魔王 vs 上級魔族ドルケニ
セレフィナは、まるで散歩にでも来たかのような優雅な足取りで、戦場へと現れた。激しい戦火の中にあって、その姿はあまりにも場違いだった。銀色の髪が陽光を受けてきらめき、少女のように可憐な容姿が、敵の目を自然と引き寄せる。柔らかく穏やかな表情を浮かべたまま、彼女は周囲を見渡した。
「……随分と賑やかだな」
小さく微笑みながらそう呟くと、彼女はゆっくりと視線を敵へと向けた。
戦場の中央に、異様な存在感を放つ巨大な魔族が立ち塞がっていた。鋭く光る牙をむき出しにし、漆黒の甲殻は光を吸い込むかのように重々しく輝いている。
だが、対峙するセレフィナの表情は、まるで戦場にいることさえ忘れたように穏やかだった。彼女はそのまま、恐れを見せることなく魔族へと歩み寄っていく。
「おや、随分と大きいわね。こんなところで何してるの?」
その口調は、まるで近所の顔見知りに挨拶でもするかのように軽い。
魔族は一瞬戸惑ったものの、すぐに大声で嘲笑を響かせた。
「人間風情がオレに話しかけるとはな…いい度胸だ。だがすぐに、その命で後悔することになるぞ!」
どうやらセレフィナをただの人間と見なしたらしい。だが、彼女の余裕はそれにはまったく揺らがなかった。
何万年もの間、魔界で戦い続けてきたセレフィナにとって、戦場は日常の延長に過ぎない。彼女の存在力は、長きにわたり魔界の覇権を保ち続けた証だった。
彼女は軽く肩をすくめて言った。
「そう。じゃあ、ついでに少し遊んであげる。」
その言葉には揺るがぬ自信が滲んでいた。戦場に緊張が走る中、彼女だけが場違いなほど軽やかだった。
魔族は見下すように睨みつけながら咆哮する。
「我が名はドルケニ! 上級魔族の中でも選ばれし存在だ。貴様のような人間が我に挑むなど、笑止千万!」
その名が放たれた瞬間、周囲の兵士たちは凍りついた。ドルケニ──それは名の知れた恐怖そのものだった。
だが、セレフィナはそんな彼に向かって微笑みながら応じる。
「ドルケニ、ね。うん、覚えておくよ。──もし生き延びられたら、ね。」
ドルケニは冷笑を浮かべ、ゆっくりと口を開く。
「さて…貴様がどれほどの魔法耐性を持っているか、試させてもらおう。」
彼は指先に暗黒のエネルギーを集め始める。空気が揺らぎ、戦場全体に不穏な気配が広がった。
「これが我の『死の囁き』──その命、今ここで終わらせてやる。」
闇の魔法が放たれ、セレフィナを飲み込まんと迫っていく。
だが、彼女は微笑を絶やさぬまま、ただそこに立っていた。
──そんなもの、効くはずがない。
まるでそう語るように、彼女の瞳には揺るぎない余裕があった。
直後、即死魔法はセレフィナの目前で無力に弾かれ、まるで風が岩にぶつかって砕けるように消えていった。
「んー、もっと刺激的なのが来るかと思ったけど…これじゃあ、ちょっと退屈ね。」
セレフィナはその場に立ったまま、退屈そうに呟いた。
その瞬間、ドルケニの背に寒気が走った。
即死魔法──触れれば命を奪うはずの呪文。それを簡単に防いだこの少女は、ただの人間ではない。
「……な、何者だ……?」
ドルケニはその瞬間、自身の心の中に広がる恐怖を感じた。目の前の少女が、彼の即死魔法を簡単に防いだことは、彼女が単なる人間ではないことを意味していた。魔族としての自分は、長い戦いの中で培った知識と経験を持ち、魔法の効果を熟知している。即死魔法はその名の通り、一撃で敵を葬る強力な魔法だ。しかし、彼女はその呪文の核心を見抜き、何らかの力を持ってそれを跳ね返したのだ。
