薄茶色の瞳、石榴のように熟れた唇、柳のような眉に程よく高い鼻。


 神が丹精こめてパーツを創造、配置したであろう顔貌が、庶民平凡顔の胸元で花開くように笑っていらっしゃる。



 と、トンデモない美少女…!



 以前は顔を見せない様にしていたが、惜しげもなく披露する。タダで見ていいんですかこの芸術品。



「綴はどうしてこんなに所にいるのかしら?」



 こてんと首を傾げる姿は、小動物が首を傾げる仕草に似ている。



「か、か」


「か?」


「可愛いいいいいい!」


「ちょっと綴!」



 グリグリと頬擦りが止まらない、なにこの可愛い生物!



「つ、綴落ち着いて」


「可愛いいい本当すっごい、何でこんなに可愛いのおおお!」


「すみません」



 カチャリと側頭部に鉄の塊が向けられる。


 映画やドラマでしか見たことのない、その名も。



「ひえええ銃!?」



 しかもホールドアップした先には、



「お嬢様から離れて頂けませんか?性犯罪者」



 左目のモノクルが特徴的な、執事服着用のイケメンさんがいた。


 てか、



「性犯罪者!?」


「お嬢様に頬擦りするのなんて、二親等いない打首です」


「打首!?ご、ご勘弁をー!!」



 バッと突如現れた銃不法所持者男に土下座する。



「出来心だったんです!」


「性犯罪者は皆そういうんですよ」


「ひえー!」


「もう、カズミ。綴をいじめないで」



 白い滑らかな手が私に差し伸ばされる。ドキン…とか言っちゃって惚れやすい自分が嫌になる。




「お嬢様…性犯罪者に恩赦等」


「性犯罪者じゃないわ、綴よ綴」


「と、言いますと」


「そういえば忘れていたからお前には話しては無かったわね。ほら綴も立って。カズミの持っている銃はおもちゃよ」


「え、おもちゃなの?」



 じゃあ安し、



「アメリカの警察でも採用されている高圧スタンガンだけど、大丈夫よ」


「それ本当に大丈夫なの?」





「唐堂先輩!」



 人の輪から外れる様に、よれよれになった男子用の制服を着ている大きな黒縁眼鏡を掛けた男の子が…ってもしや。



「モサイさん?」



 スクっと立ち上がった私に、少女モサイさんが私に寄ってくる。


 最後会ったのいつだっけ。そういえばお見舞いに来た時ぐらいか。


 

「ひさび、」

「止まりなさい」



 着物の少女の声が私の声を掻き消す。


 ピタリ止まるモサイさん。



「お前が綴に近づかないで頂戴。穢らわしい」


「っ」



 本当に嫌そうに赤い着物の裾で口元を覆い、冷たい言葉を吐き捨てる。


 それにモサイさんの傍にいた男子が「オイ!」と着物の少女を諌めようとツカツカと詰め寄ってくる。



「何だ、テメエ」



 何だか守らなきゃと思った。


 無意識に着物の少女の前に飛び出てしまっていた。


 いや喧嘩得意なんて設定ないんだけど。


 茶色に灰色を交えたオールバックワイルドイケメン君が私を睥睨する。


 体格の良さと眼光が出す圧は正直怖い。


 ぶるりと震える私に、



「何だ随分ショボいシンカン・・・・だな」



 と、嘲笑うように彼は言った。


 シンカン?



「よして」



 我らがスーパー美少女清維が、私を守るようワイルドイケメン前に立ち塞がる。


 か、かっくいぃ僕らの清維さん。



「ンダよ清維。お前もクソ女の味方か?」


「違うわよ。綴はクラスメイトだし…それに綴は部外者なのよ、こんなところで話をするものではないわ」


「部外者ダア?」



 酷薄気味に笑った男は、再度私を睥睨した。



「クソ女に抱きついて可愛いだ何だ言うなんて部外者じゃねえんだろ」


「それは…」


「しかも口振りじゃあ知り合い見てえだし、これで無関係はねえだろが」


「…」


「なぁそうなんだろうブス」



 話を振られた私に清維がチラリと伺う様に見てくる。


 一応味方ではいるが私と着物の少女の関係を気にしているらしい。


 関係…関係ねえ。


 保険室に一緒に行ってちょっと重い話して、けど名前も知らないって。



………言って信じてくれるのか。



「どうしたァ?何も言えねェってことは疾しい関係か?」


「…」



 疾しい関係になってもいいんですか、なんて言ったら殺されそう。


 

「私は…」


 

 よく分からない、分からないけど。


 よく分からないことに巻き込まれそうになっているのは確か。



 取り敢えず誤解を与えないように、出来るだけ話を簡潔明瞭に話すぐらいしか思い付かない。



 そう思って口を開きかけ、



「綴は私のミケ・・・・よ」



 ふわりと後ろから抱き締められた。


 甘くていい匂い。


 甘ったるくも、どろりとしたその声に腰砕けそうになった。


 ワイルドイケメン君の瞳が見開く。


 なにシンカンとか、ミケとか、ミケってネコ?


 パッと他の人の顔を見れば皆が皆驚いたような顔をしている。


 何なんなの?



「綴」


「え」



 くるりと後ろを振り向かせられる、私の両手を握り締める着物の少女。


 小悪魔的な雰囲気と異なる妙な空気に、動きが止まる。



「私が、綴のオオミカ・・・・になる」


「へ?」



 美しく微笑む姿は先程の頬擦りしたくなるようなものではない。


 陰鬱で、儚くて。



「なって、あげるの。だって、綴助けて・・・欲しいんでしょ」


「っ」



–––邪悪なものに見えて、一歩後ずさりたくなる。



『綴はもっとグイグイ行かなきゃ』


『綴って可愛いわね』


『ふははは!綴…可哀想、本当に』



 心をぐちゃぐちゃにしたあの子がダブる。



『ねえどうして、どうして!』


「大丈夫、私がなってあげる」



 瞳は狂気に染まって、



「うん、て頷くだけでいいの」



 血の怨嗟を吐き出す。



 恋人同士の様に私を抱きしめて、耳元に口を寄せる。



 そして、



『私はいつまでアンタの、』

「神様に」



 甘言を囁いた。



 それに、



「…っ」



–––堪らなくなった。




 華奢な彼女の肩を掴み、バッと私から離す。



「綴どうし、」


「ならなくていい、いいんだよ」



 彼女の言葉を遮った。


 あの時言えなかったから、言わなきゃ彼女に。



 あの子に。


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