教師近藤と優等生

 杜村博一には長所がいっぱいです。勉強も運動もできますし、容姿も良ければ性格もいいのです。

 そんな優れていて健全のかたまりのような彼は、近藤とは別世界の人間なのかもしれません。同い年の二人は高校時代に一緒の学校に通っていましたが、神がそう仕向けたかのように、毎年クラス替えが行われながら同じ組になることはありませんでしたし、委員など他の場面でも関わる機会はなかったのです。

 しかし、一度だけ接点を持ちました。

 二年生のときの、ある休み時間。博一は自分の学年の教室が並ぶ廊下で、仲が良いというほどではないけれどもよく知っている間柄の男子生徒が、別の男のコをからかっているような姿を目にしました。

 その方向へ歩いていた博一は、知っているほうの男子に話しかけました。

「おい、楽しそうだけど、どうしたんだ?」

「あ、杜村。いや、こいつがさ、全然似合わないのに、将来声優になろうかななんて言うから、可笑しくて」

 その笑われていた男子は、近藤でした。近藤は、そこまで本気ではないものの、当時人気の人がテレビに出たりと注目されるようになってきていた声優になるのもいいかなと思い、高校で二年にもなり同級生で進路のことが話題になった際に、ふとその気持ちを口にしたのでした。

 声優にルックスの良し悪しは関係ないとはいえ、華やかさはあります。この頃すでに地味なサラリーマンのような容姿をしていた近藤には、不釣り合いと思われてもおかしくはありませんでした。

「笑ってやるなよ。誰が何を夢見たっていいじゃないか」

「ああ、わかったよ」

 強い口調ではなかったですが、真剣で、誰からも一目置かれている博一の言葉によって、男子生徒は近藤を笑うのをやめたのでした。


 それから数日後の放課後に、博一が帰宅しようと校門の近くにいたところ、後ろから呼び止められました。

「杜村くん、だよね?」

 振り返ると、いたのは近藤でした。

「うん……」

 博一は眉をひそめましたが、それは「誰だっけ?」と思ったためでした。たとえクラスが一緒でなくても、変わり者具合がハンパではない近藤は、同じ学年の生徒の間ではかなり有名な存在でしたけれども、交わらない関係にある博一には近藤の話が耳に届くこともなかったのです。

「この前、僕が将来声優になるのもいいかなって口にしたのを馬鹿にされたのを、かばってくれたよね?」

「……あー」

 そう言われ、ようやく思いだしました。

「あのときはありがとう。それで、これ、お礼じゃないけど、受け取ってもらえないかな?」

 近藤は博一に紙袋を差しだしました。

「え?」

 博一が袋の中を見ると、プレゼント用という感じできちんと包装された、箱状のものが入っていました。

「そんな、いいよ。ちょっと注意しただけで、かばったなんてレベルじゃ全然なかったんだから」

 彼は、こんなものをもらうのは申し訳ないと、近藤に返す動きをしました。

「いや、気にしないで。他人にあげるから包装したけれど、家にたくさんあるもので、わざわざ買ったりしたわけじゃないから。見て、要らなかったら、捨てたってまったく構わないからさ」

「……そう。わかったよ、ありがとう」

 こう言われたら、もう拒む態度を続けるのは失礼だなと判断して、博一はもらうことにしたのでした。


 帰ってきた自宅の自分の部屋で、博一は近藤がくれた箱の包装紙をはがし、中を開けました。

「え?」

 包装紙がお土産のお菓子っぽかったので、最初目にしたとき食べ物関係かなと思いました。ただ「捨ててもいい」と言っていたから違うかとも考えましたが、入っていたのはまるで予想していなかった目覚まし時計でした。

「まさか……」

 博一はつぶやきました。彼には大学生のいとこがいて、朝刊の新聞配達のアルバイトしているのですが、足を骨折してしまい、それを聞いた優しい博一は治るまでの間、無償で仕事の代役を引き受けていたのでした。しっかりしているのでちゃんと働いていましたけれども、早朝ゆえ寝過ごしたりしないように気をつけなければならず、それを知ってのこの贈り物なのではとピンときたのです。

「偶然だよな」

 友人など高校の人間には誰にもバイトのことを話していないので、そう判断するほうが妥当でした。

 そして、彼は軽い気持ちで、目覚ましを鳴らしてみました。

「じりりり、じりりり、時間だよ。おーい、あ・さ・だ・よ。もー、まだ起きないの? そんなにだらしないと、私、怒っちゃうぞ。プンプン、プンプン。プンスカ、プンスカ。プンスカ~~~~~~~~!」

「……」

 博一は呆気に取られました。それはアラーム音を録音した声でできるタイプのもので、声の主は、声優を意識してでしょう、いかにもアニメの女のコといったしゃべり方の、近藤でした。

 博一は、普段の彼ならば、たとえ目の前に相手がいなくても絶対に口にしない言葉を、思わず発しました。

「い、要らねえ……」

 とはいえ、やっぱり心優しい彼は、近藤が捨ててもいいと言っていたにもかかわらず大事に保管しておき、高校を卒業してけっこう経って引っ越しをするので持ち物を整理する際にようやく処分したのでした。


 博一が音声を聞いて驚いていた頃、当の近藤はというと、校門のところで話した通りにその目覚ましは家にたくさんあり、こうつぶやいていたのでした。

「さあて、次は誰にこれをあげようかな」

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