第11話 力の代償


 力を使いすぎたか……。


 路地裏に足を踏み入れた瞬間、限界だった体が崩れるように倒れた。


「はぁ、はぁ……」


 息を切らしながら、なんとか体勢を立て直す。


 僕に宿る力――虚数。

 それは、好き勝手に使えるような都合のいいものじゃない。


 使えば使うほど、僕の“存在”は不確かになっていく。

 そしてそれに比例して、身体能力は低下する。


「……これじゃ、普段の僕は、ますますただの最弱じゃん」


 苦笑いを浮かべながら、壁にもたれて息をつく。


「でも……見捨てられないよ」


 “仮面の執行者”として悪を裁くのは、正直、完全に僕の趣味だ。

 でも、あいつらが危険な目に遭うのは、冗談じゃ済まない。


 リリィも、ミナも、ジークも――《銀狼の牙シルバーファング》の仲間には、僕なりにちゃんとがあるんだ。

 だから、力を使う理由なんて、もうそれだけで十分だ。


「……さすがに、今回は無茶しすぎたなぁ」


 地下に潜んでた異形の存在。

 そして、押し寄せるモンスターの大軍――。


 連戦なんて、僕みたいな“最弱”にはキツすぎるってば。


 魔力はほぼスッカラカン、お腹もペコペコ。

 ……今「リリィのご飯が食べたい」とか言ったら、さすがに怒られるかな。


 いや、ちょっとは心配してくれる……といいなあ。


「それよりさ、『……把握した』ってなんだよ! 何も把握できてなかったからね!? あれ!」


 モンスターの数なんて、あんなん数えられるわけないし!

 あれだけワラワラ出てきたらさ、「たくさん」でよくない? いいよね!


「ていうかさ! なんで僕、あそこでカッコつけて――『……雨が、来る』とか言っちゃったわけ!?」


 晴れてたよ!? 空、ピッカピカだったからね!?


「うぅ……思い出しただけで恥ずかしい……」


 もう、あの場面だけ切り取って燃やしたい。

 みんなの記憶から消えてほしい……いや、できれば僕の記憶からも消えてほしい……。


「はぁ……穴があったら入りたいって、こういう時に使うんだな……」


 言葉にしてから、ふっと息を漏らす。

 ツッコミにも力が入らないのは、疲れてる証拠だ。


 ――ま、待ってよ?


 あの時、雲を吹き飛ばしたの……僕だよね? 空を晴れさせたの、完全に僕のせいじゃん!?

 ってことは――「……雨が、来る」とか言ったの、完全なる自爆じゃないか!!


「ぎゃあああああああああ!! ――いったぁ!!」


 頭を抱えて悶えてたら、思いきり壁に手をぶつけて悶絶のダブルパンチ。

 精神的にも物理的にも痛い。ほんと、やってられない。


 ……そういえば、あの地下。

 あれ、なんだったんだろう。


 モンスターの群れが現れる直前――確かに、そこにあったんだ。

 冷たい石の祭壇。その中心に埋め込まれた、脈動するような“赤い魔核”。

 そして――


「……あの瞳」


 暗闇の中、確かに見た。

 砕けた魔核の中から、構成されるようにして現れた――あの赤い瞳。


 視線を合わせたわけじゃない。でも、確かに見られていた気がする。


 生き物のものとは思えない、底知れない“意志”。

 ゾッとするほど冷たい、けれどどこか悲しげな“赤い目”。


 ――何者なんだ、あれは……。

 

 やば……考え事してたら眠くなってきた……。


 もうダメだ、動く気力なんてこれっぽっちも残ってない。


 ……ま、いっか。ここ、誰も来ないし。


 そう思いながら、僕はそっと目を閉じた。



「リアン! リアン! 起きてよ……!」


 ……なんか、すごく落ち着く匂いがする。


「リアン……! 起きて!」


 ぼんやりと目を開けると、目の前にリリィが心配そうに顔を覗かせていた。


「リリィ……?」


 うつろな目でリリィを見上げると、彼女は焦ったように言った。


「なんでこんなところで寝てるの!? ほら、起きて!」


 気づけば、僕はリリィの腕に抱きかかえられていた。


「おい、リアン、大丈夫か?」


 顔を上げると、ジークが少し困ったように僕を見つめていた。


「え? あ、いや、ちょっと……」


 「ちょっとって、なんだよ!」と、ジークが眉をひそめて突っ込む。


「お前、最弱なんだから黙って隠れてろよ!」


 ジークが僕に向けた言葉は、いつものようにぶっきらぼうだけど、どこか心配してくれているのだろう。


「ねぇねぇ、ここでなにしてたの〜? 猫の餌でも漁ってたの〜?」


 ミナに関しては相変わらずのメスガ……こほん、からかってくるが、その目にはほんの少しだけ、心配の色が見え隠れする。

 意地悪そうな顔をしてるけど、どこかほっとしたような雰囲気が漂っていた。


「よかった……本当に、よかった……」


 そう言って、リリィは僕をそっと抱きしめた。 

 顔を上げると、彼女は泣きそうな目で見つめてきて、ふうっと小さく息をついたあと、安心したように微笑んだ。


「……ごめん、心配かけたね」


 僕がそう言うと、リリィは小さく首を振った。


「ううん……でも、本当に無事でよかった。あんな戦いのあと、どこにもいないから……」


 その声は少し震えていて、胸がきゅっとなった。


「心配、したんだよ?」


「……うん。ありがとう。僕、ちょっと無理しすぎちゃったかも」


 そう答えると、リリィはほっとしたように微笑んで、そっと僕の髪に手を伸ばした。


「次からは、無理しすぎないで。最弱だとしても……私にとっては、大事な仲間なんだから」


 その言葉に、僕は静かに心に決めた――

 どんなことがあっても、リリィを守り抜くって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る