「どういうことだ…」彼の心に疑念が渦巻く。普通の人間は即死魔法を防ぐ手段など持ち合わせていない。強力な魔法に対抗できる者は、魔族や特異な存在のみ。それが彼にとっての常識だった。しかし、目の前の彼女は、あまりにも人間らしさを感じさせない表情と振る舞いで、その常識を揺るがしている。
ドルケニはじっと彼女を見つめ、彼女の存在が持つ異質さを探ろうとした。彼女の内に秘めた力は、ただの魔法使いのそれではない。戦場において、人間の弱さを理解しているはずの彼が、彼女からは強者の気配しか感じなかった。その威圧感は、かつて出会った魔族以上の魔王の存在を彷彿とさせるものであり、ドルケニの心に暗い影を落としていた。
このままではまずい─。
彼は、自身の立場を再評価し始める。今までの自信が揺らぎ、彼女に対抗できるのか不安に思い始めていた。彼は仲間を守るため、そして自らの命を守るため、何としてでもこの少女の力を理解し、その正体を暴かなければならないと決意した。
彼女が何を考えているのか、全く読めない。彼女が持つ力が全くの未知であることに、次第に恐怖を覚え始めていた。ドルケニは一瞬、逃げ出したい衝動に駆られたが、上級魔族としてのプライドがそれを許さなかった。
「ここで引くわけにはいかない…!」ドルケニは自身を鼓舞するかのように呟いた。それでも、心の中の恐怖は消えない。
くそ、どうしてこんな奴と相対しなければならないんだ…? ドルケニは冷や汗をぬぐいながら、頭の中で必死に次の一手を考えていた。「このまま真正面から戦っては、勝ち目がない…」彼の即死魔法が通用しなかったことで、相手の強大さを思い知った。だが、彼は卑怯な魔族として数々の戦場を生き延びてきた。力で勝てないなら、別の手を使うまでだ。
まずは…油断させるか─。
ドルケニは目を細め、心の中で作戦を練り始めた。表情を一変させ、余裕を装う。「ふん、今のはただの挨拶だ。次は少しばかり本気を出させてもらうぞ!」そう言って高らかに笑い声をあげたが、内心は焦りに満ちていた。彼はすでに、力勝負を諦めていた。
その場に漂う魔力を操り、周囲に残っていた下級魔族の死体を指先で操り始めた。「死者たちよ、我が力に従い、再び立ち上がれ!」彼の言葉と共に、倒れた魔族たちが蘇り、ドロドロと不気味な音を立てて動き出す。使い古された手口だが、相手がどれほど強大であろうと、混乱させるには十分だ。
「これで隙を作る…!」彼はセレフィナの反応を注意深く観察した。死者を操る術は強力ではないが、相手の動揺を引き出すには効果的だ。そして、次の狙いは決まっていた。混乱の中、彼は影に紛れて接近し、致命の一撃を加えるつもりだった。
「この女がどれだけ強かろうと、不意を突かれれば終わりだ…!」彼の脳裏に、過去に同様の策で勝利を収めた戦いの記憶がよぎった。相手が油断している一瞬を狙い、ドルケニは静かに動き出す。「待っていろよ…今度はオレの番だ。」
彼の瞳に、不気味な光が宿る。恐怖の裏に隠された狡猾さが、今こそその牙を剥こうとしていた。
ドルケニは、不気味に笑いながら手を振ると、周囲に潜んでいた下級魔族たちが次々と現れ、セレフィナへと突進していった。数十体もの獰猛な魔族たちが、血走った目でセレフィナを狙い、牙をむいて襲いかかる。その様子は、まるで地獄から解き放たれた軍勢のようだった。
「どうだ、これでも余裕か?」
ドルケニは内心ほくそ笑む。下級魔族たちの数と凶暴さは圧倒的で、これならばいくら相手が強大な存在であろうと、防御を突き崩せるはずだと思っていた。
しかし、セレフィナは相変わらずその場で微動だにせず、穏やかな笑みを浮かべていた。
下級魔族たちが迫り、ついにセレフィナを取り囲んだ瞬間、彼女はふっと息を吐き、軽く手を上げた。
「ふふ、こんなの無駄だよ─。」
