8 異形の気配2

イーサンは瓦礫に座り、星の無い夜空を見上げた。

「ふう」大きくため息をついた。

もう不快な感じはしなかった。

「長居は無用だな。」イーサンは呟いて立ち上がった。

道向こうに男性の遺体が見えたが、自転車に向かいながら十字を切って通り過ぎた。

剣を仕舞ったケースを担ぐと、ライトを消したまま自転車を押して畑に入った。

「疲れた体には堪えるな。」イーサンが呟いた。

あと少しで畑向こうの道に出るというところで、店の前の道をパトカーがサイレンを鳴らしながら3台走ってきたが、

街灯も無い、真っ暗な畑の中にいるイーサンは、パトカーから見えるはずも無かった。

決して悪いことをしているわけではないイーサンであったが、今警察には見つかるわけにはいかなかった。

イーサンは暗がりの中、自転車を持ち上げ、自転車を道に置いた。

そして、パトカーの非常灯を、はるか遠く横目に見ながらライトを消したまま街の方向にゆっくりと走り始めた。

この時、パトカーの後、程なくして黒い大型バンが3台店の駐車場に入っていったことにイーサンは気付いていなかった。


次の日の夕方。

いつものように博物館に夕刊を届けに行ったイーサンは、守衛室に顔見知りの事務員がいることに気がついた。

事務員はイーサンに気づくと、口に指を当て「しゃべるな」と合図した。

そして受付のガラス下の隙間から紙を1枚出した。


--------------

ここと私は見張られている。

君もここには来ないほうがいい。


ランドルフ

--------------


紙に走り書きで書いてあった。

イーサンは無言で夕刊を渡すと、紙をポケットに入れて、自転車にまたがった。


自転車で新聞社に戻る最中、先ほどの一文がぐるぐると頭を回った

”ここと私は見張られている。”

誰が見張っている?

警察か?

何のために?

確かに館長は目撃者の一人だが、見張る理由は何だ?

できれば直接話を聞いてみたかったが、館長から連絡が来るまで接触しないでおこうと思った。

イーサンは信号待ちで止まっていたが、目に入る全ての人が怪しく思えた。


その後、新聞社に戻り倉庫整理の雑務をした後、新聞社を出たが、怪しそうな人物などは見当たらなかった。

特に何も起こることなく、その日は10時過ぎに家に戻り、簡単に食事と風呂を済ませ、ベッドに潜り込んだ。


それからイーサンの周りでは、特におかしなことも起こらず、イーサンは普段どおり、家、大学、新聞社の生活をした。

最初こそ、監視の件が気になっていたが、1週間も経つとその意識も薄れ普段どおりの生活に戻った。

唯一、博物館への夕刊の配達をしなくなったことを除いて。


その日も普段どおり、夕刊の配達を終えた後、新聞社で編集者の手伝いをしていた。

時間は20時を回ったころだった。


ドクン


心臓が大きく鼓動し、不快な感じとともに冷や汗が噴き出した。

「!!!」

汗を拭うイーサンに気付いた編集者が言った。

「どうした。体調が悪いのか?」

「・・・すみません。ちょっと眩暈がするので、今日は上がらせてもらっていいですか?」

イーサンが答えた。

「わかった。気をつけて帰れよ。少し休憩室で休んでいくといい。」

編集者が言った。

イーサンは軽く頭を下げると、席を立った。

そしてロッカールームに急ぎ向かった。

自分のロッカーからハードケースを取り出し開けた。そして剣に触れた。

前と同じだ。剣からイメージが伝わってくる。どうやらこの剣は異形の気配を察知する力を持っているみたいだ。イーサンは思った。

頭に浮かんだイメージは川沿いの港にあるライブハウスだった。

数少ないアーカムの若者向けの娯楽施設で、イーサンも以前に数回行った事のあるところだ。

イーサンはハードケースを背負うと、ロッカールームを出た。


イーサンは自転車を急ぎ漕いでいると、目的地まで数ブロックに近づいたときに、

ドーンという大きい音とともに、何かが壊れる破壊音が聞こえた。

そして、大勢の叫び声が遠くから聞こえてきた。


間に合わなかった!

イーサンはぐっとハンドルを握り締めると、全速で自転車を漕いだ。

目的地に近づくと、20人ほどの若者が叫びながらこちらに走ってきて、

そのままイーサンの横を抜け走り去った。

そして何発かの発砲音が聞こえた。

破壊音とともに断続的に叫び声が聞こえる。まだ人が残っているようだった。


ライブハウスは、もともと港の倉庫であったところを改築した物であり、

店の前には昔は荷降ろしで使われていたであろう広い駐車場があった。

車が10台ぐらい停まっており、その向こうの川べりには、スマホで撮影をしながら事の成り行きを見守る若者たちが20人ほどいた。

イーサンは駐車場入口付近に自転車を立てかけると、川のほうに歩きながらライブハウスを遠巻きに見た。

レンガ造りの入口は大きく壊れ、内部からは断続的な叫び声と発砲音が聞こえてくる。

内部では火災も起きているようで、煙が入口や屋根から出ていた。

そして、入口には両足を負傷しているらしく、倒れてもがいている女性の姿があった。


人が多すぎる!

店内にも人がおり、ましてや、川沿いには撮影をしている若者までいる状態である。

この状況下で戦ったら、間違いなく身元がばれてしまうだろう。

イーサンは戦うことを躊躇した。


その時、壊れた入口から、異形がぬっと顔を出した。

蜥蜴とかげのような平たい顔、黒光りする鱗で覆われており、

そして口の先まで届くような長い曲がった角が2本頭から生えていた。

初めて見る異形であった。

頭の部分しか見えていないが、恐らく体だけで5mはゆうに超えそうな感じであった。

そして口にはだらりと力ない血まみれの男性が咥えられていた。

異形は頭を上げると、そのまま男性を飲み込み、長い舌で舌なめずりをした。

異形は入口でもがく女性を見ると、ぬっと首を伸ばし、舌なめずりをした。

そして上半身を入口から出した。

まさに巨大な蜥蜴。恐竜時代の生き物のような姿であった。

恐怖で声が出ない女性に顔を近づけ、一度べろりと舌で舐め、口を開いて女性を咥えた。

そして、ぐっと口に力が入ったかと思うと、口から血が吹き出し、女性の体から力が抜けた。


イーサンは歯を噛みしめた。

そしてゆっくりとケースを地面に置き、蓋を開け、暫し剣を見つめた。

このままイーサンが戦わなければ、犠牲者が増えることは明らかだった。

イーサンは意を決して剣を握った。

そしてゆっくりとライブハウスに向かって歩き出した。


異形は近づいてくるイーサンを怪しく光る赤い目で見ると、

のそりと入口から外に出てきた。

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