第49話

「そうだ。炎火さん、夜薙さんからの伝言が」


 留置所で拘束されているにとろに、ラピがどこか義務的に話しかける。にとろは頬杖をついたまま、つまらなそうにラピの顔を見返した。


「『私の世界を壊してくれてありがとう』……だそうですが」


 にとろはきょとりと目を瞬かせる。

 冬の終わり、春の始めのあの日、いつものようにスーサイド小隊の面々と鬼ごっこに興じていた時。

 放った花火がうつろの下半身と共にマンションの外壁を吹き飛ばしたあの日。

 にとろにとっては故意ではないけれど、枝垂が腐り続けていた部屋を壊したのはにとろだ。


 閉ざされた暗い世界を壊したのは、にとろなのだ。


「……なんだそりゃ、わけがわからん」


 全部、にとろは知る由のないことだ。だから、意味がわからないのは当然だ。

 しかし、その言葉には悪意もなにもないことだけは、なんとなく理解して相好を崩した。


「……けどまあ、悪い気はしねぇな」



 警察に変革が訪れた。上が大きくすげ替えられ、隊はいくつか再編される。法整備もままならない中、犯罪者達の投獄が何年続くかもわからない。

 警察は人手不足。そこでラピは、一つの決断を下した。


 そうして、数ヶ月の時間が経過して。



 自暴自棄になって三人の『ガワ』と『アーカイブ』を殺した青年は、自分を拘束した一団を見上げて獣のように唸る。

 両手には硬い手錠が嵌められており、いくら抵抗しても手首の皮膚が擦り切れるばかり。それでもどうにかしようと暴れている最中に移送されたようで、彼が現在いるのは少々特殊な場所だった。

 数ヶ月前に建設されたばかりの、元からある施設を流用した刑務所。とは言ってもそれは名ばかりで、流刑のようなものだった。ある程度インフラが整っている街に放逐される、それだけだ。

 行き着いた場所は、八丈島。東京内の海に漂う、かつて数多の流刑囚が流れ着いた地である。

 男は島に着くと淡々と手続きを済まされ、この島の主である男に正式に囚人であると認められた。手錠は外され、その代わりに首に枷をつけられる。


「さて、これでこの島内のみにおいて、きみは自由だ。とはいえ、おいたが過ぎれば僕らが飛んでくるし脱獄は不可能。壁に耳あり障子に目ありと思って生活して欲しい」


 目の前の青年は書類に目を落としながら、男を見ることもなく慣れたように説明した。その無関心さが、気に食わなかった。

 幸いにして、手錠は外れている。周囲に侍る警護も、男からは数歩離れている。

 男は青年に向かって急速に距離を詰め、その細い手首を握ろうとした。押し倒し、拘束し、人質にして周囲の奴らを引かせようと思った。

 けれども、素早く男と青年の間に別の青年が割り込む。彼に手首を掴まれて即座に腕を捻りあげられた。痛みに喘いでいる間に他の警護があっという間に詰め寄り、男を拘束する。

 固い床に押さえつけられながらも、男の目は敵意を失っていなかった。


 どうして邪魔をする。早く死刑になりたかったのに。


 ごちゃごちゃの感情のままに喚き散らかして、冷たい視線が突き刺された。決して敵意ではない、無関心に近い冷ややかな目に思わず怯んでいると、「まあまあ」と一際明るい諌める声が降る。


「多栄、扇、晶、落ち着いて。そこのお兄さんも、自棄になるのはいけないよ。ほら、冷静に」


 そこでようやく、男は青年の姿をしっかりと視認する。

 皺一つない清潔なスーツで身を包み、長い金色の猫っ毛を一つに結った青年。肩には白く小さな鳥が乗っており、体の右側に紳士然とした男を侍らせている。


 一つ異様なのは、まるで罪人であると示すように首に嵌められた枷。少年然とした顔に似合わない、頑丈そうな首枷である。それは、今男が嵌められているものとよく似たものだった。


 違いを述べるとしたら、刻み込まれた蔓草の模様。青年のものは男のものと比べて、何本もの蔓が幾重にも複雑に絡み合っていた。

 枷から下がった鎖をしゃらりと優雅に鳴らしながら、彼はしゃがみ込んで男と目を合わせる。


「初めまして。僕はスーサイド小隊隊長の四季守稲穂。こっちは僕の執事兼副隊長、かつお目付け役の夜薙枝垂」


 ふわりと、ペトリコールが鼻腔をくすぐった。土砂降りの最中のような、けれども直後に訪れた快晴の、陽だまりに溺れるかのような香り。目の前の青年が、それを色濃く纏っている。まるで雨の化身のように。

 執事の青年が恭しく頭を下げる。枝垂に右腕を支えられながら、稲穂は真摯に目と目を見合わせた。藤色の大きな瞳が、ガラス玉のように美しく艶めいた。


「さぁて、きみはどうして死にたいの?」


 稲穂は幼なげな仕草で首を傾げ、そして安堵を誘う甘いマスクで微笑んで見せる。


「この、リアルの世界で」

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ヴァーチャル 凪野 織永 @1924Ww

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