第9話 侯爵夫妻

 胸のロケットをギュッと握りしめて。

 セシルは今起こった事をレニーに説明した。

「このタイミングで、僕に殺意を持つのは?」

「そうですね……ダレル男爵でしょうか」

 いつも冷静なレニーの声の底にも怒りを感じる。

「さんざん手を貸してやっているのに、ずいぶんと肝が小さい男だな」

「王様にご報告しますか?」

「いや、面倒だからいい」

 レニーは黙って頷いた。

「……あの猫。かなり間が抜けてたけど、魔物のたぐいだと思う」

「呪術か召喚でしょうか。ジプシーでも精髄した者なら出来るかと思います」

となると十中八九。

「内密にジュリエッタの母親の身柄を抑えろ。あと男爵家にも監視を」

「承知いたしました」

 とにかく今は、クレアの事が心配だった。

「侯爵家に向かう」

 レニーは廊下にでて部下に指示をだすと、すぐに戻ってセシルの着替えを手伝った。

 夜遅いので目立つ馬車をやめて馬に乗って城を抜け出す。

 侯爵夫妻は突然のセシルの来訪に驚いたが、すぐに着替えて。二人を来客用の居間に通した。

 息子のルイと仲が良いセシルがよく知る侯爵は、いつもは飄々とした印象だったが、今は真面目な顔で正面に座っている。

「城で何か起こったのですか」

 何事かが起こったにせよ、兵士ではなく、王子自らが知らせにやってくるとは異常事態である。

 婦人も心配そうに胸の前で手を握っている。

「クレアの身が危険だ。すぐ彼女に知らせてほしい」

 侯爵の顔が曇った。

「何が起きたのか話してもらえますか」

 落ち着いた声だが、眉間には皺が刻まれている。

 今にも倒れそうな婦人を気にしながら、セシルは自分の身に起こった出来事を説明した。

 セシルが話し終えると、夫妻はお互いの顔を見て。

「ご心配ありがとうございます。娘なら大丈夫でしょう」

 ホッと息を吐いた。

「どういうこと?」

 セシルが怪訝な顔で説明を求める。

「あの子は昔から、何度も同じような目にあっています。娘の話では、夢の中に[秘密の庭]と呼ぶ場所があって、魔物はそこに閉じ込められるそうです」

「秘密の庭?」

「はい。そこに閉じ込められた者は、あの子の許しがないと外には出られないようで。結局、弱っていく姿が可哀想で解放するそうですが、二度とあの子には近付かないそうです。今回も、きっと大丈夫でしょう」

「良かった……」

 安堵の息をもらしたセシルに。

「わざわざ娘を心配していただいて、本当にありがとうございます」

 母親が心からの感謝を口にした。

 セシルは年相応に照れて、はにかんだ笑顔をみせ。

「黒幕には見当がついているから、片付いたらすぐにでもクレアに会いに行きたいんだけど」

 本心を言葉にすると、侯爵は快諾した。

「娘に伝えましょう。しかし今回お命を狙われたのはセシル様です。どうか充分お気をつけて、元気なお顔を娘に見せてやってください」

 これは、良い感触なのでは!?

 思わず振り返ったセシルに、レニーが小さく頷いて笑った。

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