その言葉とともに、彼女の周囲に広がる静かな波動が一瞬にして膨れ上がり、下級魔族たちはその場で立ち止まり、次の瞬間には灰となって消え去った。ドルケニは思わず目を見開く。
「嘘だろ…下級魔族が…一瞬で…?」ドルケニの顔に焦りの色が浮かぶ。
セレフィナは軽く肩をすくめ、「あれだけで終わり?もう少し楽しませてくれると思ったのに」と、まるで暇つぶしの相手を見失ったかのような言葉を口にした。彼女の余裕ぶりは、相手にとって屈辱的であり、絶望的だった。
「まだだ…!」ドルケニは次の手を打たねばと焦り、魔力をさらに高めた。だが、彼女の圧倒的な存在感に、彼の自信は徐々に揺らいでいく。
「終わりにしてもいいよ?」セレフィナが優雅に手を広げた。彼女の周りに漂う空気が一瞬で変わり、圧倒的な重圧がドルケニを襲う。それはまるで、目の前に立つ相手が自然そのものであり、抗うことさえ無意味であると悟らせる力だった。
「くっ…!」ドルケニは焦りながら最後の策を準備する。だがその瞬間、彼の剣を振り上げた動作は、セレフィナにとっては退屈な遊びにすぎなかった。
セレフィナが軽く指を動かすと、ドルケニの攻撃は弾かれ、彼の身体が勢いよく吹き飛ばされた。地面に叩きつけられた彼は、立ち上がろうとするが、その身体は思うように動かない。
「馬鹿な…こんなことが…」ドルケニはもはや自分が相手の力に全く及ばないことを理解した。彼の策も無力であり、下級魔族すら一瞬で消し飛ばされる。目の前の存在は、彼が手に負えるような相手ではなかった。
「これで終わりね。」セレフィナは最後の一閃を放ち、その光がドルケニを包み込んだ。光が収まった後、ドルケニの姿は消え去り、何も残らなかった。
たとえ数千年の時を生きた上級魔族であっても、目の前の存在の前では何も為すすべがなく、他の下級魔族と同様にあっけなくやられてしまうのであった─。
戦場には、セレフィナの勝利を象徴する静寂だけが残り、彼女はただ穏やかにその場を見渡していた。
ドルケニが消滅させられたと分かると、その場にいた下級魔族たちは驚愕の表情を浮かべた。強大な"ボス"が倒れたことで、彼らは逃げることを決意する。「このままではやられる!」一斉に後退し、逃げ出そうとする魔族たち。しかし、彼らの動きはセレフィナの目には止まっていた。
「逃がさないよ。」セレフィナの声が、優しげながらもどこか冷たい響きを持って耳に残る。彼女は一歩前に進み、手を広げると、周囲の空気が一変した。
リリィはその光景に目を奪われた。セレフィナの周りには、青い光が集まり始め、まるで星が舞い降りるかのように輝く。「何が起こるの?」不安と興奮が入り混じった心持ちで、彼女は息を呑む。
「このまま逃げられると思った?『アークデスフレア』、いくよ!」
セレフィナの声が響くと、彼女の周囲に漆黒の光が集まり、瞬時に膨れ上がる。次の瞬間、広がる魔法の閃光が一瞬で残党の魔族たちを包み込んだ。
彼女の無詠唱の魔法は、まるで彼女の意志そのものが具現化したかのように、広範囲を焼き尽くす。残された者は一人もなく、セレフィナの力を目の当たりにした兵士たちは、ただ圧倒されるしかなかった。
魔族たちの悲鳴が響き渡る中、リリィはその光景に目を奪われ、恐怖を感じる。「こんな…恐ろしい魔法の使い手だったなんて…」彼女の心に疑念が浮かぶ。果たしてこの少女に見える存在が本当に人間の味方なのか。
セレフィナはその場の状況を冷静に見つめながら、魔族たちが消えていく様子を楽しんでいるかのようだった。「これで誰も逃げられない。さあ、次は何をしようか。」その無邪気さの裏に隠された力を感じ、リリィは改めて彼女の存在を意識するのだった。
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