第10話 占いの女

 深夜。

 セシル達はそのまま、ジュリエッタの母親が住むタロット占いの店に向かった。

 着いたのは街外れの裏通りにある、さびしい雰囲気の店。

 closedの札がかかっているが、中からはうっすらと灯りが漏れ、鍵は掛かっていない。

 念のためにレニーが先に入り、セシルがそれに続いた。

 木造の質素な内装。

 入口の横にある来客用の古いソファーには手作りのパッチワークのカバーがかけてあり。

 その背後の窓辺には、暗い室内で貴重な日光を得るために首を伸ばした怪しい形の鉢植えが並んでいる。

 奥の棚には、用途不明の液体や粉が入った様々な形の瓶が並び。

 天井に張ったヒモにかけられた乾燥した薬草の、混ざりあった独特な香りが店内を漂っていた。



 部屋を仕切る衝立ついたての向こうで、人の気配がして。

 レニーが衝立を脇に寄せると。

 占い用の丸いテーブルが現れ、そこに置かれたランプが、淡いオレンジ色に部屋を照らした。

 奥にある椅子に、うつむいた長い黒髪の女が座っている。

 その後ろには腰に帯剣した男が立ち、女は後ろ手に拘束されていた。

 いつからこの状態なのか、セシル達が現れても女は顔を上げなかった。

 帯剣した男が、靴のかかとを鳴らして足を揃えて胸を張る。レニー直属の部下だけが許された、セシルへの略式の敬礼だ。

「外しなさい」

 レニーの指示に「はっ」と応えて、部下は外に出た。

 女の前に立ったレニーが。

 普段セシルが耳にしたことがない冷めたい声で。

「魔物を差し向けたのはあなたですね」

と詰問する。

 女は顔もあげずに。

「いいえ」

と嘘をいた。

 うつむく横顔が娘のジュリエッタによく似ていたが、その髪も瞳も黒い。

 彼女にならって、セシルも笑顔で嘘をついた。

「今さら誤魔化しても、無駄だから。あの黒猫は、僕以外は手を出せない場所に封印した。怒り狂ってたから、解放すれば真っ先にお前を殺しにくるよ。まさか僕が妖精王の取り替え子だって信じてなかったなんて、お粗末だね」

 女が顔をあげた。

 リセッタという女は、娘のジュリエッタから気の弱さを引いて、血族を守る意思を足した強くて美しい顔をしていた。

 命を奪うはずだった第二王子が今、獲物を見つけた猫のような目でこちらを見ている。

 正面から視線を捉えるアースアイが、取り替え王子の噂に信憑性を与えていた。

「……そうですね」

とリセッタは諦めたように言った。

 セシルは少しイライラしながら。

「その後あいつがどこに向かうか思いつかないなんてさ、想像力が足りないんじゃない? 僕なら、原因になった娘のところにいくけど。どっちにしろ罪を認めて裏を吐かなきゃ、王子暗殺未遂の罪で仲良く処刑されるんだから、末路は同じだけどね」

「!? 娘は何も知りません、お赦し下さい!」

 ガタンと、リセッタが椅子を揺らした。

「お前は何かを知ってるって口振だよ。男爵に何を指示されたのか、ジュリエッタの本当の父親は誰なのか。洗いざらい話したら、娘の事は考えてやってもいいよ」

 わずかでも娘が助かる希望にかけ、リセッタは素直に答えはじめた。

「……娘を排除される前に、セシル様の御命を絶たねばならないと、ダレル男爵様に言われました。自分の子ではないと疑われ、セシル様に脅されたと。いくら第1王子が求めても、あのを大国の王妃にする訳にはいかず。娘を亡き者にする為に、婚約破棄された侯爵家とセシル様が密かに手を組んだので……一刻の猶予もないと言われました」

 レニーがひんやりした微笑を浮かべ。

「愚かな人間の言葉に踊らされて一国の王子の暗殺を計画するとは、なんと浅はかな」

 レニーのような美人が怒ると、迫力がある。

 セシルは苦笑しながら。

「とりあえず続きは城で。兄上はジュリエッタに夢中だし、仕方がないから今後は馬鹿どもに利用されないよう二人は城に保護するよ」

と告げた。

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