病バイト

ボウガ

第1話



 Bに起きた悲劇をAは知らない。数日前。

「お前にバイト紹介してやるよ」

「え?」

「高額だよ、お前金が必要だろ」

 バイト先で知り合った少し悪い上司にそう言われ、Bは一瞬ためらった。もともとニートの期間が長かった彼は、甘い話にすぐ飛びついてしまう癖があった。今回も簡単な話ではないと思いつつも、友人に付き合うことにした。脳裏には親しいAの笑い声が浮かんだ。


 胸の奥で小さな警鐘が鳴ったが、それを振り払うように笑った



 Aはバイト現場で待ち合わせのはずのCと会えなかった、いくら待っても友人は来なかった。ばっくれたのだ。がっかりして家に帰ると、母親が睨みつけていた。外ではそんな顏はしないはずなのに。




母は世間ではおしとやかだと言われるが、家庭内では別人だった。優しい笑顔の裏に隠された冷たい視線が、Aの心をがんじがらめにしていた。




「あんた!ようやく稼ぐようになったと思ったら!お高いいい学校かよわせてやったんだから、ちゃんと親孝行しなさいよ!大学退学しやがって!」


 学生時代の彼はがんじがらめだった。母親からのストレスを吐き出す場所もなく、中学まではなんとか静かに陰キャをやっていたが、高校ではいじめられるようになり、大学では容姿をからかわれることにうんざりして、どこか“別の場所”をもとめた。

「早くなんとかしなさいよ!いい仕事見つけなさいよ!」

「わかってるって」

 気分が落ち込む。やる気がでないのだ。こうしたやり取りが余計無駄な疲弊をさせる。


母の言葉で落ち込んだAはテレビをつけた。そこに飛び込んできたのは闇バイトのニュースだった。

「ああ、これが復讐の構図だ、無敵の人か」

 どこか、同情で気分が落ち込む。しかし目が離せない。きっと貧しい人で、苦しい人生を歩んできたのだろう。


《凶悪犯罪が続いています、グループの一連の関係者に懸賞金がかけられ》


 ニュース映像は、静かにアナウンサーの“断罪”を流している。近頃はメタバースを利用して、こうした犯罪者に《懸賞金》を賭ける事がはやっているのだ。金持ちの道楽だ。


「もしもし?」

「お前Cか、久しぶりだな」


 親友のCである。バイト先で合った友人だ。Cという友人は彼がバイトを始めるきっかけとなった人物である。メタバース空間でであった彼の友人だ。最近はメタバースにどっぷりらしい。


「お前にだまってたことあるんだよ、あのさ、俺たちはもともと毒親育ちでさ、そんなときにネットでお前とであって、得に弟のBがさ、かわったんだよ、それでさ、お前の近くの家にひっこしていいバイトを紹介したんだ」


「Bが?俺はお前たちに俺の境遇を話したこともあったけど、お前たちもつらい経験を?」

「そうだよ、親父が暴力をね、メタバースチャットでBがお前にあいたいってさ」


 驚いた。

「ああ、それでさ……Bをこの前、あるサーバーで見かけたんだよ、パスワードがかかってるからお前に教えてやろうって、Bがさ、お前に言いたい事があるんだってさ」


 それから、パスワードと指定のサーバーにログインした。


「なんだよ、早くいってくれよ」

「だけどさ、俺のうつがひどくてさ」

「何いってんだよ、俺たちならなんとでもなるだろ?」

「いや、そうじゃないんだよ、俺ガンがみつかってさ」

「え?」


「俺はできるだけ長く生きる、だがお前にしてやれることはもうない、でもさ、俺考えたんだよ、もっと高額なバイトがないかって」

「いいよ!お前は残る時間を大事な人といてくれるだけで!俺だっておまえのためなら、しんだっていい」


 しばしの静寂。

 

「そういうと思ったよ、俺、闇バイトにひっかかっちまってさ」

「はあ!?いつ!?」

「この前さそったろ、あえて別の場所を指示して、お前を遠ざけた」

「それってお前……」

「ここからが肝心なんだ、世間は弱者を見捨てる。メタバースでだって俺たちは笑いものだ、それでもお前はやさしかった、お前に希望を感じたんだ、お前は俺だった、だからよ……俺はすでに“指名手配”されている――“懸賞金”はお前が受け取ってくれ、俺もお前の為なら死ねる」


 薄暗いアパートの一室で、AとBは向かい合っていた。

 Bの目はどこか遠くを見つめていて、今ここにいないようだった。


「俺は、もう生きていたくないんだ」

 Bは唐突にそう言った。

「でも一人で死ぬのは、どうしても怖い。だから、頼む。通報してくれ。俺が死ぬ前に」


 Aは返す言葉を探した。 助けを求めているのか、それとも死を望んでいるのか、判断がつかない。ただ、Bの声音には揺るぎのない決意があった。

「僕は――」

 Aは判断を迫られた。


 その2週間後、懸賞金を目当てに、AはBを警察に通報した。Bは警察署で自殺したという。Aは、どうして彼を売ったのかと警察に問われたが、素直に答えた。


「夢の中で、彼に懇願されたんです、僕に霊感があるなんて信じます?そんなはず、ないでしょう」



 そんな妄言、警察はどうでもいいようだった。あの時……友人の命を、金で決めるなんて選択……僕にはできなかった。それでも、彼の死は避けられず、彼自身が選んだものだった。

「君がやらなくても、僕は死ぬ」

 僕には、彼の命を金で決める冷徹さも勇気もなかった」

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病バイト ボウガ @yumieimaru

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