第10話 宴への招待
コメント欄が一瞬でざわめきに包まれた。
『え、今男の声しなかった?』
『笑い声だったよね?』
『空耳?』
『彼氏バレ配信きた?w』
『まさかのカップル配信?』
『スタッフさんの声?』
やらかした。
ゆづに近くにいてほしいと言われ、配信も上手く行っていたので油断して。一応声が乗らないように注意していたはずなのに。笑い声がしっかりと配信に乗ってしまった。
背中に冷たい汗が伝う。
「え、あ、あの……」
ゆづも動揺していた。どうすればよいか分からず、とにかくこちらを振り返る。
俺は慌てて首を横に振り、両手で「落ち着け」のジェスチャーを送った。
数秒の沈黙が流れる。もう放送事故と言っても過言ではない。最悪初手炎上の可能性もでてくる。
その間もコメントは止まらない。
『絶対いたよなw』
『今の笑ったのお兄ちゃん?』
『影に男の存在が……?』
『初配信から伝説だなw』
『説明しろー!!』
『男連れ、炎上か?』
どうする。ここで対応を間違えると取り返しがつかない。俺が表に出るのは本来ご法度だ。だが、このまま誤魔化せば「隠している」という印象を残してしまう。それだけは避けたい。
俺の頭には、【誤魔化すか】【隠すか】【正直にバラすか】。そういった考えしか浮かばない。正直に言うにしても、説明ができない。
その時、あたふたしていたゆづが突然画面に顔を向ける。意を決したように、ゆづはマイクに向かって口を開いた。
「……今のは、その。我の“従者”である」
コメントがさらに一気に流れた。
『従者www』
『設定守ってきた!』
『主従配信は草』
『めっちゃ面白いんだがw』
『なんだ従者か!』
「(上手く誤魔化した!)」
思わず俺は頭を抱えた。
だが、完全に間違っているとも言えないのがまた上手い。俺は確かに裏方だ。設定風に言うなら、影で支える者、まさしくゆづを支える“従者”のような存在だ。
「普段は姿を見せることはない。だが、影から我を支えてくれる者がいる。我は、神族に連なる者、こんなこと当たり前のことであろう。ただ、それだけのことです」
『影の従者…いい響きだ』
『よみのかっこいい!』
『声イケボっぽいんだがw』
『もっと喋って!』
『良いコンビだ』
「い、いや、彼は……あくまで従者。表には出ません!」
慌てて否定するが、すでに視聴者は“従者キャラ”を楽しみ始めているようだった。
*
そこからの配信は想定外の盛り上がりを見せた。
aXのトレンドにも“主従配信”といったタグで一時期載った。それを見た人たちが、配信を訪れてくれ、初めの同接人数よりも比べものにならないくらいの人数になっていた。数字は4ケタに乗り、5ケタにも近づく勢いだ。
ファンネームや配信タグを考える流れでも、視聴者が「従者」をネタに絡めてくる。
『月守よみの軍』
『月守騎士団』
『月守一家』
『よみの&従者』
『夜の主従関係w』
『従者のタグは?w』
「従者はタグに入れません!」
ゆづが顔を真っ赤にして否定する。俺も恥ずかしい。その姿にコメント欄は爆笑の渦が巻き起こる。
「あ、従者顔真っ赤」
『従者、照れてるの見たいw』
『コンビ売りしろ』
『最初から面白すぎるんよ』
『推すしかない!』
『今後に期待しかない』
ゆづもノリノリで従者もネタにする。おまけに、コンビ売りを許容するコメントまで出てきた。
だが、不思議なことに俺自身も悪い気はしなかった。
初めは、裏方で徹するつもりだった。ゆづが手伝ってくれと言われたからいつもの感じで手伝うだけのつもりだった。しかし、自己紹介動画も一緒に作り、パソコンも組み立てて。いつしか、俺は裏方の域を超えかけていたのかもしれない。“名前のない存在”として扱われるのではなくなった。視聴者の中で「従者」という立場を与えられたのだ。
結局、ファンネームは「夜語り衆(よがたりしゅう)」に決まり、配信タグは「#よみのの宴」に落ち着いた。
視聴者は、案外ノリもよく、批判的なコメントもあまり見受けられなかった。やりとりに関しても予想以上にスムーズで、初配信としては十分すぎる結果を残せたといえるだろう。
*
配信が終わった瞬間、ゆづはその場にへたり込んだ。
「はぁぁぁぁ……死ぬかと思った……」
額には大粒の汗。手も震えている。
「お疲れ様。……ゆづよく頑張ったよ」
俺が差し出したタオルを受け取り、ゆづはぐしゃぐしゃと顔を拭いた。
「……ねぇ、朔」
「ん?」
「……やっぱり、従者でいいから、一緒に居て」
小さな声のつぶやき。伝えるのを躊躇するような声。だが、その一言は胸に深く刺さった。
「我は……まだ一人じゃ無理だから」
よみのが言う。ゆづの視線が俺に縋る。
俺は裏方に徹するはずだった。
だが、今日の出来事でその線は曖昧になった。
従者。影。サポート。
そのどれであっても、彼女に必要とされるなら、俺は――。
「わかった。最後まで付き合うよ」
そう答えると、ゆづは少し安心したように笑った。
俺は、彼女に終わりまで一緒にやると決めた。それが裏方であろうと、表に出たとしても。ゆづの笑顔を見た瞬間、胸の奥で熱いものが広がっていく。
彼女が“月守よみの”として羽ばたく物語は、まだ始まったばかりだ。
だが、きっと俺の居場所も、その物語のどこかにある。
*
深夜。配信のアーカイブを見返していた俺は、あるコメントで手を止めた。
『従者、また声聞かせてね』
『影の人も込みで推す』
『主従で伸びる気しかしない』
――それは、俺にとって予想外の「宴への招待状」だった。
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これで1章は、終わりの予定です。次から2章、VTuber1年目に入りたいと思います。
今後も宜しくお願いします。
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