第48話
場に駆けつけたラピは、そこに広がる凄惨な光景にほんの一瞬だけ目を剥いた。
個人の判別がつかないほどに焼け焦げた死体に、その隣にツルハシが刺さったかろんの体。
無数の銃弾に貫かれた孤霧は丁寧に寝かされており、地獄の門の付近には胸に七支刀が突き刺さった手毬が安らかに眠らされていた。そのほかに、意識のない七人の天使と鳥籠の中の血まみれのモズ。
そして、多栄と枝垂、稲穂が地獄の門をなんとか閉じようと三人がかりで扉を押している。
「……え? 哀染さん? さらに裏切ったんです?」
「今は稲穂! 詳しい話は後でゆっくり話すから、今はこれ閉じるの手伝って!」
ラピは慌てて扉にしがみつくも、押しても引いてもびくともしない。
「っ、これ閉じれるんですか……? いっそコンクリートで固めた方がいいのでは!」
「それは、名案、だな!」
ぴくりとも動かない扉に辟易としながら、稲穂が崩れ落ちる。それに同じくして、ほか三人もおとなしく諦めて座り込んだ。
「とりあえず、犯人達は確保させていただきます」
言いながら順番に、かろんと手毬の手首に手錠を嵌めていく。
「大丈夫ですか? 目覚めたらすぐに壊されてしまうのでは……」
「あら、わたくしが警察署長になったのは、単に今の警察の立役者だからじゃありませんよ」
ラピは手錠を指に引っ掛けてくるくると回しながらイタズラっぽく笑った。彼女の手錠は普通の質素なものではなく、植物の蔓が刻印されたような模様が描かれている。
「わたくしの設定にある、特殊な手錠ですよ。物理的な攻撃では絶対に壊れません。ピッキングとかされたら普通に解かれますが。実際孤霧は自力で解けてましたし。……この焼死体って、もしかして百里さんですか?」
「その通りですわ」
「そうですか。では失礼」
言いながら、ラピは扇の手首にも手錠を嵌める。
「ば、百里さんも拘束するんですか?」
「当然ですよ。だってこの人たち、本来は不審な行動をしていて謹慎中だったんですから。ほら、宮之原さんも手ぇ出して。抵抗するならこちらも相応の武力を用います」
「最初からそのつもりで来たのですもの、異論はありませんわ」
「ラピ、僕も僕も」
自分から両手首を揃えて差し出す稲穂に、枝垂は目を瞠った。その反応に稲穂は苦笑をこぼす。
「なに、当然だろ。僕は警察に牙を剥いたんだ。ああ、ラフィにも謝らないと。そこは追々、罪を償ってからだけど」
「……そう、ですね」
枝垂個人としての本音、そして願望を言うのなら、お咎めなしでいてほしい。しかし、稲穂もしたことがしたことだ。
ラフィを売り、手毬に加担した。罪は罪だ。手毬には贖罪を求めたのに、稲穂にはそれがないと言うのはおかしな話である。
稲穂とうつろは別の存在だからうつろの罪を稲穂が負う謂れはないと一瞬思ったが、その考えはすぐに頭を振って消した。稲穂がうつろの延長線上にいる存在であることは確かだし、何より本人が贖罪を求めているのだから。
だから、稲穂も真っ当な形で罪を償わなければならないのだ。
「……」
「そんなあからさまにしょげるなって。死ぬわけでも消えるわけでもあるまいし。刑務所で何十年かお世話になるかもしれないけど、枝垂は待っていてくれるだろ?」
にやり、と幼なげな顔を崩して稲穂が枝垂の顔を覗き込んだ。
「……仕方のない主ですね」
「僕を主に選んだのはきみだろ」
「おっしゃる通りで。……お待ちしております、稲穂様。何十年でも、何百年でも。死んでもお待ちしておりますので」
「はは、重。ま、きみが死ぬまでには帰って来れるように努力するよ。……それじゃ」
手首に手錠を嵌められた状態で、稲穂はひらりと手を振った。泥と血に汚れた白い衣服が、しかしやけに清々しく見える。
ラピに連行されるその背中を、枝垂はずっと見送る。
己の主が戻ってくる日を、待ち望みながら。
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