第12話 英雄か脅威か
◆
「まさかここまでとは……」
レオンハルトは深く息を吐き、玉座の間に集った重臣たちを見渡した。
「スタンピードを――あの規模の魔物の群れを、たった一人で……それも一瞬で、とは」
「……しかもそれだけではありません、魔法で跡形もなく焼き払ったわけでもない。まるで空間ごと、削り取ったような」
そう口を開いたのは魔導院の最高顧問――サイラスだった。
「……理屈が通らん。あれは、我々が知るどの属性とも一致しない。火でも水でも風でもない……まして“秩序”にすら似ていない。そもそも、元素の反応が観測できませんでした」
「つまり、属性不明――というわけか」
「その正体不明の男が、王都の危機を救ったという事実は、確かに感謝すべきことだ。しかし……」
彼は視線を鋭くし、王に進言する。
「得体の知れぬ者に頼らねばならぬ国に、未来はありません。陛下、ゼロと名乗る男は……警戒すべき存在です」
「うむ……だが同時に、民は英雄を求める」
そう言って、レオンハルトは窓の外に目を向ける。城下からはまだ、熱狂がくすぶるような喧騒が遠くから響いていた。
「しかしながら、陛下」
パトラーは一歩前へ出て、厳しい声音で言った。
「英雄を求める民の声は理解しております。しかし、それと同時に、“力”は常に諸刃の剣。ゼロのような存在を放置しておくのは、あまりにも危険です。ましてや正体も目的も不明……その力が、いつ我々に向けられるかも分からない」
レオンハルトはその言葉を黙って聞きながら、玉座の肘掛けをゆっくりと指で叩いた。
「だが、その“力”があったからこそ、我が国は滅びを免れた。お前も、現場で魔物の数を見たであろう」
「もちろんです。あの規模を一人で殲滅するという事実が、常軌を逸しているのも理解しています。しかし――だからこそ、です」
パトラーの視線は鋭かった。
「未知の力にすがり、慣れてしまえば、国は自らの牙を失います。そして何より……ゼロが理を無視した力を持っているとすれば、我々の常識すら通じぬ可能性がある。国家の安定を脅かす要素となり得るのです」
しばしの沈黙。
やがてレオンハルトは、ゆっくりと腰を上げた。重く、けれど確かな威厳を纏っている。
「――では、ゼロが敵であるなら、貴様はそれに対抗できるというのか?」
パトラーは返答にわずか躊躇したが、すぐに背筋を伸ばし、言葉を絞り出す。
「……不可能かもしれません。しかし、備えることはできる。知ろうとすることは、できるはずです」
レオンハルトはふっと目を細めた。
「……良い答えだ。パトラー、お前の忠誠を疑ったことはない。だが――我が国の未来を守るためには、力を持つ者との共存も選択肢に入れねばならんのだ」
「……承知いたしました」
パトラーはしばし口を閉ざし、それから深く一礼した。
「聞けば、魔導士団の若者たちの間では“ゼロ信仰”とまで呼ばれるほどの騒ぎがあったとか」
王宮筆頭書記――メリーナが苦笑しつつ報告する。
「『あれは虚無の化身だ』とか、『理を司る神の眷属』とか、『私もゼロ様に踏まれたい』とか……いや、もう色々です」
「最後のは論外だな」
レオンハルトは額に手を当て、深いため息をついた。
「ただの力の象徴で終われば良いが……やがて、信仰や反乱の旗印にならぬとも限らん」
「しかし、ゼロの目的は不明だ。スタンピードを止めた後、すぐに姿を消した。それ以降、何の連絡もない」
「そもそも何者なのだ……魔力反応も一切残していない。まるで最初から存在していなかったかのように見える」
「もしかして、本当に……この世の者ではないのでは……?」
様々な憶測が飛び交う中、一人の貴族がぽつりと呟いた。
「もしかすると、ゼロとやらは冒険者パーティ――《
「――ほう?」
その言葉に、レオンハルトは僅かに反応した。
「目撃情報によると、ゼロが現れる直前、あるいは直後には、なぜか必ずと言っていいほど《
パトラーが腕を組み、低く唸る。
「……なるほど、ジーク殿か。王都防衛に功績を上げた実力者ではあるが、たしかに行動に不自然な点もあった……探ってみる必要がありそうだな」
鋭い視線を床に落としながら、パトラーは呟いた。
「……ゼロが敵であれば備えねばならん。だが、味方であるなら――なおさら慎重に接すべきだ。力は常に均衡を揺るがす。我らがそれとどう向き合うかが、未来を決めるであろう」
レオンハルトは目を閉じ、しばし沈黙した後、再び口を開く。
「……パトラーよ、ジークとの接触は任せる。だが、くれぐれも慎重にな。疑いが誤解であったなら、それもまた、国の不利益となる」
「はっ。必ずや、真相を明らかにいたします」
会議はそのまま、しばらくの間ゼロをめぐる意見で紛糾し続けた。
――誰も知らない。ゼロの正体が、すぐジークの傍にいる“最弱”の少年だということを。
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