第13話 兄の婚約
隣国オルコット国王の正式な代理として、ジュリアス・ラッセルは宮廷に通された。
大理石の大広間に赤い絨毯が敷かれ、左右には爵位を持った有力な諸侯が並んでいる。
玉座に腰を落ちつけた王は、紺を基調に金糸で刺繍された荘厳なガウンを纏い、堂々とその存在意義を示していた。
セシルの誕生と引き換えにこの世を去ってしまった王妃の席はない。
かわりに王の左右には、対照的な雰囲気を持つ王子達がいた。
第一王子のオーランドの衣装は。
彼の金髪と碧眼が映える爽やかなスカイブルーに金の刺繍が入ったロココ調のジャケットコート。
折り返した袖口から溢れる繊細なレースの華やかさが彼らしさを引き立て。足元にはヒールのある靴を履いている。
一方のセシルは。
黒に近い紺色を基調にしたスーツで、首元のリボンなど所々に鮮やかな青や白が差し入れてある。
ジャケットコートの下は
大広間の中央、赤い絨毯の上では。
ジュリアスが、使節の代表として神妙な顔をしていた。
光沢のあるウグイス色の絹に、金糸で施された刺繍が際立つ美しい装いは、目の肥えた者を唸らせていた。
宮廷では貴族たちが権力を示す為に、惜しみなく財を注ぎ込んだ仕立てで身を固めている。
今日は隣国の使者が王に謁見するという外交の場なので、王と使節に華を持たせる為に皆、節度をもったコーディネートで抑えていた。
玉座に近い場所から順に、高い地位の卿が立っている。
侯爵は手前に、
男爵の姿は明らかに周りから浮いて、目立っていた。
真っ赤な絹地に散りばめられた金糸の刺繍、派手な黄金色のパンツ。すべての指にはめられた巨大な指輪。
まるで王族と競うような派手な装いは、失礼にあたるほど不釣り合いだったが、あえて誰もそれを口にはしなかった。
ジュリアスが、兄王の代理として口上をのべ。
それに対して王が
ここで、ジュリアスが話を切り出した。
「王様にお願いがございます」
「何かね?」
既に身内で通してある話を、諸侯の前で披露する。
「実は、訳あって離れていた婚約者と、この国で再会しました。互い想い合っていた事もわかり、国に連れて帰って結婚式を挙げたいのですが」
「それはめでたいことだ。私からも多いに祝福させてもらおう」
「有り難いお言葉です。聞けば娘が、オーランド王子と交際をさせていただいているとのお話。正式に婚約していただけるのであれば、オーランド王子が成人されるまでの2年間を花嫁修業の時間にあてるため自国へと連れて帰り、離れていた親子の時間もそこで埋めたいと思っております。王様とオーランド様には、それをご了承いただけますでしょうか?」
王が長男の顔を見て。
「オーランド、そなたはそれで良いか?」
と尋ねた。
オーランドは、離れた場所に立つジュリエッタを見つめて。
「はい、ジュリエッタの幸せを一番に考えたいと思います」
と微笑んだ。
「お、お待ちください!」
遠くから、赤い顔と衣装の男爵がドタバタとあわててやってきた。
「何を証拠にあれを娘とおっしゃるのですか!? あれは私の娘です! つい先日まで一緒に住んでいたのですから」
折角手に入れた王家との繋がりを、いきなり現れた他国の使者にさらわれるなどダレルは考えもしなかった。
許せるはずがない。
さらには訪ねた店にリセッタがいなかった上、目の前には生きたセシル王子がいる。
かなりまずい事態だと、男爵はあせっていた。
「証拠? そのようなものはありませんが。ジュリエッタ、こちらにおいで」
男爵の側ではなく、王座に近い位置に立っていたジュリエッタが。
「はい」
とジュリアスに近づいていく。
「おー」「これは」
参列者の間で声がもれた。
長さは違うが同じ白金色の髪、瞳の色も同じで珍しい紫色だ。
あらためて皆が振り返った男爵は、明らかに染めた金髪にブラウンの瞳。
どちらに分があるかは一目瞭然だった。
「で、では私は、あの卑しいジプシー女に騙されていたということか! すぐにあの女を捕まえてください、これは詐欺です!」
「その解釈は間違ってます」
セシルが立ちあがった。
男爵がビクッと体を揺らして、顔色を赤から青色にかえる。
「兄上の大切な人のため、わざわざ僕が足を運んで彼女の母君に話を聞いてきました。第三者の目から見れば、男爵の勝手な思い込みです」
にっこりと、目が笑っていない笑顔で。
「ね?」
とダレルに圧をかける。
「セ、セシル王子様がそう仰るのであれば、私の勘違いだったのかもしれませんな」
震えた声でダレルは答えた。
王は頷くと。
「ふむ。問題はないようだな。ではジュリアス・ラッセル殿。正式な婚約もこの場で行って、問題はないかな?」
何もなかったように話を進めた。
これでやっとクレアに会いにいける。
もうセシルの頭の中は、その事でいっぱいだった。
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