第12話 親

「とりあえず、店に戻ろっか」

 身元のわからない男を連れて行くわけにもいかず、セシル達はリセッタの店に引き返した。

 部下が入口の外で見張りに立つ。

 狭い店内では。

 セシルが唯一のソファーに陣取り、当然のような顔でレニーがその横に立つ。

 セシルはいつの間にか、顔の上半分を覆う舞踏会用の仮面をつけていた。目の部分には薄いブルーのガラスがはまっている。

 フードの男は何か言いたそうだったが、家柄が良さそうな子供だから仕方がないとあきらめて。椅子を引っ張ってきてリセッタに座るよう促し、自分は立った。

「婚姻の約束を交わしていた彼女が突然姿を消して以来、17年間捜し続けてきた。再会した喜びに舞い上がって、君たちの事を早合点したようだ、すまなかった」

 落ち着くと、物腰の柔らかそうな人物だった。

 ただ、それ以上の個人情報は語らず、フードを脱ぐ気はないようだっだ。

 男が現れてからずっと、リセッタは顔色が悪い。

 男はリセッタの前にひざまずくと。

「リセッタ」

と両手でその手をおおった。

「なぜあの日、突然私の前からいなくなったんだい?」

 長い年月の答え合わせをしようと、フードの下から男が見つめる。

「……あのままでは殺されていました」

 手に視線を落としたままリセッタが、独り言のようにつぶやく。

 その物騒なつぶやきを想定していたように。

「やはりそうか」

と男は眉を曇らせた。

「あの方はなぜそんな暴挙に出たのだろうね、心あたりは?」

 両手ごと視線をすくいあげられ、絡めとられると。リセッタは諦めたように。

「……子供ができました……」

と答えた。

 男は一度呼吸を止め、すぐに大きく息を吸いこむと。

「……それで子は、無事に産まれたのかい?」

 声には嬉しさと不安が入り混じっていた。

「はい」

 リセッタの答えは、短くはっきりしていた。

「そうか、良かった。無事に産まれたか……」

 声が涙で滲んでいく。

「身重での逃亡生活は、並大抵な苦労ではなかったろう……この17年間、本当に苦労をかけた。もう何も心配しなくてもいい」

 強く握った両手に額をつけると。

「もう大丈夫だ、一緒に帰ろう」

と男は言った。



 にこにこと、口元に笑みを浮かべたセシルが。

「無事に産まれて良かったね。綺麗な娘さんだよ」

と二人の会話に口を挟んだ。

 男が少し迷惑そうに。

「……娘だったか。君も知っているのだな。先程はたしか、リセッタが君の命を狙ったと言っていたが……」

 フードの男はリセッタに。

「トラブルなのか?」

と尋ねた。

 場合によっては、もう一戦交える気かもしれない。

「いいえ。私が、取り返しのつかないつみを犯したのです」

 リセッタが椅子から立ちあがると。

 セシルの前に進み、その前に膝をついた。

 そして。

「お願いします。どうか償いは、私の命だけでお許しください」

と床に額を強く押しつけた。

 男が驚いてリセッタを起こそうとしたが。

 彼女は動かなかった。

「本当に娘は何も知りません。お願い致します、どうか娘を父親の元に返すことをお許し下さい」

 男があきらめて、その横に片膝をつく。

「彼女は私の庇護下にある。私にできることなら何でもすると約束しよう。頼む、彼女と私達の娘をどうか許して欲しい」

 まっすぐセシルを見ながら、男がフードを取り払った。

「私の名はジュリアス・ラッセル。隣国オルコット王クリス・ラッセルの弟だ」

 そこには、ジュリエッタと同じ色の髪と瞳があった。

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